5.君が愛してくれる猫になりたい!




 強引でワガママ、かつマイペースで自分至上主義な俺様。
 何がどうしてこんな奴と恋人なんてやっちゃってるのかなあ、と思わずにはいられないのだけれど。
 何を言おうと、何をしようと、好きという気持ちに変わりはないわけで。
 恋は盲目、なんて昔の人間はまったく言い得ているものだ。

 しかしながら。
 そんな愛しい人にある日突然、猫耳と猫尻尾が装備されていたとしたら。
 アナタなら、さあどう対処する?




「……で?」


 自室にある椅子に座った天国は、それはもう怪訝な顔で来訪者…恋人である御柳を見やった。
 御柳はと言えば、天国のベッドに腰掛けて何が楽しいのかにやにやと笑みをその顔に貼り付けていた。
 相変わらず目元に引かれた紅に、天国とはまた別系統で色素の薄い髪。
 そして整った顔立ち。
 どれもこれも、御柳芭唐を形成するいつも通りで。

 だがしかし。
 天国は御柳の姿を上から下までじっくり眺めると、はああ、と重苦しい溜め息をついた。
 次いで、思わずと言った風に右手で額を押さえる。
 ああもう頭痛い、がその仕草の示すところだ。
 何ゆえ、恋人の来訪にそこまで思い悩んでいるのか。
 それにはちゃんと理由がある。


「何がどうなってそんなけったいなもんくっつけて来たんだ、オマエ」

「けったいって……起きたらこーなってただけだし」

「朝起きたらいきなり猫耳と猫尻尾がくっついてました★ じゃねーんだよ! んな奇病見たことも聞いたこともねーわぁぁ!」

「でけー声だすなよ。この耳聞こえがいーんだから、耳痛え」


 顔を顰めて、御柳は耳を伏せる。
 その頭から生えている、見ようによっては可愛らしく見えないこともない猫耳を、ぴこぴこと動かして。
 そう。
 御柳は何故だか猫耳を生やしていたのだ。
 どこのイメクラかコスプレかと、流石の天国も最初は面食らったのだけれど。
 耳も尻尾も、はっきりきっかり御柳自身から生えていた。(この場合生えるという表現が正しいかどうかはまあ置いておくとして)

 今だって、長い尻尾がぱたりぱたりと布団の上を叩いている。
 聞こえがいいと言ったのは嘘ではないらしく、御柳は耳を伏せたままふるふると軽く頭を振った。
 その顔には少し苦痛の色が見てとれて、天国は思わず黙り込む。
 黙ったまま、天国は御柳の姿をじっと観察した。
 正確には、その突然現れた耳と尻尾を。

 先ほど恐る恐る触らせてもらったのだが、感触は紛れもなく本物。
 暖かくて柔らかかった。
 頭の方も見たのだが、仕掛けなどは見当たらず、本物だと言うのをますます実感させられただけだった。
 肩を落とした天国は、こうしていても埒があかないとばかりに再び口を開く。
 怒りと混乱に任せて声を荒げたりしないように、最大限に自制心を働かせた静かな声で。


「みゃあさあ……何か、原因とか思い当たることとか、ねーのかよ」

「あー?」

「ずっとそのまんまじゃ、困るだろ。今日だってガッコ休んでるわけだし」


 そう、猫耳猫尻尾装備のままじゃ学校どころではなく。
 二人は自主休校と相成っていたのだ。
 御柳は元々生活態度がいいとは言えなかったし、天国の方は沢松に何とか頼んで。
 それだって1日2日ならまだいいが、ずっと続けるというワケにはいかないだろう。

 ただでさえ初心者な天国は、学校はともかくとして部活を休むのは正直躊躇いがあった。
 それでなくとも皆より経験も技量もないのだから、それこそ1分1秒も無駄にはできないのだ。
 けれど。
 朝一で自分を頼って自分の元を訪れてくれた恋人を無碍にすることなど、天国に出来るはずもなく。
 自営業で朝早く夜遅い両親に心の中でゴメンナサイを唱えつつ、御柳を部屋に招き入れたのだった。
 そして、今に至るというわけである。


