4.見覚えのある横顔が重なり消えた




「フローリアン? 何やってんだ?」


 ダアトの教会は広い。
 流石教団の本部だとでも言うところか。
 今日はここに泊まることになったので、各々が自由行動を取っていた。
 だが、さして名所もない街だ。
 適当にうろついていたルークは、イオンのレプリカ……アニスがフローリアンと名付けた少年が、何をしているのか草地にしゃがみ込んでいるのを見つけて声をかけた。


「あ、ルーク」


 呼び掛けに顔を上げて、にこりと笑う。
 イオンと同じ服を着て、同じように髪をまとめた姿は黙って立っていればイオンとまるで変わらない。
 けれど、その笑顔も話し方も立ち振る舞いも、何もかもがイオンと違う。
 それは、何故かルークの胸に安堵にも似た心地を招いた。
 例え物理的に同じ存在なのだとしても、違うのだと。
 違って、いいのだと。
 そんなことを思えるような気がするから。


「久し振りだな。どうしたんだ、こんなトコで」

「花の種をね、植えてたんだ」


 立ち上がりルークの元へ駆け寄ってきたフローリアンの手には、小さなシャベルと布袋が握られている。
 夢中になって作業していたのだろう、服の裾が土で汚れているのに気付いたルークは身を屈めるとその汚れを手で払ってやった。
 フローリアンがそれに礼を言い、ルークはもし弟が居たらこんな気分なんだろうか、などと他愛もないことを考えた。


「種って……何でまた、そんなこと」

「ふふ、アニスにはナイショだよ?」

「アニスに?」

「うん。あのね、こっち来て」


 手招かれるまま、先ほどフローリアンがしゃがみ込んでいた場所よりも奥へ向かう。
 少し進んだ場所で、ホラ見て、とフローリアンが地面を指し示した。
 そこには、薄桃色の花が幾つか咲いて揺れている。
 ルークには花の名前は分からなかったが、かわいらしい花だと思った。


「キレイな花だな」

「でしょ? アニスがね、この花好きなんだよ」

「よく知ってるな。誰に聞いたんだ?」

「誰にも。この間、アニスが来た時に一緒に散歩してたんだけどね」


 その時に見かけたこの花を、アニスがキレイだからと教えてくれたのだと言う。
 その笑顔がとても嬉しそうで、アニスがこの花に思い入れがあるのだと分かったらしい。
 フローリアンの言葉を聞きながら、人はちゃんと人のことを見ているものなのだなと感心してしまった。
 それは生きた年月とか、そういうものには関係しないのだろう。


「だからね、もっと沢山咲いたら喜んでくれるでしょ?」

「そっか、そうだな」

「うん。だからアニスにはナイショにしてね。驚かせたいんだ」


 唇の前に人差し指を立てながら、フローリアンは楽しそうに笑った。
 無垢な、という名に相応しい澄んだ瞳で。
 けれどそこには悪戯っぽい色も在る。
 それはフローリアンに出会った当初にはなかったものだ。
 怯えて震える彼に、アニスが付きっきりだったのは記憶に新しい。
 面倒を看てくれているというアニスの両親も、きっとよくしてくれているのだろう。

 レプリカだということでの偏見は、確かに人々の中にある。
 拭い去ることのできないそれは、哀しいけれどどうしようもないのかもしれない。
 だけど。
 引っ掛かりがないわけではないけれど、それでもこうして笑えているフローリアンを見ていると、大丈夫な気がする。
 何が大丈夫、なのかはルーク自身にもよく分からなかったけれど。

 問題は山積みかもしれない。
 それでも、笑顔が在るなら。
 きっと、道行きは明るいのではないかと。
 そう信じたいだけかもしれないが、それでも。
 フローリアンの笑顔は、ルークを明るい気持ちにさせた。


「そういうことなら、俺も手伝うよ」

「ホント? あ、でも……」

「何だ、どうかしたか?」

「あのね、ボク、一人でやってみたいんだ」


 意外な言葉に、ルークは目を瞬かせる。
 フローリアンは花にそっと触れながら、けれどきっぱりと言い切った。


「ボクがやったことで、アニスに喜んでもらいたいから」


 瞬間。
 咲く花に目を落とすフローリアンの横顔に。
 重なり過ぎる、彼の人の面影。

 それは本当に刹那だった。
 フローリアンとイオンは別人だと、それは分かり過ぎる程に分かっている。
 重ねたいわけでもない。
 けれど、過ぎった想い出は、その横顔は。

 フローリアンの中にイオンが居るのだと。
 想いや強さは、きっと知らずのうちにでも息づき、伝わっていくのではないかと。
 そんなことを、思わせた。
 血の繋がりじゃない。心、意志の繋がりだ。


「カッコイイな、フローリアン。じゃ、俺は手出ししない」

「うん。でも、ありがとうルーク」

「いーって。アニス、きっと喜んでくれるぜ」

「うん、頑張るね」


 張り切るフローリアンに別れを告げ、さてではどこで時間を潰そうかと歩き出したルークの背に声がかけられる。
 何事かと振り向けば、フローリアンが種を一つ差し出してきていた。
 反射的に受け取ってしまってから、これはどういう意味なのかと首を傾げる。


「フローリアン、これ?」

「ルークに一つあげる。好きな人にはね、花をあげるといいんだって」

「す、好きな人って……」

「そういう人に、育ててあげたらきっと喜ぶよ」

「あ、うん……」


 フローリアンには深い意味合いなどなく口にした言葉なのだろう。
 けれど思いがけない言葉に、思わず赤面する。
 口篭もるルークに、フローリアンは何を気にした様子もなく作業に戻っていく。
 その後ろ姿を暫く見て、ルークはふと優しげに笑っていた。

 小さいけれど強さを湛えた、背中。
 護りたいのは、そういうものだ。
 世界だ何だ、大きすぎて実感はないけれど。
 大事なものを護りたい、そう思うから。

 少し休んで、また前を向く。
 暖かなものを貰った、抱えた腕を大切にしながら。



END


 

 

花を植えるフローリアンが書きたかったですの…
それをアニスの為だって言わせたかったですの…
ルーク視点のフロ→アニですなこりゃ。



UPDATE 2006/08/10()

 

 

 

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