Bonus Track.もしもう一度生まれ変われるとしたのなら 自室のベッドに腰掛け、ふっと息を吐いた。 体が重く、だるい。 ニュクスと対峙したあの夜からもうずっと、疲労が抜けない。 ゆるゆると命の灯が弱くなっているような感覚に、けれど凌は不安も焦燥も感じなかった。 申し訳なさや幾許かの寂しさはあるけれど、それだけだ。 自身の選択に対しての後悔は、欠片もない。 「……もう、少し」 決意を確かめるように、声に出して呟く。 約束まで、あと少し。 消えてもおかしくない命を繋ぎとめる、それ。 本当は、眠ってしまいたい。 何もかも忘れて、深く寝入ってしまいたい。 抗いがたい誘惑に、それでも逆らい続けるのは。たった一つ、果たしたい約束があるからだ。 そこまで考えて、思わずふっと笑いが零れていた。 自分がこんな風に、何かに対し必死になる日が来るなんて。 昨年の今頃の自分に教えても、きっと信じないだろう。 変わったのは自分か、それとも世界か。 ……おそらくはその、どちらもが。 変化したものに対し感じるのは、僅かな不安と多大な感謝だ。 一人じゃなかったから今日まで来られた、なんて。 いっそ無様なほどに陳腐な言葉にしかならないけれど。 それでも伝えたい言葉は、それしかなかった。 ただ、ありがとう、と。 「届く、かな……」 あのひと、にも。 呟き、少し寂しいような気持ちになる。 本音を言うなら、ただ会いたい。 多くはいらない。会って、ただ一言を伝えたい。 生まれ、出会い、支えてくれて、ありがとう、と。 彼の人のことだから、きっと大したことはしていない、と困った顔をするだろうけれど。 「……らがき、さ」 名前を呼ぶのは、躊躇われた。 会いたいです、と口にするなんてもっと。 それでなくても胸の内で幾度呼んだか知れないのに。 会いたい、会いたい。 傍に居てほしい、居てほしかった。 話したい事も聞きたい事も、未だ消えることなく心の中に在るのに。 伝える相手がいないから、いつまで経っても宙に浮いたまま。 それでも、彼を責める気持ちにはならなかった。 自身の選択の末辿り着いた結末であるなら、誰にも非はない。まして糾弾するようなことなど、何故出来ようか。 人は人を裁けないから。 ただ、会えないことが、会話を交わせないことが、寂しい。 「俺は……どこに、行けるかな」 身の内にデスを宿していた影響なのか、凌は幼い頃から死について恐怖を抱いたことはなかった。 おそらくは死という概念を理解するより早く両親の死に触れ、デスを内包したからなのだろう。 凌にとっての死は、いつか訪れるものでも何でもなく。ただ当たり前に、いつだって生の隣りに在るもの、だった。 ここ最近は、そう遠くない日に失われるであろう自身の命がどうなるのか、そればかりを考えていた。 何をするでもなく自分の手のひらを見下ろす。 あの戦いを境に何が変わったわけでもない、確かに己の手だった。 一つの仮説として考えたのは、今ここにいる自分は命ではないもので動き、息をしているのではないか、ということだ。 あの時、ユニバースを使う為に必要だったのは生命そのものだった。 命を使い切って尚、凌は未だにこうして存在している。 生命力を空っぽにした凌を支え動かしているものは、たとえば魂やら心と呼ばれているものなのではないか、と。 重い体は疲れているからではなく、もうそれを動かすだけの命が尽きているからだと考えれば、辻褄が合うとも言える。 「ま、どうでもいいか……」 口癖、とまではいかずともよく口にする言葉を使い、思考を放棄する。 頭を使う、というのは存外疲れるものだ。 第一考えた所で正解が分かるはずもない。 唯一解答を得られそうなベルベットルームへも、あれ以来行けなくなってしまった。 順平風に言うなら、お手上げ侍だ。 だが、仮説ながらその考えはどこかしっくりくるものがあった。 そう考えたいだけ、と言われれば否定は出来ないしするつもりもないけれど。 命と心……魂が、別物だとすれば。 輪廻というものも、あるかもしれない、と。 たとえばもしもう一度生まれ変われるとしたら、いつかどこかでまた会える日が来るかもしれない。 それが子供のごっこ遊びの延長でしかないような考えなのだと言われても、誰に話すわけでもない。信じるのは他でもない、自分だけだ。 誰に文句を言われる筋合いもない。 そんな事を考えながら、眠くなってきた凌はころりと横になった。 生まれ変わって、またいつか出会えるとしたら。 今度はもっと、話がしたい。 ゆるりと訪れる眠気の淵で、誰かが。 しょうがねえな、と苦笑したような気がしたのは、夢だったのか否か。 凌には、分からなかった。 考えるだけの暇もなく、眠りに飲まれた。 END |
ニュクス戦後〜約束の日までのどこかです。 やっぱり荒主。 荒垣さんも主人公も、結局自分の選択を後悔はしてないんだろうな、と。 残される人たちに申し訳ないとは思いつつも、ね。 UPDATE 2009/4/24 |