夜の河は、 見えない。(見えないけど、そこに在る) 音がしないから、 そこにあるのか否か、 分からない。(分からないけど、確かにそこに在る) 夜の河〜川辺のワルツ(エンドロール)〜 辺りが暗くなるまで青春よろしく部活やっちゃう、なんて。 昔の俺じゃ、考えられもしなかった。 けどそれは確かな現実で、俺は現にこうやって仲間と一緒にだるいカラダを引きずって家路に着いてたりなんか、する。 夏特有の湿った空気が、肌にまとわりつくようだった。 そんでも今日はまだ風があるからマシな方だ。 帰りがけに買ったジュース(ちなみに今日はクーだ。スタンダードにオレンジ味)を飲みながら、他愛もないことを話しつつ帰る。 相手校の話だとか、ミスったことだとか。 ああ、なんだか信じらんねーよな。 俺が、この俺がだぜ? こんな風に泥まみれになって誰かと話しながら歩いてる、だなんてさ。 勘のいい人間ってのは、どこの世界もいるもんでさ。 そんでまた面白いことに、俺の所属してる部ってのは人より幾分か勘のいい人間が多かった。 視野が広いってーのかな。 周りをよく見て、判断できる人間が多いんだよ。 ……んー、だからさ。 何気に、気付いてる奴もいるんじゃねーかなー。 俺の中に在る、どうにも暗い部分ってやつに。 誰も何も言ってはこないけど。 勘がよくて、その上余計な部分には足を踏み入れてこないから正直助かるっつったら助かるけどな。 それでいて、俺が他人相手に引いている線を取っ払おうとしてくるんだよな。 それを越えてくる、ってーかさ。 器用なんだかなんなんだか。 けど最近の俺は、それを鬱陶しく思わなくなってきてるのも事実で。 むしろ、待ち望んでいたりなんかして。 だって、やっぱりさ。 構ってもらえるのは、嬉しいし。 「……河だ」 通りかかった河は、夕日を受けて赤く染まっていた。 思わず立ち止まって、見下ろしてしまう。 橋のちょうど真ん中辺り。 俺の知らない色の河。 俺が知っているのは、暗くて何も見えない河だ。 逃げ出して、俺が必ず行く場所。 それは河だったりする。 正確には、河にかかる橋の上。 その後に沢松の家に行くんだったり、頃合を見計らって家に帰るんだったり、まぁ何にせよ。 夏だろうが冬だろうが関係なく、俺は河に行く。 河の上って、風を遮るものなんかないから冬は好き勝手風が吹き抜けて寒かったりするんだけどさ。 それでも、行かずにいられなかった。 寒くて震えても、なんでも。 なんでか、安心したから。 暗くて、何も見えないけど。 それでも確かに在る、存在している。 微かな水音と、水の匂い。 それはまるで、俺の姿みたいで。 親にすら存在を疎まれる、それでいながらしぶとく存在し続ける、俺みたいで。 俺は勝手に、夜の河に自分の姿を重ねていた。 「猿野くん、どうしたっすか? 皆行っちゃうっすよ?」 ああ、子津。 わざわざ戻ってきてくれたのか。 お前、やっぱりいい奴だなあ。 「んや、綺麗だなーと思ってさ」 ちょっとぎこちない笑い方になったかな、と自分でも思ったけど。 子津はそれに何か言ってくることもなく、俺が示した河を覗き込んだ。 正直者が服着て歩いてる感じの、子津。 俺はコイツと知り合いになれて、すごくラッキーだと思う。 癒し系ってーのは本当にいるんだなあ、なんてまじまじ考えさせられるんだよ、子津といると。 「ああ、綺麗っすね。冬場のこの時間帯には見れないっすもんね」 「そうだなー。冬のこの時間じゃ、もう真っ暗だもんな」 暗くて、何も見えない。 きっとそんな河は、そこに在ることすら忘れられてしまう。 そこに、在るのに。 流れてるのに。 寂しいな。 暗闇は、全てを覆い隠してくれるのに。 包んでくれるのに。 夜の河を思う時は、闇の存在は冷たく思える。 「俺も……」 「猿野くん?」 「俺も、見えなくなんのかな……」 うげ。 何言ってんだ俺。 血迷っておかしなこと口走ってるし! やばいやばいって。 