「べっつに、困りゃしねーけど。俺は天国といられりゃ充分おもしれーし」

「こ……困るだろ! んな格好じゃおちおち外も出歩けねーし、第一野球! 今年は十二支が華武を制して甲子園行くんだからなっ! 勿論ベストな状態の華武を倒して、だ! みゃあがいなきゃ面白くねーじゃんか!」

「なんだ、俺の実力は認めてんだ、天国」


 一瞬、驚いたように目を瞬いた御柳だが。
 すぐににやにや笑いになって、そんなことを言った。
 天国はぐ、と返す言葉に詰まったものの。


「……今はまだ、俺、オマエに敵わねーとは分かってっから。でも! ぜってーいつか追い抜かす! だからこんなワケ分かんねーことで野球やめるなんて、やだかんな」


 柄にもないことを口走っているのは自覚している。
 だけれど、それは本音だったから言わずにはいられなかった。
 頬に熱が集まるのが分かったけれど、止められなかった。

 御柳が、何だかんだ言いながらも野球が好きなことは知っている。
 御柳の性格上、興味のないことに長く関わってはいられないだろうし、それよりも何よりも。
 直接口に出して聞いた事はなかったけれど、その硬い掌に触れればそんなことすぐに理解できた。

 だから、止めさせたくないし、止めてほしくない。
 自分たちを繋いだのが野球であることも、また事実で。
 それを、こんなことで手放して諦めて欲しくはなかった。


「あーまくに」

「んだよ」


 御柳がベッドから降り、天国の前に座った。
 天国は椅子の上に座っているので、床に座った御柳を自然見下ろす体勢になる。
 いつもとは逆の視点に、少しだけ違和感。
 何となく途惑う天国を見上げて、御柳は目を細める。


「甘えてい?」

「は、い?」

「俺、猫なわけだし。甘えさせてくんね?」

「いや、あの、何言って」

「はーいけってーい。俺は天国の飼い猫です。しかもすっげー可愛がっちゃってる、な」


 御柳が何をしたいのか分からず、困惑しているうちに。
 一人さくさくと話を進めた御柳は、天国の足にまとわりつくように頭を乗せた。
 それはまさしく、御柳が口にしたように猫が身を投げ出すような仕草で。
 こうなってしまっては何を言っても無駄だろうと悟った天国は、御柳に付き合う事にする。
 甘えてくるのが、少しだけカワイイな、とも思えてしまったので。

 微笑して、天国は御柳の頭を撫でる。
 天国のそれとは違って癖のない御柳の髪は、絹糸のように天国の指の間を擦り抜けた。
 普段あまり触れないからか、新鮮さもあって何か楽しい。
 そうして二人、暫く無言のままでいたのだが。


「あ」


 ぽつ、と何かに思い当たったように御柳が声を洩らした。
 何があったのかとその顔を覗き込めば、何やら気まずそうな、けれど腑に落ちないとでも言いたげな表情がそこには在って。
 けれど何がしか原因に近付くようなことに当たったのだろう、そう判断した天国は御柳の言葉を促すことにした。


「何だよ、どうかしたのか?」

「いや、原因かどうかは分かんねんだけどさ」

「ふんふん」

「一昨日、一緒に帰った時に猫、いたじゃん」

「ああ、懐っこかったやつな。白と黒のブチの」


 確かに一昨日、天国は御柳と会った。
 珍しくも互いの部活が早めに終わることを知り、待ち合わせてバッティングセンターに行ったのだ。

 その帰り道。
 通り掛かった道で、子猫を見つけた。
 捨て猫であるとかそういうのではなく(猫の首には可愛らしい首輪が在った)、偶々顔を合わせただけだったのだけれど。
 元来動物好きの天国は、子猫の愛らしさに思わず足を止めてその頭をぐりぐりと撫でた。
 人見知りをしない性格だったのか、猫は天国に撫でられてどことなく嬉しそうにしていて。
 それに気を良くした天国は、猫を構い倒したのだった。
 待つ事に飽いた御柳が、半ば無理矢理天国をその場から離れさせるまで。


