3.両手抱えきれない愛をあげる



 水の中から浮かび上がるかのように、ふと目が覚めた。
 枕元の時計に目をやると、まだ夜明けにも程遠い時間で。
 欠伸をしてそのまま寝直そうとした所で、喉が乾いている事に気づいた。
 目も覚めてしまったことだし、ともそりとベッドを抜け出す。

「部屋に冷蔵庫って、ホント便利だなー……」

 呟きながら冷蔵庫のドアを開け、ミネラルウォーターのボトルを取り出した。
 冷蔵庫と言っても、天国の腰辺りまでの高さしかないミニサイズのものだ。
 それでも部屋に冷蔵庫なんて考えたこともない天国からすれば、十分驚きに値するものだったのだが。

 持ち主の御柳曰く、「欲しかったから懸賞で当てた」とのことだった。
 これが他の人間の言葉なら鼻で笑う所なのだが、御柳の勝負強さを何度も目の当たりにしている身としてはさいですか、と頷くしかなかった。

 きり、とペットボトルの蓋を開ける音が部屋に響く。
 冷えた水が喉を潤すのに、ふっと息を吐いた。

 静かだな、とぼんやり思う。
 部屋の中は勿論、外も。
 しいんと音がしそうな静けさに包まれている。
 静寂に包まれて、足元が覚束なくなるような。
 言い知れぬ感情に、悪寒にも似た感覚が背を這う。
 慌てて首を振ってそれを振り払おうとした、その時。

 ぽふん、と。

 何とも間の抜けた音が、静寂を破った。
 唐突な音に天国は目を見張り。
 音のした方、ベッドへと目を向けた。
 ぽふ、ぽふん、と音は続いている。

「……何やってんすか、みゃーなぎクンは」

 思わず、脱力した。
 音は、御柳の手が布団を叩く音だった。
 しかし寝入った顔はそのままだ。
 どうやら無意識での行動らしい。

 張り詰めた緊張感が破られ、思わず笑う。
 流石に大声をあげる程ではなかったので、僅かに喉を鳴らすように。
 何やってんだかなあ、と御柳を観察しながら。
 叩くっつーか、何か探してる、みたいな……?

「あ」

 探す、という単語に思い至った時。
 天国は思わず声を上げていた。
 己の隣りを探す、御柳の手。
 探す場所、そこについ先程まで居たのは。

「……参った。愛されてんのな、俺って」

 誰が見ているわけでもないのに、両手を上げてホールドアップの姿勢をとった。
 降参です。
 だってこんなの、嬉しすぎるじゃん。

 ベッドに戻り、自分を探す御柳の手をそっと掴んだ。
 ここにいるよ、の言葉の代わりにぎゅっと握る。
 寝入っている御柳は、それでも。
 天国の手を握り返してきた。

 重ねた手は暖かく、けれど今はそれだけじゃ足りない気がして。
 先程よりも距離を詰めて、御柳のすぐ隣りにまで寄り添った。
 横向きになり、その肩にこつんと額を押し当てる。
 宵闇に齎された不安が嘘のように、心が満たされていく。

 愛されている、それだけじゃなくて。
 俺も、御柳を想ってるから。
 だからこんなに、幸せなんだろう。
 想われている分だけ、いやそれ以上に想い返したい。

 両手では抱えきれない程の強さで。愛を。

「……おやすみ」

 愛してるよ、は唇の動きだけで。
 分け合う体温は心地良く、程なくして天国も眠りに誘われていった。

 或る夜の、話。



END

 

 

寝ても覚めても貴方の事が。
…ていう話。

御柳は懸賞とか得意そうだなあ、というのもありつつ。
福引とか欲しい商品当てられるんだきっと。


UPDATE 2007/3/25

 

 

 

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