last resort

















「好きなんだけど、どうしたらいい?」



 彼は、確かにそう言った。
 不思議とよく通る、耳に心地良いその声で。

 冗談だろ、と笑って茶化すことは出来なかった。
 彼がこういう類の悪ふざけをする人間ではないことは、今までの付き合いから重々理解していたからだ。

 言葉に驚き、思わず即答が出来ずに。
 不覚ながらも絶句してしまった御柳は、顔を上げて相手を見やった。
 そこにあったのは、何とも言えない表情。
 困惑し、弱りきった微苦笑。
 今まで、彼のそんな顔を見たことは一度もなかった。


 人間なのだから、いつでも笑っていられるばかりではない。
 辛さも苦しさもあれば、顔を歪めるのは当然だろう。
 まして目の前の人物は、感情を隠す術に長けているとは到底言えず。
 彼はいつでも、笑うことにも怒ることにも、全てに目一杯だった。
 まっすぐな子供のような言動は、何故か不思議と御柳を惹き付けた。

 面倒くさいと。そう思っても何ら不自然ではない相手だというのに。
 それでも、御柳はそう思わなかった。
 むしろ、気に入っていた。
 退屈させない人間というのは、御柳にしてみれば何より貴重な人種だったから。
 けれど、それよりも何よりも。

 性格も性質も全く違うタイプだというのに、彼と過ごす時間はただ楽しかった。
 逆に、違うタイプだったからこそ歯車が噛み合ったのかもしれない。
 波長が合う、そんな言葉が一番近い表現になるのかもしれない。

 幾度か接触して、分かったこともある。
 一見して正反対なように見える二人だけれど、その実立っている場所は酷く似通っているのだということ。
 向いている方向は違うけれど、確かに同じような立ち位置にいるのだと。
 だからだろうか、彼と居る時間は苦痛になどなり得なかった。
 気を遣わずにいられる、遠慮呵責なく物事を言い合える、それがこんなにも居心地が良かったのかと今更ながらに思い知った。


 付き合い自体は、年月の長さにしてみれば決して長くはない。
 短い、そう言ってしまっても間違いではないだろう。
 それでも、ある程度顔を合わせ言葉を交わせば、その人物の人となりは多少なりとも理解できる。
 相手に興味を抱いているとしたら、尚の事。

 そんな、相手が。
 今までに一度も見せたことのない顔を、していた。
 困り切った、どうしていいか分からないような顔で。
 途方に暮れた子供のような、どこか彩のない瞳で。

 どきりと、した。
 明確な理由は分からないのに、心臓を鷲掴みにされたような気分になった。
 その、どこか空っぽにも見える、けれど今にも零れ落ちそうな感情を湛えた瞳に。
 その目を向けられているのが、他でもない自分であるという事実に。


 御柳はすうと空気を吸い、言った。




「……で、お前はどーしたいの。猿野?」

















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