14.キミに逢えて鼓動の音が愛しく思えた 死体も寝姿も、傍から見る分だけではあまり変わらない。と、思う。 弛緩した体とか、無防備に晒された喉とか。 呼吸の度に微かに上下する胸元がなければ、生きているのか死んでいるのかの判断など出来なかったかもしれない。 動かなくなった、モノ。 つい先まで熱を持ち、意思のあったモノが道端に転がる石と変わらなくなる。 誰にでも、いずれは己にも降りかかるであろう、死というもの。 「何をこんな所で寝てるんでィ、なあ」 呟きながら、寝息を立てる新八に近付き。 真上からその顔を見下ろした。 おそらく本人としても寝入るつもりはなかったのだろう。眼鏡が顔の上に乗ったままだった。 閉ざされた目。 僅かに開いた口。 畳の上にくたりと投げ出された、腕。 暫くそうして見下ろしていたのだが、起きる気配はなく。 仕方なしに、沖田は新八の傍に腰を下ろした。 この部屋に入ってきた時もそうだが、別段物音を立てないように注意を払ったりはしていなかった。 それでも、新八が目を覚ます気配はない。 手を伸ばして眼鏡を取り上げてみても、寝息が途切れることはなかった。 それに少し眉を上げ、摘み上げていた眼鏡を適当に放る。 後方でかしゃん、と音がしたがそれはもう沖田の興味の対象ではなかった。 「なぁ、いーのかィ?」 俺の前で。 そんな風に。 無防備に、穏やかに。 寝顔を晒していたりして。 その気になれば、一瞬で。 そこまで考えて、沖田は軽く頭を振った。 己が刃を向けるべきは、彼ではない。 新八の無防備さ、その根底にあるのは相手への信頼だ。 道場剣術だろうが何だろうが、剣を握るものならば。武に全くの覚えのない人間に比べて少なからず他人の気配に敏感になる。 それは新八も同様だろう。 まして、彼は。 腕前こそ周囲の人間には及ばないものの、多少のゴロツキ程度ならば相手にならないぐらいの腕は持っているのだ。 というか、周りが皆揃いも揃って人間離れしているというか。そこには自分も含まれるのだが。 殺気の一つでも出してやったら、どーするか。 そんなことを考えながら、とりあえずベタな所で鼻でもつまんで起こしてやろうとする。 けれど、その手は何故か。 新八の首に、添えるように触れていた。 握るのでも掴むのでもなく、ただ。 肌と肌が重なっている、それだけ。 淡い接触は、それでもぬくもりを伝えるには充分で。 指に鼓動が触れている。 生きている音、だ。 「……生きてんなァ」 ここに在る音。 それが、どうしようもなく胸を揺さぶる。 この音がここに在って、嬉しい。 口に出したりなんぞ決してしないけれど、確かにそう思う。 「……生きて、ますけど」 ぼそり、言葉が返された。 眠っているとばかり思っていた新八が、ゆるりと目を開く。 眠そうな色が漂う目が、それでもまっすぐに沖田を見上げてきた。 声が掛かった瞬間にはタヌキかよ、と舌打ちをしそうになったのだが。 起き抜けらしいぼんやりとした顔を見て、それはないと思い直した。 どうやら起こしてしまったらしい。 「起こしちまったみてーだなァ」 「そりゃ、首を掴まれれば目も覚めますよ」 「ああ、ま、そりゃそうか」 話しながらも、沖田の手は新八の首に触れたままだ。 新八はそれを振り払うでも厭うでもなく、ただ寝転がっている。 このまま、手に力をこめれば。 窒息するより早く、首の骨が折れるというのに。 沖田がそれを実行しないという絶対の保証など、ありはしないのに。 「なんだか、いつもと逆ですね」 「逆? ああ……いつもは俺が寝てるか、そういや」 隙あらば仕事をサボリ惰眠を貪りたい。 なんて、誰しもが考えたりもすることだろう。 それを思うだけでなく実行に移すのが、沖田という男だ。 だからなのか、会う時は結構な確率で沖田が寝ている時が多い。 正確にはアイマスクを装着し寝転がっている沖田を見つけると、新八が声をかけてくるのだが。 「あ、れ。眼鏡、取りました?」 「あ? ああ。寝るには邪魔だろィ」 「いや寝るつもりじゃなかったんですけどね、昨日今日って久々に忙しくて」 自分で思っていたよりも疲れていたみたいだと、少し眉を下げて新八が苦笑する。 眼鏡がないから視点が定まらないのか、それとも寝起きだからか。 その視線は、常に比べてどこか頼りなげに揺れる。 ゆらり、ゆらりと。 まるで届かない陽炎の如く。 「……目、そんなに悪ィのか?」 「歩くのに困るほどじゃないですけど、そこそこは。今も沖田さんの顔、ぼんやりしてるくらいですから」 「それ、相当悪いっつうんじゃねえか」 「普段が眼鏡に慣れてるせいもあると思いますけどね」 「ふーん」 陽炎の眼差しはそのままに、会話をする。 