15.ただ、振り返らず、信じて行く事だけ



 それは、久し振りの大きな捕り物だった。

 命を断ち切る瞬間は、いつもひどく静かだ。
 怒号も悲鳴も、肉を切る音も。何一つ、耳には届かない。
 音のない世界は、まるで自分しか存在しないような気になる。
 その静寂の中、ただ刀を振るう。痛いほどに張り詰めた空気の中、研ぎ澄ませた己の感覚だけを頼りに。
 世界と自分の境界すら曖昧になりそうな中、かろうじて己を繋ぐのは何あろう人を斬るその感触だった。
 刃を、腕を伝い脳髄までをも震わせるような、人の肉を斬り、命を断つ瞬間。
 その手ごたえだけが、音のない世界の中、唯一自分を正気に繋ぎとめてくれる。

 俺ァもう、人じゃねーのかもしれねぇなァ。

 一片の情けも容赦もなく、向かってくる奴らを切り捨て、叩き伏せ、薙ぎながら。ふと、そんな事を思った。
 例えばこの身が修羅に堕ちようと、羅刹に変じようと。後悔はしない。そう言い切れる自信はある。
 それが自分で決め、望み、歩んできた道の果ての事ならば。
 己の選択の末の結果ならば、何を恥じることもない。

 頬に飛んだ血飛沫を適当に拭い、辺りを見回す。
 とりあえずこの場にいる奴らに限っては片付いたようだった。
 ぶん、と刀を振って刀身に付着した血を払う。
 まだ鞘には収めない。終わってはいないからだ。何時誰が向かってきても、すぐに斬れるように。

 血の匂いがひどく充満していた。慣れたものとは言え気分の良いものではないそれに、舌打ちする。
 やけに喉が渇いていた。襟元のスカーフを緩めるが、そんなことで解消されるようなものではないと分かっていた。
 渇きは、物理的なものではないからだ。
 ぴんと張った空気の中、綱渡りをしているかのように危うい均衡に身を置いて。
 獲るか獲られるか。その緊張感こそが、この渇きを癒す唯一のものだ。

 どう言い繕っても、人を斬ったことからは逃げられない。
 けれど、後悔はない。
 己の信じた道を、信じた人の為に歩んできたのだから。

 怯むな。恐れるな。躊躇うな。立ち止まるな。
 この場には、過去も未来も、存在しない。
 退屈な日常も、哀しい思い出も、ここには届かない。
 進め。全てに蓋をして。
 振り返らずにただ……前へ。

 喉の渇きを抑えるように息を吐き、騒ぎの続いている方へ足を向けた。
 静かな世界の中で、また刀を振るうのだ。
 夜はまだ、終わらない。




 END


 

 

子供のような潔い残酷さで、前へ進む。
狂気と理性は、多分紙一重。

UPDATE 2008/2/3

 

 

 

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