信じてくれる君がいるなら 僕は踏み出せる 怖れがない、と言えばそれは嘘だ。 得体の知れないものに一人立ち向かうのに何も思うところがない奴なんて、ただのバカか線が切れているかのどちらかでしかないだろう。 それでも、凌の心は落ち着いていた。 恐怖心は確かにあるのだけれど、心を支配し動けなくするほどのものではなかったのだ。 逸るでも震えるでもなく、ただアレと対峙しなければならないのだ、と現実を静かに受け容れていた。 ベルベットルームから帰還し、それまで感じていた立っていられない程の重圧から解放された、その時に。 足が地を蹴る。体が重力を感じない。 体が宙に浮いた、なんて非現実的な出来事にも何故か驚きは感じなかった。 仲間が呼ぶ声はすぐに遠くなった。 振り返らなかったのは、必ず帰るのだと誓っていたからだ。また顔を合わせるのだから、一目見る必要なんてない。 自分でもおかしくなるくらい自信満々に、そんな事を考えていた。 「……後で怒られそうだな……」 呟き、少しだけ苦笑した。 凌は現場リーダーとして指揮を任されてはいるけれど、時折独断専行を律される事が今までにもあったからだ。 それは凌自身がある程度自覚していることではあった。 ゆかりや順平に比べ、言葉も感情表現も少ない凌は、指示を与えるより自身で動いた方が早いと思ってしまう時があるのだ。 ……だけど、今は、少し違う。 全てを語る時間がなかったのも確かにそうだけれど、何より。 多くを語らなくとも伝わると、それだけの絆が自分たちの間にはあると、そう信じているから。 小さく頷き、そっと胸元を押さえた。 胸ポケットがふわりと暖かい。 確認せずとも、そこにイゴールが作り授けてくれたカードが在るのが分かった。 ユニバース、と呼ばれていたそれは文字通り最後の切り札なのだろう。 「……出来ることをやるだけ、だ」 紡いだ絆には、どれとして特殊なものはない。どれもありふれていて、当たり前で、どこにでもありそうなものばかりだ。 けれどそのどれ一つとして、どうでもいいものはなかった。 どれも大切で、特別で、守りたいものだった。 たとえ隣にいなくとも、失われないもの。 それを思うだけで、立ち上がり踏み出す力が湧き上がる。 「……行く」 誰にともなく口にするのとほぼ同時に、凌の眼前にそれが現れていた。 実際は凌がそれの前に到着した、と言うべきなのだろうけれど。 手にした武器の柄を、力をこめて握る。十月の満月以降、凌の武器はすっかり鈍器で固定されるようになってしまった。 使い慣れ、手に馴染んだ今でさえずしりと重量感がある。 けれどその重みは、どこか安心できるものでもあった。 手のひらにかかる存在感は、主張する。 支える手は失われていないこと。 未だこの命は在るのだと。 言葉ではなく告げて、凌の意思を現実に繋ぎ止める。 「…………っ!!」 瞬間、声は出なかった。 全身を刺すような衝撃に、何が起きたのかも分からないまま気づいた時には倒れていた。 咳き込みながら手をつき体を起こす。 ぐらぐらと視界が揺れるのに歯を食いしばった、そのときだった。 声が、鼓膜を突いた。 「く……」 呻きながら、立ち上がる。 ふら付きながら起き上がる姿は、きっと傍目から見ればひどく情けないに違いないんだろうな、なんて少し自嘲めいた考えが頭の端を過ぎった。 それでも、倒れてなどいられない。 満身創痍だろうと何だろうと、寝ていられない理由が、自分にはある。 凌を後押ししたのは、どこからともなく流れ込んでくる仲間たちの声だった。 皆がこの場所に、この戦いに思いを馳せている。 ……一人じゃ、ない。 体勢を立て直した所で、また全身を衝撃が襲った。 間近にして伝わってくる威圧感は、タルタロスの頂上で感じたものとは比べ物にならない程だ。 けれど二度目の攻撃に対し、凌は倒れなかった。 ふらつきながら、それでも踏み止まる。 仲間の声は続いていた。 鼓舞し、叫び、祈るように。 凌が絶対に勝って、全て終わらせて、戻ってくるのだと信じる声。 それが、凌を支えた。 「……うん」 押し潰されそうな重圧の中、ほろりと零れたのは気の抜けるような頷きだった。 約束は違えない、と。そう心に決めてこの場所にいる。 軽く頭を振り、武器を構え直した。 その、瞬間に。 …………………… 響く声の中、ひどく懐かしい声音を聞いた。 本当ならば聞こえてくるはずのない、声。懐かしく愛おしい、心のどこかでもう一度聞きたいと願っていたひとの。 一瞬今の状況も忘れて動きを止めてしまう。 今の、は。 彼の人の声だったのかどうかなど、確かめる術があるはずもない。 聞き間違いか、都合のいい幻聴だと考えるのが妥当だろう。なのに。 確固たる理由がなくとも、あれはあの人の声だったのだ、と。 凌は呼吸するようにすんなりと、そう結論づけていた。 ……心配性なひと、だなあ。 思わず少し笑った、瞬間。 切り札、ユニバースが強く熱を持った。 誰に教えられたわけでもないのに、使い方が分かる。 凌は顔を上げて、目の前に在るそれを見据えた。 絆は消えない。 一緒にいても、遠く離れても、たとえ……死んでしまっても。 一度紡がれた絆を消すことなど、誰にも何にも出来はしない。 上も下もない闇の中、自身さえ見失ってしまいそうな暗い場所で、それでも立っていられる。 心を支えられていれるから、立ち上がれる。 寮で過ごす以前の自分ならきっと、最初の一撃で動けなくなっていた。 俺は、俺たちは、何も特別なんかじゃない。 生きて、繋いだ絆を手放したくなかった。ただそれだけの為に、ここまで来た。 信じてくれる誰かがいる。それがこんなにも心を支えてくれるものだなんて、きっと普通に生きているだけじゃ気付けなかった。 イゴールはこの力を、特別なものだと言った。 だけど俺は、そうは思わない。 人との関わりを持つ人なら、誰にだって紡げる可能性のある力だ。 世界の危機なんて大袈裟なものに直面しなくたって、人は自分で自分の世界を変えられるから。 このカードは、この力は、人との絆とそれへの感謝で出来ているんじゃないかって、俺は思う。 ありがとう、と唇を動かす凌の視界を、強い光が白く覆っていった。 END |
ラストバトル荒主ミックス、な話でした。 最終決戦時の荒垣さんの声に涙した荒主至上主義者です。 あれは…あれはスタッフGJ……! UPDATE 2009/2/27 |