さっさとギャグにするなり流すなりしないと。 つかなんでいきなりこんな気分に……ってそうか、お前か。 夕方の河。 いつも俺が見ているのとは、違う河に。 多分何かが調子を崩したんだろう。 なんって、冷静に分析してる場合じゃねーだろうよ。 さっさと何か…… 「見えなくても、探すっすよ」 「ふへ?」 「たとえば見えなくなったとしても、探すっす。そんで、見つけるっす」 「探す……?」 ぽん、と差し出された選択肢は、用意されていないものでした。 みたいな心境だよオイ。 四択だっつってんのに、五つめの答えを言われちまったよ。 探すってよ。 見つけるってよ。 「手探りだろうと何だろうと、絶対探してみせるっすよ。だから、呼んだら応えてくださいっす」 「見えなくても?」 「見えなくても」 「いるのかいないのか、分からなくても?」 「いるんでしょう? だったら、探し出して捕まえるだけじゃないっすか」 見えなくても、いるのかいないのか分からなくても。 そこにいるのなら、触れられる。 それだけのこと。 うーわ。 言い切ったよコイツ。 しかも真顔で。 ……カッコイイじゃんよ。 ていうか、何。 俺、もしかしなくても今、嬉しいし? 「…………子津」 「何すか?」 「ありがと、な」 盛大な沈黙の後、俺がぽつりと零した言葉は。 お礼と言うには、あまりに小さくて消えそうな音だったけど。 河の上を吹く風の音に、負けそうだったけど。 それをきっちり聞き取った子津は、笑って頷いてくれた。 見えなくても、そこに在るんだから。 なんてさ。 正直、頭を殴られたような気分だった。 だって俺、そんなん思いつきもしなかった。 多分、俺はさ。 これから先も、どうしてだろうって、色々なことに対して、ふとした瞬間に、そう思うんだろう。 暗闇を流れる、見えない河に目を向けてそこに己を重ねてみたりしてしまうんだろう。 それは、どうしようもない。 だけど。 救われないとは、きっと思わない。 暗いのなら、手探りででも探せばいい。 そこに、在るのなら。 昏い想いは、その予感はきっと悪夢のように着いてまわるんだろう。 これから先も。 だけど、絶望するにはまだ早い。 今までだってしぶとく何とかやってこれた俺だから。 これからも、そうやって何とかなるだろう。 結局のところ、救いを見出すのは己なんだってことか。 考え方や発想なんて、多い方がいい。 光明を見つけるのは、自分自身だ。 ……いつだって。 END |
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長い上によく分からない。 そんなお言葉を欲しいままにしそうなこの話。 闇属性な猿でした。 救われたのか救われてないのかって言えば、どっちなのか。 精神面では救われたと言えるだろうし。 でも結局猿のおかれた状況ってのは変わらないわけで。 そういう部分では本当の意味では救われてはいないんだろうし。 それでも、子津くんの言葉に、猿は嬉しいと思えたわけで。 そうなるとやっぱり救われたのかな、とも思えたりします。 その辺は読んだ方それぞれだとは思うわけですが。 猿は己を不幸だとは思ってません。 自分が置かれた状況は、自分にとって当たり前だったから。 不幸だと思って嘆く暇があるなら、生きるだけ。 だから、他人から「可哀想だ」って言われたとしても「そうなんだ?」って首を傾げるだけです。 うちの闇属性は、基本的にそんな感じです。 多分これから先もね。 まぁ結局何が言いたかったのかっていうと。 何気ない一言が、誰かの救いになることもある。 その逆もまた然り。 ってーことなわけです。 背景写真はSpade Master様からお借りしました。 UPDATE/2004.1.26 |
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