プログラム対象 十二支高校 一年B組 全41名 声の彼方、慟哭の涯 「ういーす」 欠伸混じりに挨拶しながら、部室のドアを開ける。 キイ、と軋んだ音がした。 室内に足を踏み入れるか入れないか、のタイミングで。 「ミヤ!!( ̄口 ̄)」 鼓膜を震わせた大声に、御柳は珍しくびくりと肩を震わせた。 大音量に驚いたのは勿論のことだが。 その声が、今まで聞いた事もないほど切迫した雰囲気を漂わせていたことに、何より驚いた。 御柳を呼んだのは、朱牡丹だった。 傍らに屑桐と久芒が立っているのも見える。 朝練開始までにまだ間があるとは言え、三人ともが揃っているのは珍しい。 責任感の強い屑桐は、主将であると言う立場からか早めにグラウンドに出ていることが多いし。 寒がりの久芒は時間ギリギリまで部室で粘っているし。 朱牡丹はグラウンドのベンチで携帯やらノートPCを弄っていることが主だったから。 三人は、部室に置いてある長机の所に立っていた。 机の上には、朱牡丹の物だろうノートPCが開かれている。 御柳は何故自分が呼ばれたのか疑問に思いながら、三人の方へ歩み寄って行った。 「どしたんすか、朝っぱらから雁首揃えてるなんて」 「ミヤ、猿くんは何組だ?」 「はい?」 珍しいっすね、と続けようとした言葉は、久芒に遮られた。 久芒の、その唐突な問いに思わず眉間に皺が寄る。 一体何を言い出したんだろう、と。 けれど、三人共が真剣な表情をしていて。 それに気圧された御柳は、声を絞り出すようにして答えた。 「B、って言ってましたけど……」 何かあるんすか、と首を傾げた御柳に。 けれど三人は答えなかった。 答える代わりに、その顔に苦渋の色が現れた。 ただ事じゃないことが、起きている。 ここまでされて、それを気付けないほど御柳は鈍感じゃない。 眠気が飛んで、代わりに意識が冴え渡るように冷えて行くのを感じる。 「……何が」 「ミヤ、これ見る気(_ _。;)」 言った朱牡丹の声は。強張った、心なしか震えているようにも聞こえるような声だった。 机の上のPCを、御柳に見やすいように向ける。 画面には、何かが表示されていた。 御柳は机に手をつき、腰を曲げて画面を覗き込む。 瞬間。 頭の中が真っ白になる、という心地を、御柳は生まれて始めて味わった。 こんな風にして知るくらいなら、ずっと知らなくて良かったのに。 以前から「それ」の存在は知っていた。 この国に生きる以上、その存在を知らずに生きることはない。 けれど、本当にその意味を、理解できていたのだろうか。 巻き込まれる事のない「それ」に対して、どこか遠くで起こっている物語か何かと同じように、考えて、いなかったか。 そこでは誰かが、泣いて、叫んで、生きて、死んで。 そこだけではなくて、「それ」に選ばれた者たちの周囲の人間にも。 様々な葛藤が訪れて、いるのだろうに。 そんなもの、考えもしなかった。 現実は、こうやっていとも簡単に人の心に牙を剥くことがあるのだと言うことを。 何故ただの一度も、想像だにしなかったのだろう。 冷えて行く指先に、嗤いが零れそうな気分になった。 実際は、御柳の表情は僅かばかりも動いてはいなかったのだけれど。 画面を覗き込んだ、その瞬間に御柳の瞳に微かに現れた驚愕の色。 しかしその色は、まるで陽炎のように立ち消えた。 代わりに、御柳の表情を覆ったのはどんな色でもなかった。 浮かばなかった。どんな色も。どんな感情も。 その片鱗ですら。 「……御柳?」 御柳の様子にいち早く気付いたのは、流石と言うべきか屑桐だった。 画面を見つめたまま身動き一つしない御柳の。 その目が、暗く冷たい。 どんな感情も見て取れないからこそ、余計にその冷たさがぴりぴりと伝わってくる。 底の見えない暗闇が、渦巻いているようだった。 背筋に、冷たいものが走ったのは、きっと気のせいじゃなかった。 呼ばれた。 鼓膜が音を拾い、それを脳が察知し、理解するまで。 笑えるほどに、時間がかかった。 のろのろと、御柳は視線を上げる。 それでも、網膜に焼きついた文字は消えない。 ……忌々しい!! 内心の苛立ちを余所に、御柳は口元を歪めた。 上手く笑えていたかどうかは、分からなかった。 そんなもの、意識の外だ。 けれどまぁ、それでも。 出来うる限りに、いつもと同じような調子で答えた。 「なんすか、屑桐さん」 意識を支配するのは、文字の羅列。 忘れてしまえればいいのに。 そうすることで、それが嘘だと笑えれば。 脳内を周る、文字。 見せられた、覗き込んだ画面に打ち出されていたのは。 『BR法 プログラム対象 十二支高校 一年B組 全41名』 |
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