「で、それが?」

「そん時にさ、天国ムチャクチャ猫に笑いかけてたっしょ?」

「……いや、知らんから。自分がどんな顔してるかなんて自分じゃ見えねーし」

「笑ってたんだよ! 嬉しそうっつーか幸せそうっつーか、何つーかメロメロな感じで!」

「まあ、そういうことにしてもいいけどさ。それが何だよ」


 どうしてコイツはこんなことで興奮してんだ、と呆れつつもまあそこは本題ではないので放っておくことにする。
 話を進めるよう促せば、御柳は苦い顔になって天国の膝にごつん、と額をくっつけた。
 そうされてしまうと天国からは御柳の表情を伺うことは出来なくなる。

 元々御柳の性格は気まぐれもいいところだったけれど。
 猫耳オプションのせいか、その行動が何やら本当に猫のように思えてくる。
 俺ってば結構流されやすいのかも…などと自己の再発見をしつつ、うだうだと膝に懐く御柳の髪をぽんぽんと撫でた。


「そん時に、思ったんだよ。猫になりてーなーって」

「……想像以上にアホだなオマエ」

「アホ言うなよ! しょうがねーっしょ、俺天国に愛されてーもん」

「い゛」


 思わず零れた天国の本音というかツッコミというかに、御柳は超反応で顔を上げて。
 そうして言われた言葉に、天国はぴしりと固まってしまった。
 ど真ん中ストレート。
 まさか面と向かって愛されたい、なんて言われる日が来ようとは予想だにしていなかった。

 何をどう言い返せばいいのか迷った天国は、ただぱくぱくと口を開閉することになってしまう。
 顔に熱が集まるのが分かったけれど、どうしようもなかった。
 見上げてくる御柳のまなざしは、まっすぐ。真剣で。
 この眼差しが俺のものだなんて、何だか嘘みたいな気がする。
 そんなことを思いながら、天国は御柳の耳をきゅっと抓った。


「いっ、ででで! 何だよ天国、痛えって」

「バカなこと言ってるし考えてるからだ。バカなのは名前だけにしとけよ、ばーか」

「うわ、何気にひでー言われなんだけど。流石に傷つくぞ、俺も」

「バカにバカって言って何が悪い。人様の気持ちを全然まったくこれっっぽっちも察しないようなヤツはバカだろーがよ」


 言い終わり様、耳の先を指先でぴし、と弾いて。
 それが痛かったらしく御柳が珍しくも肩を揺らした。
 恨みがましい目つきが下から寄越されるのに、けれど天国は気にした風もなく。
 御柳の頭をぐしゃぐしゃと撫でると、上体を倒してその額に自分の額をごつ、と当てた。


「なあ俺、みゃあのことちゃんと好きなんだけど? 全然、それ伝わってなかったワケ?」


 自分でも大概やられてるよなあ、と思うぐらいには好きなのに。
 それは少しも伝わっていなかったのだろうか。
 だとしたらそれは少し、淋しい。

 その言葉に、御柳はどこかぽかんとした顔で天国を見上げて。
 あどけない、と評するのが正しいだろう表情に、天国は内心驚いていた。
 御柳は滅多に隙を見せない。
 それは甘える時でも一緒で。
 嬉しいのも幸せなのも嘘ではないのだろうけれど、それでも最後に残ったあと一歩はどうにも踏み越せない。踏み越すことを許されない。
 多分御柳の意志がどうこうと言うよりも、本能だ。
 過去にあった何かが、御柳の心の奥で壁を作ってしまっている。
 興味がないのかと問われれば、勿論気になる。けれど天国はそれを無理矢理聞き出すようなことはしたくないし、出来なかった。

 それが。その、壁が。
 今の瞬間、ふっと融解した。
 そんな気がした。


「みゃあ?」

「う、わ……ちょっと、マジ今、嬉しいかもしんねー」

「何言っ、わわっ、なんだよもう!」


 感極まったような御柳の言葉に、苦笑しながら言おうとした天国は。
 ぐい、とその腕を引っ張られて椅子から引き摺り下ろされた。
 床に落ちるかと身構えたのだが、予想に反して痛みはやってこない。
 それもそのはず、天国は御柳の膝の上に乗っけられていたから。

