耳鳴りが消えない。


 空の色が優しい。












    
声の彼方、慟哭の涯














「天国ー。聞こえっか、俺の声ー!」




 十二支を後にした、その数時間後。


 御柳は、プログラムが行われた島に、出来うる限り近い場所に立っていた。
 島そのものに立ち入るのはまだ無理だろうし、もし入れるのだとしても行くつもりはなかった。
 もし、まかり間違って天国の死に顔なぞを見てしまったら。
 それが、安らかなものでも、苦悶に満ちたものでも、どちらにしろ。


 戻ってこられなくなる。


 そんな気がしたからだ。
 それがどんな意味なのかは分からない。
 ただ漠然とそう思った。
 また、その意味を分かりたいとも思わなかった。
 だから。


 御柳は、島に一番近い場所、を選んだのだ。
 そこは砂浜だった。
 あまり広くもないせいか、人の姿は見られない。
 地元の人間ですら見かけない、閑散とした場所だった。
 人の来訪が少ない所為だろう、海も砂浜も荒らされた様子はない。
 波が打ち寄せる砂が、その白過ぎる色が目に痛かった。







 あの後。



 十二支を飛び出した御柳は、華武へと戻った。
 半ば呆然としたままふらりと居なくなった御柳を、先輩も同輩も気にかけていたのだが。
 御柳は向けられる視線にも、かけられるどの言葉にも意識を傾けることなく、朱牡丹を引っ捕まえた。


 そして、問い質したのだ。
 プログラムが行われた島の、その場所を。
 突然の問いに驚き、そして教えてもいいものか途惑う朱牡丹に救いの手を出したのは屑桐だった。
 おそらく、御柳が帰ってきたということを誰かが伝えたのだろう。


 いつになく必死な様子の御柳に、屑桐はただ静かに聞いた。


「それを知って、お前はどうするつもりだ?」



 同情も非難も憂いも、そこにはなく。
 この人はやっぱり凄い人だな、と思わされた。
 ひたりと向けられる眼差しに御柳は軽く肩を竦める。
 嘘など、通用しないのは分かっていた。


「アイツに、声を聞かせに行くんすよ」


 できれば、アイツの声も聞きたい。
 それが、曖昧な言い方だとは自分でも分かった。
 けれどそれしか言い様がなかった。
 何故そんなことを思い立ったのか、自分でも分からなかったから。


 分からない、それでもとにかく行きたい。
 声の限りに叫んだなら、届くだろうと思われる場所まで。
 天国の想いが、かえってきそうな場所まで。
 もしこれで朱牡丹に教えてもらえなくとも、自分で何とかするつもりでいた。
 たとえそれに、どれだけの時間を費やされようとも。




 御柳の強い意思を感じた屑桐は、軽く息を吐く。
 自分を含め、何故こうも頑固者が多いのだろう。
 意思を曲げることなど知らない、思い付きもしない人間ばかりだ。
 それでも、何より強く本気な想いに打ち勝てるものなど、ありはしない。
 叶うとするならば、それと同じだけの強さの想いだけだ。
 そして、今この場にそれだけの想いを抱く人間はいない。


 御柳の、それに叶う想いを持っていたのはきっと。
 他の誰でもない、御柳の想いの向かう先にいる、たった一人だけだ。


 ここで止めたところで、御柳はどうにかしてそれを知るだろう。
 ならば、話はもう決まっている。
 屑桐は、朱牡丹に視線を向けた。


「……録、調べられるか?」


「へっ? ああ、多分大丈夫だと……( ゜_゜;)」


「それならば、部室だな」


「屑桐さん、いいんすか?( ・。・)?」



 歩き出した屑桐を慌てて追いながら、主牡丹が問う。
 こんなにあっさりと許しを得られると思っていなかった御柳も、拍子抜けしていた。
 抉れることを望んでいたわけでは決してないが、こうも簡単に事が運ぶとは思っていなかったのだ。


「止められないなら、送り出すしかないだろう」


「そ、そうかもしれないですけど……( ̄ヘ ̄;)」


「お前は、止められるか?」


 本気の心に。
 まっすぐな想いに。


 たちうち、できるのか?



 声には出されなかった、声。
 けれどその言葉に気付いた朱牡丹は、何とも言えない顔になった。
 たちうち、できるはずかない。
 それだけのものを、持っているはずもない。
 御柳が、どれほどに「彼」のことを想い、その意識を傾けてきたのかを。
 側で見ていたから、知らないはずがない。
 恥ずかしいまでにまっすぐなそれを、からかいながらも微笑ましいと思っていたのだから。


「……ミヤ、一つだけ聞きたいことがある気なんだけど( ̄∩ ̄ )」


「何すか?」


「ちゃんと、帰ってくるよな?(゜o゜)」





 思いもかけない、問いだった。


 問われてから、気付く。
 そういう選択肢も、あるのだと。
 何故今までそれに思い当たらなかったのか、自分でも不思議だった。
 だけれど。目の前にちらつくそれに乗る気など、微塵も湧き上がらない。
 それは、多分。


「なーに言ってんすか、録センパイ」


 固い口調、そして表情の朱牡丹に、御柳はひらひらと手を振りながら答える。
 笑みまで浮かべながらの言葉に、朱牡丹は驚いたようだった。
 そんな朱牡丹にまっすぐに目を向けて、尚も言い募る。


「んなことしたら、アイツが泣くっしょ。そんなん、俺が一番ゴメンなんすけど」


 その選択肢が思い浮かばなかった、その理由。
 それは多分、天国が相手だったからだ。
 感情の向かう先が、天国だったから。
 候補どころか、思い浮かびもしなかった。
 きっと逆の立場で、天国が今の御柳と同じ状況に晒されても。
 おそらくは、そんな考えを思いつくこともしなかっただろう。
 ……今の自分と、同じように。


 天国は、誰より何よりまっすぐだから。
 無論、人間なのだからそればかりではない。
 滅多なことでは表さないが、天国にだって暗い部分はある。
 強い光の下には色濃い影が出来るのだということを、今更ながらに思い知らされるような。そんな目をすることが、時折あった。
 それも込みで、御柳は天国を求めたのだけれど。


 それでも。


 天国は、言ったらきっと否定したのだろうが、その本質の部分は明るくて、綺麗だ。
 優しくて、まっすぐで、暖かい。
 少なくとも、御柳にとっての天国はそういう存在だった。
 暗い部分も含めて、暖かかった。
 それがどうしようもなく、好きでたまらなかった。



 不思議だ、とふと思う。
 こうしている瞬間、おそらく天国の命はもうこの世にはないだろう。
 それなのにどうして、この想いは潰えたりしないのだろう。
 こんなにも、心の内に天国の存在が在るのだろう。
 消えるどころか、炎が風に煽られて勢いを増すかのように。
 強く強く、まっすぐに心が天国に向かっていくのだろう。


 何より、それが少しも不快に感じない自分に。
 ただ、御柳は驚いていた。
 自分の中に、これほどまでの感情があったのだということ。
 それは、ただ驚嘆するしかなかった。


「よっし、俺の腕前見せてやるよ、ミヤ(^−^)」


 御柳の様子に、大丈夫だと判断したのだろう。
 朱牡丹が拳を握って、にやりと笑う。


 それに、御柳は軽く会釈で答えたのだった。






 

 

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      UPDATE/2004.2.10



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