3.キミノヒトミニ恋シテル。 猿野は、よく表情が変わる。 喜怒哀楽、それだけでは収まりきれない様々な感情全てに全力投球してるように、俺には見える。 くるくると忙しなく変わる表情は、俺からすればよくまあ顔の筋肉が動くなあ、ってなぐらいだったけど。 目を引いたのは、俺がアイツに興味をそそられるきっかけになったのは、ホームランを打った直後の笑顔、だろうか。 飛んだボールを見据えるために、心持ち顔を上向きにして。 唇の端をきゅっと上げ、どこか不敵にも見える笑い方をする。 それはほんの一瞬にしか見せないものだから、猿野があんな顔をするなんてこと自体知らない人間も多いだろう。 なら、何故俺が気付いたか。 単なる偶然……と言いたいところだが、残念。 俺が猿野の表情に気付いた理由。 多分、それは。 俺と猿野が、同じ立場だからだろう。 エーススラッガー、で。 かっ飛ばすのが好き、っつー。 そこには敵も味方もない。 あの、一瞬の。 飛んだボールを見上げる瞬間の、あの目は。 打算も何もない、ただ打つ事だけを見据えている目だ。 まっすぐで、それでいながら何もない。 この場合の何もないは空っぽという意味合いではなく、ただ見ているものをそのまま映しているだけ、ということだ。 瞳に映るもの、そこに在るものをそこに在るものだとただ認めること。 これが簡単なようでいて意外と難しい。 人ってのはどうにも、目に映るものに対して主観を交えてしまう生き物だからだ。 野球を知ったばかりのガキってんならいざ知らず、高校野球をやってる人間がそんな目を見せた事には正直驚いた。 俺も野球を始めたばかりの頃はあんなカンジの目が出来ていたんかもな、とは思うけど。 野球初心者ってーのを抜きにしたって、あの目はないだろう、と。そう思う。 目の前に知らないものを置かれた、けれどそれに興味津々なガキみてーな顔で。猿野は自分が飛ばした打球を見る。笑う。 同族嫌悪、とはよく言ったもんだ。 俺と猿野は、性格やタイプこそ違うもののその本質…根っこにあるモンが似てるんだろう。 認めるのは些か癪だが、似ているからこそ最初あんなにもぶつかったのだと言えば納得もいく。 突っかかられてどうにも腹立っちまったんだよな。 別に気にしないで無視することぐらい、なんでもねーことなのにさ。 最初は、剣呑とした色。 次に、認める色。 今はそれより少し進んで、仲間……とまでは行かずとも戦友、ぐらいにはなっているんじゃねーかな? と、思いたいところだ。 上手くいかないことに苛立ち焦り悔しがるその中に、だけどそれでも消えない光。 まっすぐに前を見る、瞳。 憧れていたあの人に似た、それでもやっぱり違う。ただ、強い目。 ……そんなもん、目の前でちらつかせてんだからよ。 仕方なくね? 仕方ねーよな。 不可抗力、ってやつっしょ。 動機としては十分過ぎる。 まさか、って自問も。 ありえねー、って否定も。 飽きるぐらいしたんだ。もういらねー。 認めてやるよ、これが何なのか。 けど、さ。 両手を上げてホールドアップ、のままじゃいられねーっしょ。 どうせなら、俺と同じ目で見つめ返して欲しいワケよ。 命短し恋せよ少年、なんつってな。 好きになった方の負け? そんなんあっても、負けっぱなしじゃいらんねーのが俺なワケ。 賭けなんて先が見えねーから面白いってーのも、嘘じゃねーし。 不肖御柳芭唐、その瞳を落とさせていただきましょうかね。 長期戦も得意なんだぜ? お覚悟願いましょうか、猿野天国。 ……なんて呟きも覚悟も、アイツは全然知らねーんだけどさ。 END |
御柳片恋物語(笑) 時期としましては選抜、空蝉の特訓始めたばっかの頃。 春なので何かこう、青い春的なものを書きたくなったといいますか。 やたら軽々しい御柳になってしまったような気もしますが、 まあ選抜からの彼はかわうい場面も多々あるのでいいかなあ、とか。 UPDATE 2006/04/08(土) |