7.「恋しくて、恋しくて、言葉が足りない…」



 一ヵ月半だ。
 久々の大きな捕り物と、その準備と後始末に費やされた時間が、である。
 さしもの沖田も一ヶ月を越した辺りから苛ついていた。その度に土方抹殺を企ててストレス解消してきたのだが。
 基本的に感情が表に出ない沖田ではあるが、そう気が長い方ではないのだ。
 粗方仕事が片付いたのと、限界点を突破したのとで屯所を抜け出して来てしまった。
 それでも、よく耐えたと自分を褒めてやりたい気分だ。
 何故なら。

「よーーやく会えるぜィ……」

 思わず声に出して呟いていた。
 道の向こうに目的地が見えてくる。
 二人暮しとは思えない門構え。どことなく、幼い頃に通った道場を思わせる佇まい。
 向かう先には、恒道館道場。

「あれ? 沖田さん?」
「!!」

 突然背後からかけられた声に、飛び上がるほど驚いた。それでもどうにかこうにか、顔にも態度にも出さずに押さえ込む。
 平静を装って振り向けば、そこには今まさしく向かっていた先にいる筈の。

「新八じゃねーか」
「お久し振りです。仕事、落ち着いたんですか?」
「……知ってんのかィ?」
「さっき山崎さんに会ってちょっと話したんです。忙しかったみたいですね」
「ああ、まぁそこそこ」

 何俺に黙って俺より先に新八に会ってやがるあの野郎。
 とりあえず後で山崎に呪いをかけておくことにしよう、なんて考えながら返事をする。
 そもそも今日新八が自宅に居るという情報は、沖田が山崎を使って調べさせたから知りえているのだが。
 人はそれを職権乱用という。が、沖田にそれを指摘するような命知らずはなかなかいない。よって沖田は野放し状態である。
 新しく買った黒魔術の本の試用被験者は決定したな、などと考えている沖田に、新八が首を傾げる。
 思考に没頭しているのを、ぼんやりしていると思ったらしい。

「沖田さん、やっぱり疲れてるんじゃないですか?」
「俺ァ疲れることはしねー主義でィ」
「サボり癖あるのは知ってますけど。いざっていう時にはちゃんと働くって事も知ってますよ」

 どこか勝ち誇ったような笑みを覗かせながら、新八が言う。
 それにどことなく照れ臭くなって、誤魔化すように頭をかきながら目を逸らした。

「そりゃ、ちっとばかし買い被り過ぎだろ」
「褒められ慣れてなくて意外に照れ屋だって事も知ってますし」
「……よく見てることで」
「んー、これでもまだ一部なんだろうなあ、とは思ってますけどね」

 お手上げだ。
 ここまで自分を溺れさせておいて、その上何を差し出せと言うのか。
 浮き足立ってしまうのも、自惚れてしまうのも仕方ないだろう言葉を告げておきながら、新八の佇まいは常と変わらない。
 本人としては意識して殺し文句を言ったつもりではないのだろう。
 これが計算されているなら恐ろしい所だが、天然ならそれはそれで怖い。
 性質の悪い奴に惚れちまったもんだ、なんて今更のように思う。それでも決して嫌いになどならないのだけれど。

 どうしてくれようか、と算段している沖田の腕に、新八が手を添えた。
 たったそれだけの仕草に、鼓動が跳ねる。
 そんな心境など知る由もないのだろう新八は、どこか無防備にも見える笑顔を向けてきて。

「ともかく中入りません? お茶出しますよ」
「今日はサボリだって言わねーんだなァ」

 からかう声音で言えば、新八は珍しくふらりと視線を彷徨わせた。
 うー、なんて少し唸るような声を出して、どこか決まり悪げな表情をする。
 どうしたのだろうと首を傾げると、新八が意を決したように距離を詰めてきた。
 沖田に言わせれば生真面目でちょっとお堅く、新八曰く常識として、往来では手を繋ぐことすら憚るのが常だというのに。
 珍しく、いや恐らく新八からは(外では)初めてだろう、急接近に思わず目を丸くした。
 肩が触れる。僅かにだが確かにある身長差の所為で、新八はやや上目遣いだ。

