4.飛べない羽より リアルな足がある





 今、この人は。
 何を言ったんだろう。

 紡がれた言葉は耳慣れた日本語だった筈なのに、その意味がさっぱり掴めずに新八は一度ゆっくりと瞬きをした。
 そうしてから、目の前の人物を凝視する。
 色素の薄い髪、無表情ながらも整った顔立ち、首から下は黒い制服。
 目に写った映像を脳に送り、処理する。
 ややあって、これはやっぱりどう見ても真選組で隊長をやっているあの人物でしかありえないという結論が導き出される。

「……あの、沖田さん。失礼ですが、今、何て?」

 意を決して、聞いた。
 目の前にいる、真選組一番隊隊長、沖田総悟に向かって。

 聞こえなかったわけでは、決してない。
 だが耳に飛び込んできた言葉を沖田が口にしたのだというのが信じられなかった。あまつさえ己に向かって、だ。
 と、いうか。
 もし聞こえてきた言葉そのままを確かに沖田が言ったというのなら。
 聞き間違いであって欲しい、というのが新八の正直な心境だった。

 指先が、肌が、ぴりぴりとする。
 真剣を突き付けられた時とはまた違う緊張感が、意識を支配している。
 じわりと。背中に厭な汗が浮かぶのを感じた。
 喉が、乾く。

 新八が感じている緊張など知る由もない沖田は、いつもの表情のまま僅かに首を傾げて。
 見様だけ見ればその仕草は幼げに見えるというのに。
 その容貌だけでは計り知れない言動をする人物なのだと、新八はイヤと言うほど思い知らされていた。
 そう、今現在進行形で、だ。

 沖田の唇がゆっくり、弧を描く。
 にやあり、とでも形容するのが正しいような。
 その一見涼しげな顔には似つかわしくない何か企んでいるような、有体に言えば腹黒そうな顔。
 新八は思わずう、と唸りかけた。
 どうにかこうにかそれは我慢することに成功したけれど。

「何度でも言いますぜ? 惚れちまったみたいでさァ」
「……えーと、誰にですか」
「勿論、アンタに」

 爆弾が落とされた音を聞いた気が、した。
 無論実際にではなく、新八の脳内でだが。
 それほど沖田の発言が衝撃だったのだ。

 そのまま思考が飛びかけて、けれど本能が危険だと警鐘を鳴らした。
 いっそ気絶の一つでもしてしまった方が楽かもしれないとは思ったが、背中を撫で上げられているかのような悪寒は未だ続いたままで。
 万事屋に務めるようになってからすっかり精度の上がってしまった危険に対する反応速度に、苦笑いしたいような気分になって。
 けれど新八の顔は強張ったまま動かせなかった。

「冗談とか、じゃ」
「ないですぜ。分かってんでしょうに」

 言葉を先回りされた。
 そう、分かっていた。
 何を考えているのかイマイチ分からない沖田だけれど、何故か彼が本気であることだけは分かった。
 恐らくはこの、肌に刺すような空気の所為だ。
 沖田が纏う空気が、いつもと違う。
 斬り合う時のような刺々しさはないが、それとはまた違う鋭さがある。

 えーと。
 これって、今、告白された?

 遅まきながら、ようやくそれに気付いた。
 沖田はまだまっすぐに、新八に視線を注いでいる。
 今更ながらその目線が居心地の悪いものに思えて身じろぐ。
 不躾なまでの目。
 そこに宿る、焔のような光。

「あ、の」
「何ですかィ?」
「それで、どう」
「俺と付き合いやせんか?」
「つ……?」
「不純同性交遊、ってことになりやすかねェ」

 何が可笑しいのかくく、と笑う。
 その瞬間、新八の中で危険度を知らせる鐘がマックスになった。
 色でいうなら赤だ。
 悪寒が決定的なものになり、腕にざっと鳥肌が立つのを感じる。

 どうして、何故。
 告白を受けたはずなのに、こうも本能が警鐘を打ち鳴らすのか。
 沖田の目は逸らされない。
 くっと息を飲み、睨むようにその視線を受けとめた。
 確かに好きだと告げられた、その筈なのに。
 いっそ宣戦布告されたのだ、と言った方が余程納得いくようなこの空気は、一体何なのか。

 沖田のことは、そう嫌いではない。
 正確には好きも嫌いも考えたことがなかった、というのが正しい。
 破天荒な人だとは思うけれど、新八自身にはそう実害を与えてこないからだ。
 万事屋として真選組に関わったり、もしくは近藤絡みで志村家に訪れたり、時には街中で偶然会ったりでただの顔見知り以上の間柄ではあるとは思う。
 だが、それだけだ。
 壊滅的に仲が悪いわけでも、逆に物凄く仲がいいというわけでもない。
 それなのに、何故いきなり。
 好きだと告げられ付き合おうとまで発展しているのか。

「自分で言うのも何ですが、お買い得だと思うんですがねェ」
「はい?」
「公務員で安定してやすし、年も近いし、見た目もまあ悪くはねぇだろィ」
「はあ……」
「ちいっとばかしSの気はありやすが、まあアンタがMだから問題ねーだろうし」
「は、ちょ、何勝手に言って」
「ついでに言えばまあ、夜のテクにも多少覚えはありやすし」
「や、誰もんなこと」
「幸せにする自信は、ありやすぜ」

 ひ、人の話聞く気ゼロだよこの人ォォォ!!

 叫んでしまいたかったのに、声は出なかった。
 人間本当に心の底から呆然とすると声も出なくなるのだなあ、とまた一つ知りたくもなかったことを知ってしまった。身を以ってして。
 そういえば先ほどから、言葉を遮られ遮られしていたことにようやく思い至る。
 しかも段々と話が大きく広がっている。
 気のせいじゃなければ、これは世間一般でいうところの結婚とかそういう……?

 至りたくなかった結論に至った瞬間、新八の脳内は即決断を下した。
 即ち。

「残念ですが期待に添えそうもありませんので諦めてくださいぃぃぃっ!!」

 ハッキリキッパリ断りを入れたその上で。
 三十六計逃げるにしかず、とばかりにこの場を立ち去ることだった。
 悲鳴にも近い声で返事をし、頭を下げ、踵を返し、間を置くことなく走り出す。

 虚を突く事が出来たのか否か、今のところ沖田が追って来る気配はない。
 今のうちに少しでも距離を開けておかなければ。
 沖田がもし本気を出して追いかけてきたら、とてもではないが叶う気がしない。
 体力面や足の速さはともかく、目的の為なら手段を選ばない沖田が何を仕掛けてくるか、それを読み取るにはあまりにも情報が少ないからだ。

 や、ヤバイヤバイヤバイってェェェ!
 何コレ、ホント何なんすか、どんな罰ゲーム?!
 出来ることなら飛んで逃げてしまいたい。
 涙が滲みそうになるのを耐えながら、そんな事まで考え出してしまう。
 ともかく今は、逃げなければ。
 危険信号はちっとも鳴り止む気配を見せないから、速度を緩めることも出来ない。

 飛べなくたって、足がある。
 この足は、自分を前に進めてくれる。

 さあ、逃げろ。



END

 

 

沖→新…になっちゃいました…また。
ナーイフみたいに尖ってる♪ うちの沖田をどうにかしたく書いたはずなんですが。
気付けば今までになく別方向でギンギンに尖ってる気が。
うちの沖田はいついかなる時も余裕なーし! みたいな(笑)


UPDATE 2007/5/23

 

 

 

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