9.あなたに会いたくて





 偶々、部活が早く終わる日が重なった。
 それなら会って、どこか近場にでも行こうと。
 そんな誘いをかけたのは、意外にも三橋の方からだった。
 どこか行きたいのかと問えば、特にはないのだと言う。
 ならば腹ごしらえでも、と全国チェーンのファーストフード店に入った。
 食べている最中に、ただ会って話がしたかったんです、なんて言われてしまったのが嬉しくて食べていたナゲットを一つ口の中に放り込んでやった。

 そこから出て、さあこれからどうしようとりあえず駅にでも向かうか、と歩いている最中。


「あ」


 三橋が何か見つけたように、小さく声を上げた。
 吐息のような声ではあったが、元々の音量が小さい三橋の言葉を聞き逃さないようにと注意を払っていた榛名にはちゃんとそれが届いて。
 何事かと三橋を見やれば、何かに視線を奪われている。
 目線の先を辿ると、そこには。


「……ひまわり?」


 花の盛りが終わったのだろう、項垂れたひまわりの姿があった。
 夏になればそこかしこで見かける、珍しくもない花だ。
 榛名からすれば、わざわざ凝視するような代物では決してない。
 けれど、三橋が自分とは違った感性を持っていてそれが面白くも感じたりするものだから。


「どうかしたのか、レン?」


 話を、促してやる。
 三橋はあ、とかう、とか言いながら榛名の顔とひまわりとを交互に見やる。
 どうしよう、言ってもいいのかな、呆れられないかな。
 そんな呟きが聞こえてきそうな仕草。
 新種の小動物みたいだな、なんて思いながら言ってみ、と笑いかけてやれば。三橋は小さく頷いてからぴ、と人差し指でひまわりを示した。


「ひまわり、枯れちゃってます ね」

「ああ、そうだな。もう夏も終わりだもんな」

「何だか淋しい、です、ね」


 しょぼん、なんて効果音が聞こえてきそうに肩を落としながら、言う。
 マウンド以外では基本的に下がってばかりの三橋の眉が、いつもより三割増の勢いで情けない角度になっている。


「好きなのか?」

「好き……って、いう か」

「おう」

「小学校、の夏休みに じいちゃん、トコ、行って て」


 じいちゃん、それはおそらく件の中学校時代を過ごした群馬のことだろう。
 三橋は余程の目に遭っていたのか、中学時代のことはあまり語りたがらない。
 言いたくないということを無理矢理聞き出すのも酷だし、何よりその話をする時の三橋の顔が。
 辛そうな、いやそれよりも罪悪感に苛まれた申し訳なさそうな、そんな顔をするから、訊けなかった。
 聞いた所で過去には手出しできないことだし、思い出すのが辛い過去ならそれを打ち消すぐらいの現在を作ればいい。
 そう思うし、そうしてやりたい。

 じいちゃん、という言葉に僅かに顔を強張らせた三橋を宥める様に、榛名はその肩にぽん、と手を置いた。
 三橋が一瞬目を丸くし、それから控えめに笑う。
 十人が十人とも笑顔だ、と判別出来るようなハッキリとしたものではなかったけれど。
 それでもこうやって笑えるようになったのは、それを自分に向けるようになったのは飛躍的な進歩だと思う。
 そしてそれが、素直に嬉しい。


「そこで、混ぜてもらったグランド の近く、に、いっぱい」


 ひまわりが咲いていた、と。
 どうやら三橋にとって、ひまわりは夏の象徴とでも言える花らしかった。
 思い出に目を向けるように少しだけ遠い目をして、嬉しそうに眦をゆるませる。

 凄かったんです、よ。
 たくさん、咲いて て。
 種を持って帰ったり、も しました。

 たどたどしい三橋の言葉。
 他の誰かがこんな風に喋ったらきっとイライラするのだろうに。
 慣れというのは恐ろしい。
 スローテンポの三橋の声を聞きながら、ふと思い至った。


「なあレン。探してみるか」

「え、う?」

「ひまわりだよ。ここは偶々枯れてるけど、まだどっかで咲いてんだろ」


 春に咲く桜などもそうだが、植物は少し日当たりが変わるだけでも開花時期がずれることがある。
 ひまわりだって、まだ咲いている場所がきっとあるだろう。
 そう思って何気なく口にした言葉だったけれど。
 なかなかどうして、いい思い付きではないだろうか。


「探しに行ってみようぜ。今日はひまわり探し。な?」

「ひまわり、探すんです、か?」

「おう。ここより南のさ、この辺より少しでもあったかい場所ならまだ咲いてるって。何かのんびりしててさ、そういうのもよくねえ?」

「楽しそうです、ねっ」


 きらきら、と効果音が聞こえてきそうな顔をしている三橋に、思わず笑ってしまう。
 子供みたいだ。
 いや、今時の子供ですらこんな表情はしないのではないだろうか。
 それでも、三橋の言葉に頷きながら、多分楽しいだろうなと思う。
 三橋のすること為すこと、一つ一つが榛名の予想を裏切ってくれていて。
 それを見るのが、自分と同じ時間を過ごしながら、きっと見えている世界が全く違うのであろう三橋と共に在るのが、ただ楽しい。
 打算も計算も億面もなく素直にそんなことを考える。

 素直になれるのは、三橋がそうだからだ。
 好意を向けられれば、好意を返したくなる。単純だけれど、それと同じようなものなのだろう。
 人見知りだし、頭の回転は遅いし、卑屈の固まりのようにも見える三橋だけれど。
 その実、底に流れている芯は誰よりまっすぐだ。
 十中八九、三橋本人はそんなこと微塵も気付いていないだろうけれど。


「夏の残りを探そうぜ、レン」


 榛名の言葉に、三橋は。
 笑顔で、はいと頷いた。



END

 

 

Web拍手用に書いていたらうっかり長くなった話。
お蔵入りはイヤなので急遽普通に書いてみました、みたいな。
この後ひまわりを見つけて、種を持って帰ったりすればいい。


UPDATE 2006/09/29

 

 

 

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