9.繰り返す日没に祈りを捧げたら




 最悪な気分だった。
 絶対に絶対に誰にも気付かれないように隠し続けていたものを、暴かれた。
 言葉にされた感情は生々しく、それでも捨て去ることが出来ず。
 そんな自分が嫌で、悔しかった。
 己の愚かさと汚さを突き付けられ、目の前が暗くなった。

 正直な話をすれば、沖田にキスをされたという事実はどうでもいいことだった。
 ショックを受けなかったと言えば嘘になるが、貞操を奪われたわけでもなしそう騒ぎ立てる程のことだとは思えなかった。
 何より。
 新八が一番嫌悪しているのは、己の感情だったからだ。

「ああもう、サイテーだ」

 何が最悪かって、未だ涙が止まらない。
 拭っても拭っても、涙腺が壊れてしまったかのように溢れてくる。
 最初こそ拭っていたのだが、そのうち目が痛くなってきて諦めた。

 沖田に捕まったのは万事屋からの帰り道だった。
 買い物の予定もなく、後はもう家に向かうだけなのだが。
 泣き顔のまま帰宅するわけにもいかず、人目に触れる場所に居るのもいたたまれず。
 結局川原ぐらいしか思いつく場所がなかった。
 理由が理由だけに、誰の元へも訪れたくはなかった。

「風強いし……風邪引いたらどう責任取ってくれる気なんだ」

 呟きながら、重い手足を投げ出すように草の上に座り込む。
 止まらない涙の所為で頭も痛い。
 けれどもう無理に止めるのは諦めて、流れるに任せることにした。
 抱えた膝に顔を埋めれば、袴が濡れたがもうどうでもよかった。

 怒りは、既に引いている。
 落ち着いてしまえば、何故沖田に気付かれたのかという疑問が湧いてきた。
 沖田にも言われたが、この想いはもうずっと長いこと抱き続けていたもので。
 付き合いが長いのと、自身でも表に出してはいけないものだと重々承知していたからとで、自然それを隠す術には長けていた。
 知られてはいけないから、普段は自分の意識からも追い出して。
 隠して、遠ざけて、それでも捨てられず。
 一人になれる時にだけひっそりと想い返すような、そんな霞みのような感情だったのだ。

「なんで気付くかな……」

 大体僕とあの人って、ほとんど接点ないじゃないか。
 年が近いってぐらいでさ。
 絡むのだって神楽ちゃんだし。

 ぶつぶつ呟きながら、首を捻る。
 考えれば考える程、何故気付かれたのかが分からない。
 銀時辺りが気付いたというのなら、まだ納得がいく。
 一緒に過ごす時間は長いし、基本的にマダオに足を突っ込んではいるものの時折鋭さを見せることもあるから。

 けれど、沖田は違う。
 今日話しかけられたのも驚いた程、沖田と新八は繋がる要素がない。
 接点がない、ということは相手を知らないこと、だ。
 そんな人物にいきなりひた隠しにしてきた感情を引きずり出されたのだ。
 驚いて当然だと思う。

「ああ、もう……何なんだろう」

 相変わらず止まる様子も見せない涙が、思考を鈍らせる。
 溜め息を吐きながら、目を伏せた。

 いつも通りの飄々とした態度。
 伸ばされた手。
 投げられた言葉。
 弧を描いていた唇。
 ひどく近くにあった、色素の薄い瞳。
 不意打ちのキス。
 殴られ、赤くなった頬。

 閉じた瞼の裏、次々とフラッシュバックする。
 泡のように、ぽつりぽつりと。
 渾身の、とまではいかなくとも結構な力で殴ってしまった。
 きっとあの頬は腫れるだろう。
 顔だけはいい人だから、少し悪いことをしてしまったかなと思う。

 けれど、驚いたのだ。
 自身の考えも行動も抑制できない程に。
 隠し続けていた気持ちを指摘され、心臓を掴まれたような気分だった。
 言葉にされた感情は、ハッキリとした形を伴って目の前に突き付けられた。
 それまで目を背けていた心に向き合わざるをえなくなり、混乱した。
 その果ての行動だった、というのは今更の言い訳にしか過ぎないのだろうけれど。

「ふ、う……っ」

 ごめんなさい、と。
 音にはせずに唇だけを動かした。
 誰に向けての謝罪なのかも分からないまま。

「う、っく」

 堪えていた嗚咽が零れるように漏れた。
 苦しい、と思った。
 捨てられない想いは重く、けれど。

 僕はそれに、向き合ってもこなかったんだ。
 隠しておけばどうにかなるようなものでもないのに。

「ごめ、なさ……」

 間違いだと分かっているのに抱き続けたのは、ただの甘えだ。
 どんなに苦しくても、己に嫌悪しても、それでも向き合わなければいけなかった。
 向き合って、どうするのかを考えなければならなかったのに。

 そうしなかったのは、逃げだ。
 そして逃げたその時にきっと、この恋はもう死んでいたのだ。
 殺したのは他ならぬ、弱い自分自身が。
 死んでしまった気持ちを、手放せないまま抱いていた。

「ごめん、なさい」

 ああ、この涙は。
 止められない涙は、生まれる事なく死んでしまった心への弔いなんだ。

 唐突に、そんなことを思った。
 未だ頬を伝い落ちる涙を拭う気力もない。
 ゆっくり顔を上げれば、水平線の向こうに丁度太陽が沈む所だった。
 没する太陽は、天頂にある時よりも大きく見える。
 橙に染まった空を、雲を見ながらふと思う。

 こんなに泣けるのは、きっと終わりだからだ。
 沈む太陽のように、気持ちだって終わるその時に輝いてもいいじゃないか。
 ずっとずっと押し殺されてきたものなら、尚の事。

 泣き過ぎた所為か痛む額を押さえて、ゆっくりと瞬きをした。
 その拍子にまたはらはらと、涙が伝う。
 今はただどうしようもなく辛くて、涙を止める術すら分からないけれど。

 それでもきっとまた、いつの日か。
 誰かを好きになる日が来るのだろう。
 日没は、終わりじゃない。繰り返すのだから。
 だから今、願うのは、祈るのは。
 死んでしまった恋が、いつかまた出会う日にはもっと優しく暖かなものでありますように、ということだった。


 次に出会う恋は、どうかどうか。




END


 

 

cali≠gari10沖→新→妙の続編。
新八の想いに決着。
泣かせ過ぎでごめんぱっつぁん。


UPDATE 2007/5/5(土)

 

 

 

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