7.「大空」見据えて何想ふ。 梅ノ木の前に、巧が立っている。 青波は、その横顔を見ながら思った。 兄ちゃんは、鳥みたいじゃ。 孤高の鳥、群れることをしない、けれど綺麗な鳥。 巧は青波の存在に気付いていないのだろう、顎を上げて空を見上げている。 視線の先にあるのは、ぽかりぽかりと雲が浮かぶ空と、もう花が散ってしまった梅の木だ。 木の枝が、花を失いそれでも視線を向けられるのにどこか途惑うように揺れた。 梅も、兄ちゃんの目にどきどきしとるんかな。 それとも、懐かしい顔じゃから久し振りとか言うとるかも。 巧は幼い頃に少しだけ、ここで過ごしていたことがあると聞いていた。 こちらに背中を向けて立っている巧の横顔は見づらく、どんな表情をしているのかちゃんと窺い知ることはできなかったけれど。 巧が多分無意識だろうが柔らかな目をしていることに、青波は気付いていた。 梅の木が伸ばした枝、その隙間からちらちらと落ちる木漏れ日を受けて巧は空を見上げている。 光を受けて立つ姿は、凛々しいと表するのが一番正しいような気がした。 甘えや妥協を許さない、ただ投げることだけに見ている方が途惑うほどの烈しい執着を見せる巧。 母が溜め息を吐くほどのそれを、けれど青波は見ていて清々しいと思ってきた。 一つのことに打ち込み、拘り、まっすぐにそれだけを見据え、まっすぐにそこへ向かって行く。 時に周囲を途惑わせ、傷つけ、怒らせることになっても。 巧は立ち止まらない。 いっそ不器用だとも思えるような生き方、だけれど己の信念を貫き続ける事の至難さ、強固さはきっと想像を絶するほど。 周囲に合わせ、流され、上手くやっていけばその方がずっと楽だろう。 けれど巧はそうしない。 どれだけの人が、同じことをできるだろう。 周囲に合わせず流されず、たとえばそれで傷つくことになってもただ己の信念を貫き前を見据えることが。 どれだけの強さと意思を持てば、そんな生き方が出来るだろう。 家族という立場で傍らで巧の投球への拘りをひしひしと感じ続けてきたのだ、その意思が生半可なものでないことぐらいは分かる。 兄弟とは言っても病気がちだった青波に、巧が必要以上に構うことなどなかった。 巧からすれば、キャッチボール一つ満足にできない弟はつまらなかったのだろうと思う。 口数も多くはなく、無愛想と言っても差し支えない巧を。それでも、青波は好きだった。 誰とも群れない鳥は、それでも大空をまっすぐに見据えているから。 その姿がどれほど綺麗か、青波は知っていた。 何かを懸命に見据える目が、どれほど澄んでいるかを。 「兄ちゃん!」 駆け寄りながら名前を呼ぶ。 巧が振り向いた。 虚を突かれたからだろうか、少し見開かれた瞳は、やっぱり。 青波の好きな、まっすぐな目だった。 END |
青波。と巧。 正確には青波から見た巧。 青波から見た巧は眩しい。 巧から見た青波も眩しい。 のではないかなー、と思いつつ書いてました。 誰もかれも、きらきら。 初バッテリーでした。 UPDATE 2005/3/1 |