6.量り売りの“愛の結晶”




 天国は、物心付いた頃にはそこに居た。
 そこに捨てられたのか、買われたのか、それともそこに居る誰かの子だったのか。
 理由も始まりも分からない。
 知らない。
 それを追求する事に意味はないと分かっていたから、考えることもなかった。

 鳥篭のような場所だ。
 天国はこの場所のことをそう思う。
 実際は鳥篭よりもずっと煌びやかで、儚くて、綺麗で、切ないものだけれど。
 格子ごしにきらめく世界を眺めていると、いつもそう思う。
 愛憎渦巻く鳥篭の中で、自分は生き、愛を切り売りし、そうして朽ちて行くのだと。
 自分の意思で何をする事もない。訪れる人を、触れる手を、ただ受け容れるだけ。

 娼妓たちは皆、優しかった。
 優しく、けれど強かでもあった。
 そうでなければ生き続けることなど出来ない。
 特にこの世界では。

 訪れる男たちもまた、殆どが優しかった。
 天国は自分が未だ知らぬ、そしてこれから先も知る由がないであろう外の世界の話を彼らにせがんだ。
 外の世界は、心躍らせるようなことも、想像を絶するような苦しみも、両方が渦巻いていると知った。

 想像するしかない外の世界。
 けれど、どこで生きようとも苦界なのだとも思った。
 歪み、軋み、世界は回る。

 たとえ誰に罵られようとも、自分が売った「愛の欠片」は戻せようものでもないし、そのつもりもない。
 間違っているのだと言われても、切り売りした愛で誰かが満足そうにしてくれるなら、それだけで充分だと思う。


「暇そうだな、お前」


 格子に手をかけてぼんやりと外を眺めていた天国に、そんな声がかけられる。
 見上げたそこには、紅。
 燃えるような、鮮やかな。

 立っていたのは、美丈夫と言えるだろう顔立ちの男が一人。
 紅だ、そう思ったのは男の目元に鮮やかな彩が引かれていたからだった。
 道化とも見紛うそれが、男の顔には身震いするほどよく似合っていた。
 切れ長の瞳の色は吸い込まれそうな漆黒で。
 天国は声も忘れて、男を見上げていた。


 紅は、好きだ。
 以前に一度、祭り帰りの男が格子ごしにくれたりんごあめを思い出すから。
 男はあめをくれて、天国の頭をそっと撫でて、笑いかけてくれた。
 名前も、顔も知らない男。
 りんごあめの鮮やかな彩に気を取られていた天国は、男の顔も碌に見ていなかった。
 その時から紅は、天国の好きな色になった。


「綺麗な紅だな」

「そっか? 紅、好きなん?」

「うん。いちばん、好き」

「へえ……」


 にこりと笑った天国に、男が目を眇める。
 笑顔と言うよりも、品定めすると言う方が正しいような顔で。
 それを不躾だなどとは思わない。
 誰だって金を出して一時の快楽を買うのなら、自分の好みに見合うものがいいと思うだろう。

 そして天国には、どこか確信めいた思いがあった。
 この男は多分きっと、自分を買うだろうと。
 長く仕事をしていれば、そういうのが直感で分かるようにもなる。
 すうと意識を這い上がるようなそれに、天国は爪で軽く格子を引っ掻いた。
 かり、と乾いた音が鳴る。


「暇なら買ってやろっか?」

「好きにしなよ。選ぶのはアンタだろ」


 言えば、男は今度は天国にも分かるようにハッキリと笑った。
 にやりと、どこか人の悪そうな顔で。
 今夜はあの紅に抱かれるのかと、ぼんやりと思う。
 あの男は、どんな愛を欲しがるのだろうか。

 けれどあの紅を見ながらならば。
 いい夢が見られそうな気がすると、天国は少し笑った。


 ここは鳥篭だ。
 けれど、愛も夢も、哀しみも憎しみも、全てが在る。




END


 

 

猿野天国生誕記念2005!

何ともはや…
どないなパラレルなのか、という話を…
ていうかこれを芭猿だと言い張る自分が凄いと思います(爆)
(心の目で読むべし! 読むべし!)

ええと、深くは問わずに雰囲気を読んで頂ければ幸いです。
鮮やかな儚さ、みたいなのを書きたく、て……(フェードアウト)


UPDATE 2005/7/22

 

 

 

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