「……久し振りに会えて嬉しいのに、すぐ帰れなんて言えるわけないでしょう?」

 照れているらしく紅潮した頬も、そのお陰でやや潤んでいる瞳も、心を揺さぶるには充分すぎる威力を持っていて。
 好いている人間が己の為に見せてくれた極上の表情以上に格別なものなど、きっとこの世界には存在しないだろう。
 あ、やべぇ。決壊した。
 そんな言葉を頭の隅で呟いたのを感じるのとほぼ同時に、沖田の腕は新八を抱き寄せていた。
 決壊したのは、一応は持っている理性だったり、新八への想いだったり。
 新八が、うわ、と僅かに声を上げる。
 驚きと緊張で硬くなった体に構わず、腕の中に閉じ込めるようにぎゅうと抱きしめる。

「おき、沖田、さん?」

 途惑うように名前を呼ばれたが、返事が出来なかった。
 一ヵ月半、会いたくて触れたくて、仕方なかったのだ。それを改めて思い知らされた。
 離せないぬくもりに、柔らかいばかりではないけれど心地いい感触に。
 言葉にならない。それだけじゃ足りない。
 自分でも驚くほどに、この恋情に溺れている。溢れて、零れて、ただ愛しいと、そう思えてしまう。
 感情を制御出来ないなんて、立場上危険なことだ。
 予測不能なものは、時としてとんでもない事態を引き起こすことがある。それは真選組という枠の中で幾度も思い知らされてきた事だった。
 分かっているのに。分かっていても、どうしようもない。

 俺も、会いたかった。
 告げれば、新八はきっと笑ってくれる。
 そう思うのに、声にならなかった。

 ただ黙って抱きしめるばかりの沖田を、新八はどう思ったのか。
 閑静な、という言葉が当て嵌まるような住宅街だから今の所人通りはないが、往来だという事実に変わりはない。
 キスは勿論のこと、手を繋ぐことですら人前では拒否する新八が何も言わずに大人しくしているというのは、一体どんな了見なのだろう。
 不可思議に思っていると、新八の腕がそろそろと沖田の背に回った。
 抱きしめ返されたのだ、と気付くまでに数秒を要した。
 驚いている間に新八の顔が肩口に埋められる。鼻先に髪が触れた。

 新八からの言葉はない。
 けれど、珍しく見せた甘えるような仕草に、その温もりに胸の内が満たされていくのを感じた。
 帰る場所があるのだ、と。言葉ではなく告げられた気がして。
 例えばそれが、自分だけの都合のいい解釈なのだとしても。

 言葉はいらない、なんて思えないし言えない。
 告げる言葉に嬉しくなったり、時にはぶつかり合ったり、その中で生まれるものもあると知っているから。
 それでも。
 言葉だけでは足りない想いを伝え補うぬくもりがあることが、どれだけ幸せなことか。
 抱きしめる腕に、抱きしめ返される腕に、それを教えられた。
 目を伏せて、右手を持ち上げると新八の髪をくしゃりと撫でた。
 久し振りの感触は以前と変わらず、それに無性に安心する。

「あァ、そうか」

 ぽつりと呟く。
 気付いた。

 俺ァ今、幸せ、ってやつなのか。

 今になら、この想いになら、溺れて死んでも後悔はしない、なんて。
 言ってみせたなら、新八はどんな反応をするのだろう。
 いつか実際に告げてみるのもいいかもしれない。
 だがそれは今じゃない。
 今は、ただ。甘ったるい温もりに浸っていたくて、抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。




END

 

 

兎Q様に相互記念で捧げます!
畏れ多くも兎Qさまの描かれたイラスト(2008/1/7付もの)を元に書いた話です……
インスピレーションかきたてられちゃいまして。
書きたい! じゃあ相互記念にって押し付けるのはどうだろう!
…という、完全に勢いを元に成り立ってます。
私の話はともかく、兎Qさまの素敵沖新イラストは必見ですとも!

…とか言ってる間に件のイラスト賜りましたァァァ!
お お お …! 今年の運勢使い果たしたんじゃなかろうか…
ありがたくも背景に使わせて頂きましたありがとうございますー!!
線画でも充分麗しいですが、こちらのカラー版もとても素敵なのです。
気になる方は兎Qさまのサイトへどうぞー。畏れ多くも相互です。


UPDATE 2008/2/5

 

 

 

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