 天国を引き下ろした御柳は、ぎゅうーと音がしそうな勢いでもって天国を抱きしめた。
 背中に回された手が、暖かい。
 好きだ好きだと訴えてくる抱擁に、怒ることも出来なくなる。

 ほだされてるなあ、と思いながらも御柳のことが好きなのは事実なので、嬉しくなるのも本当なのだ。
 天国は肩の少し下にある御柳の頭にそっと頬を寄せて、抱きしめ返した。
 御柳の尻尾が、ふっと持ち上がって天国の腕に触れた。


「もし、このまま猫んなっちまったらさ。天国が俺んこと、飼えよな」

「しょーがねえから、引き受けてやるよ」

「あーもーすげえ好き。なあ、猫になる前にしとかねー?」

「……猫耳プレイですか、御柳さん」

「だーって猫になっちまったら出来ねえもん。はいけってーい」


 有無を言わせない勢いで、御柳は天国を抱え上げた。
 多少身長差があるとは言え、人間を持ち上げるのはそう容易ではないと思うのだけれど。
 何やら軽々、と言った風情で抱き上げられてそのままベッドに下ろされた。と言うより押し倒された。
 一連の流れるような動作に、天国はいっそ感嘆してしまう。


「手慣れてるっつーか素早いっつーか……」

「そりゃ褒め言葉だな。尻尾とかもあるし、今日は濃いえっち出来んぜ〜?」

「いや、俺はノーマルなのが好きなんデス」

「いーじゃん。俺、天国愛してるから★」

「……流されてるなあ、俺……」


 猫耳プレイなんてするハメになるとは、誰が予想しただろうか。
 いやむしろ恋人に猫耳が生えるなんてこと自体、普通は予想しえないだろう。
 そういう趣向がある人ならともかく、天国は至ってノーマルなので。

 しかしながら、圧し掛かって来る御柳がそれはもう嬉しそうな顔で笑っているのを見てしまった。
 その顔は反則だろ、な表情に天国から抵抗するという選択肢はすっぱりと奪われてしまう。
 けれどまあ、今回のは御柳が計算ずくで仕掛けた事ではなさそうなので。

 天国は流されているのを自覚しつつ、降ってくるキスを受けとめた。
 好きだから、ま、いいか。
 そんなことを内心で呟きながら。



END






オマケの後日談。


 結局、御柳の猫耳と猫尻尾は一晩経ったら消えていた。
 夢か幻かと思われるような出来事だが、散々その感触を味わわされた為、嫌でもあれが現実なのだと思い知らされていた。
 原因は分からないがまあともかく消えて良かった、という所で今回の騒動は終焉を迎えたのだが。
 それから数日後のある日のこと。


「今日は猫いねえなあ……」


 若干早めに部活が終わったので、少し遠回りをして帰路についた。
 目的は勿論、昨日の猫に会うことである。
 今日は先日の時とは違い一人なので、思う存分猫を愛でることが出来るとうきうきしていたのだが。
 残念なことに、猫の姿はどこにも見当たらなかった。

 諦めきれずに辺りを見回しながら歩く。
 ふとそこで、この間は気付かなかったことに気付いた。


「ここ……夜摩狐神社の真裏じゃん」


 願いが叶うと評判の、そして天国自身もその不思議な力を目の当たりにしたことのある夜摩狐神社、その真裏だったのだ。
 呟いた天国は、ぞわぞわとしたものが背筋を這い上がるのを感じた。
 もしかしてもしかしなくとも、御柳の猫耳騒動に一役買っているのはこの神社なのではないか、と。


「どーなってんだこの神社……」


 恐いなあ、と鳥肌のたってしまった腕を擦りながら家路に着く。
 ともかくこのことは御柳には絶対内緒だ。
 トップシークレットだ。
 まかり間違って知られようものなら、どんな展開が待ちうけているか考えるだに恐ろしい。

 世の中まだまだ、分からないことだらけだという、そんな話。

 

 

猿野天国生誕記念2005!

というわけで連続更新中。
芭猿でみゃあ呼び、久々。
んで二人揃ってこんなラブなのも久々(笑)


UPDATE 2005/7/23

 

 

 

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