10.抱きしめたい。



 どうしてこうなったんだっけ。

 身動きのとれない体勢で、自由に動かせる思考をフル回転させてこの状況に至った経緯を思い出す。
 空は雲一つない、快晴。
 天気予報でも今日は一日晴れると言っていて。

 だから、朝出勤はしたものの一度帰宅し、家の布団を干したのだ。勿論万事屋での雑務(という名の家事)はこなしてきた。
 布団もタオルもシーツも、諸々の洗濯物を干し終えて一息入れてから万事屋へ戻ろうかな、と。
 お茶を飲みながら風にはためく洗濯物を眺めていた、そんな時のことだった。

 玄関の戸を開け、家に上がり込んで、遠慮呵責なしに歩く足音を聞きつけた。
 その時に慌ても立ち上がりもしなかったのは、その足音が誰のものか分かっていたからだ。
 足音だけで個人の判別が出来るほど顔を合わせているのかと考えると色々複雑な気もしたが、その辺りは深く考えないことにして。
 迷う様子も見せず新八の元へ向かってくる足音に、少しくすぐったいような気がした。

 からりと襖を開ける音に、湯呑みを置いて振り返りかけた。
 ところで、背中に衝撃が走り、そこから身動きがとれなくなったのだ。


 ええっと。
 何だっけ。

 突然のことに突っ込むことも忘れて、視線を落とす。
 新八の動きを阻む原因になっているもの。そこにあるのは、黒い服に包まれた腕だ。
 ぎゅう、と。
 効果音はそれしかないような勢いで、けれど決して苦しくはない力で新八の体に纏わりついている。

 首を後ろに逸らすようにして傾け、背中の様子を伺うと。
 新八の背に張りついている、明るい髪がどうにか見えた。
 その額を背中にくっつけているらしく、表情までは分からなかったが。

 やっぱりどう考えてもこれは沖田さん、なんだよなあ。
 この体勢って、つまり。

 子供が懐くようにして抱きつかれているらしい、という結論に達する。
 時間がかかってしまったのは、流石に唐突過ぎて思考が追い付かなかったからだ。
 振り向く暇もなかった勢いで抱きつかれるなんて、予想もしていなかった。
 ちゃんと確認は出来ていないけれど、沖田は床に寝そべるような格好になっているようだ。

 沖田のことだから、この後何かあるのかと思ったのだが。
 いつまで経っても沖田からのリアクションはない。
 流石に少し心配になってきて、不自由な体勢ながらも後ろを伺い。口を開きかけた、その時。

「まだでィ」

 新八が何か言おうとしたのをしっかり分かっていたようなタイミングで、沖田がぽつりとこぼした。
 背中に張りついたままで喋るものだから、声がくぐもって聞き取りにくい。
 それでもちゃんと言葉を聞きとった新八は、しかし意味がよく分からずに首を傾げた。

「まだ、って」
「足りねーでさァ」
「いやあの、何がですか」

 沖田の言葉は、自分だけで理解した所からいきなり始められる。
 だから、沖田が何を理解しているのかを解かなければ会話が成り立たないのだ。
 聞き返しながら、でもそれが判明するまでに至ったんだから進歩だよなあ、なんてしみじみ思った。
 最初こそ、沖田という人間が何を考えているかなど一生分かりようはずがない、なんてことまで思っていたのだから。

 問うたが、なかなか返事がない。
 まるきり拗ねた子供の相手をしている気分になって、少しだけ笑った。
 体の揺れでそれに気付いたのだろう、沖田の腕に少しだけ力が込められる。

「沖田さん、何が足りないんですか。それは僕があげられるものなんですか?」
「新八以外にはムリな代物だなァ」
「謎解きなら付き合いますから、顔見て話したいんですけど」

 だから腕を離してほしい、と訴えてみたのだが。
 その言葉はあえなく却下されてしまった。
 背中に張りついてる頭が、ふるりと横に振られたのを感じる。

「沖田さんって」
「だから、そいつぁムリなんでィ」
「だから、それが何でですか」


 だからだからって、何だこの不毛な応酬。
 銀さん辺りが聞いてたら何て言うだろう。

「っ、おき…?」

 拘束するように回されている沖田の腕に、一瞬。
 痛いほどの力が、こめられた。
 驚きに息を詰めるが、それ以上は何もなく。
 目を瞬きながらまじまじと沖田の腕を見詰めてしまった。

「………だから」
「へ?」
「充電中、だから」
「何ですか、それ」
「だーから! 新八充電中。なんでィ。俺が!」
「…………」

 自棄になったような調子で放られた言葉に。
 最初に思ったことは。

 うわ、何このかわいいひと。

 だったりした。
 次の瞬間に自分の思考に気付き大概終わってるなあ、とは思いはしたものの。
 それ以上に嬉しかったりもしたのだから、救われる気なんてあるわけがなかった。


 本当は。
 正面からなら、抱きしめ返すこともできたのに。
 ドSなくせして、慎重派って。
 ねえ沖田さん、分かってます?
 アンタが抱きしめたいって思うのと同じように、僕もそう思うんだって。

 ……言ってなんかやらないけどね。



END





◆蛇足◆

「そのまま寝たりしなきゃ、いいですけどね」
「……おう」
「というか、その体勢腰痛くならないですか?」
「俺ァまだ若いから平気でさァ」
「沖田さん、今度」
「……そこで止めんなよ。何でィ」
「非番の時に、膝枕してあげましょうか。固いと思いますけど」
「……是非」
「じゃ、それはまたの機会に」

 

 

1時間半くらいで書けました。
遅筆にしては素晴らしい快挙!!
やばいよ。やっばいって。
金沢の中で沖新一大ムーヴメント起きちゃってるって!(笑)


UPDATE 2007/5/21

 

 

 

              閉じる