たかだがレンズが一枚ないだけで、様子が変わるものなのだと思った。 世間で眼鏡っ子がどうとか騒がれるのが、何となく分かるような分からないような。 人は何がしかのギャップというのに弱い、ということか。 新八は会話をしながらも、沖田の手をそのままにしていた。 首、というのは人体の数ある急所の一つである。 それに触れられているというのは、どれだけ信頼できる人間であろうと落ち着かないものだろうに。 信頼どころか、触れているのは真選組の斬り込み隊長とも呼ばれている沖田だ。 今の新八の状態は、人斬りに心臓を握られているようなものだ。 というのに。 黙り込んだ沖田に何を思ったのか、新八は眠そうな顔で。 ふあ、と一つ。 欠伸を、してみせた。 「珍しいなァ、お前さんがそういう顔見せんの」 「疲れてるんすよ。欠伸の一つも出ます」 「なあ」 「はい?」 「視界がきかねェってのは、どんな気分だィ?」 唐突な質問に、新八が眉を寄せる。 何を言い出すんだこの人は、と。 そんなことを考えているのが、即分かるような表情だった。 基本的に嘘にも隠し事にも向かない性格なのだろう。 普段は眼鏡で遮られているけれど、きっとそんなものあってもなくても。この瞳は、雄弁に感情を語るに違いない。 「そうですね、やっぱり不便ですよ」 「ま、そーだろうな」 「今も」 ぺたり。 頬に触れる感触に、沖田は僅かに瞠目した。 寝転んだままの新八が、手を上げている。 その指が、沖田の頬に触れていたのだ。 派手な動作でもなく、敵意もなかった。だからと言って。 触れられるまで気づかなかった、その事実にただ驚いた。 驚く沖田の顔は、新八の視力では捉えられないのだろう。 新八はまだ少し眠そうな顔はそのままに、穏やかに笑って。 「沖田さんの顔が、よく見えないから。残念だなあ、と思います」 その瞬間。 思わず立ち上がって走り去ってしまいたくなるのを、どうにかこうにか沖田は堪えた。 顔が熱い。柄にもなく頬が赤くなっているのだろうと思った。 新八の眼鏡を奪っておいてよかった。 深い考えがあっての行動ではなかったが、赤くなっている顔を見られるなどと冗談じゃない。 先の自身の行動を褒めてやりたい気分だった。 さらっと殺し文句言ってんじゃねえっつの。 心臓止まるかと思ったじゃねェか。 ガラスのSで悪いかチキショー。 …とはまさか言えない。 何にかは分からないけれど、完敗したような気持ちになっていた。 暫く、沖田は複雑そうな顔で新八を見下ろしていたが。 ややあって新八の首に触れていた手を解くと、ごろりとその横に寝転がった。 「おき……うわわっ」 「俺も寝る」 「……この体勢で、ですか」 新八が途惑った声を出す。 突然胸元に抱きこまれれば、驚きも途惑いもするだろう。 寝転がった沖田が、両腕で新八の頭を抱え込んだのだ。 それでも新八は暴れることもなく、されるがままだ。 余程眠いのか、疲れているのか。それとも。 これすらも、信頼の一端なのか。 「アイマスク忘れたんでさァ」 「はあ。それで?」 「寝顔、見られんの嫌いなんでねェ。こーするしかねーだろィ」 「……まあ、そういうことにしておきますよ」 新八は笑っている。 顔は見えないが、震える肩からそれが分かった。 悔しいけれどそれを止める術がない。 何だかまたも負けたような気がする。 面白くはないが、不快ではない。妙な気分だ。 「あったかいから、いいです」 「……そーかィ」 「心臓の音、してますよ」 「まあ、生きてっからなァ」 「そ、ですね」 欠伸の音。 そのまま少し黙っていれば、やがて寝息が聞こえてきた。 寝息と体温につられるように、ゆっくりと眠気がやってくる。 それに逆らわずに欠伸をして、目を伏せた。 あたたかい。 誰かの体温に触れながら眠るなんて、どれくらいぶりだろう。 気恥ずかしいような、どこか安心するような。 目を閉じたからか、新八に言われたからか。 鼓動の音が静かに、けれどハッキリと耳を穿った。 生きている、音。 当たり前のようにあるそれが、ひどく愛しいものに思えた。 その音に擦り寄るように、抱えた頭にそっと顔を寄せる。 「あァ……よく寝れそーだ」 ぽつり、呟いたのはどこか冗談めかした言葉。 それでも、そこに偽りはなく。 穏やかに訪れた眠気に、沖田は意識を手放した。 重なる心音を、ひどく心地よいものと感じながら。 END |
情けないS星の王子。 と殺し文句言っちゃうパチ。 が書きたかったらこんなんが。 惚れた方の負けですよ、沖田さん。 と誰か言ってあげてください。 UPDATE 2007/3/25 |