4.遊びに行こー。Shall
we? 「駆け落ちだっつーんなら、乗ってやるぜィ?」 にやり、とその秀麗な顔に似合わぬ黒い笑みを浮かべて。 けれど彼のそんな表情は今更で、もう慣れてしまった。 酷く近くに在る、顔。 今ならその瞳に映る己の姿すら確認出来そうだ。 「さ、どーすんだ?」 迫られた選択。 さあ、答えは。 「銀さん、それじゃあ僕帰りますからね。神楽ちゃん帰ってきたらお昼ちゃんと出してあげてくださいよ」 「へいへい」 ソファで新聞を読みながらの銀時の返事は、相変わらずやる気の欠片も見受けられない。 大丈夫かこの人ちゃんと人の話聞こえてんのか右から左に抜けてんじゃないのか、と一瞬眉間に皺を寄せた新八だが。 まあ昼食の件に関しては痛い目を見るのは自分ではなく銀時なので、放っておくことにした。 やる気ゼロの雇い主に対して、容赦というものは必要ない。 「依頼とか入ったら、一応家に連絡ください」 「依頼ねえ……こんないー天気の日に、来ないんじゃね?」 「天気関係あるかァァ! つーかいい加減依頼の一つも来ないと例によって例の如く今月も赤字なんだよ財布に年中隙間風吹いてんだよアンタちょっとは危機感ってモン持てよォォォ!」 「おー、今日もツッコミが冴え渡るねえ」 「……そろそろ出ます、昼のタイムセールに間に合わないと家も大概苦しいので」 言っても無駄だ。 そんな事きっちり悟っている筈なのに、ついツッコミを入れてしまう。 己の性に多少悔やみつつ、静かに息を吐いて落ち着けと言い聞かせた。 そうだ、こんな所で無駄な時間を過ごしている暇はない。 所用で家に戻らせてもらうのは、ちゃんと目的があるからだ。 「じゃ、失礼します」 「おー、またな」 一応は人の話を聞いてはいたようだし、あの分なら昼食もちゃんとしてくれるだろう。 何だかんだ言って、またなと口にした時は新聞から目を離して挨拶をしてくれたことだし。 基本いい加減なダメ大人ではあるが、筋は通っているのだ。 マダオに片足どころか半身、いや四分の三は染まっているとしても。 「ああでもホント、いい天気だなあ」 歩きながら、そう一人ごちる。 快晴、と呼ぶに相応しい雲一つなく晴れ渡った空。 これから向かう先がスーパーで、しかもタイムセールだと考えると虚しくもなる気がするが。 我に返ったら負けだ、いやタイムセールに負けたら負けだ、と己に言い聞かせながら歩を進めた。 無事に買い物を済ませることが出来た新八が家に辿り着いたのは、昼時を少し過ぎた時間帯のことだった。 道場の名残で無駄に大きな門をくぐる。 「ただいま戻りましたー」 姉は今日は遅番だと言っていた。 という事は今は自室で休んでいるのだろう。 返事がないのは分かってはいても、習慣で律儀に挨拶をしながら玄関の戸を開けた。 先ずは買ってきたものを整理してしまおうと、台所に向かう。 「おう、意外と早かったなァ」 「そうですか? まあ今日はそんなに混んでませんでしたし」 「ふーん。目的のモンは買えたのかィ?」 「当たり前です。僕の買い物スキルを舐めてもらっちゃ困りますよ」 「いやいや、立派なもんで」 「……って何当たり前に会話しちゃってんだ僕ていうか何で当然のようにいるんですか何してるんですか人の家に不法侵入してしかもお茶まで飲んで寛ぎモード全開ってアンタ仮にも警察なんだろああでもその局長が率先してストーキングしちゃってるんだっけあああもう!!」 「おー、ノンブレス。肺活量あんなァ」 ぱちぱちぱち、と緊張感皆無の拍手音。 一人だけの拍手音というのは、意外と寂しいものなのだと気付いた。 とりあえず一頻り言いたいことを言いきった新八は、流石に乱れぎみの呼吸を軽く整え。 「……で、何でここにいるんですか沖田さん」 警察が不法侵入ってどうかと思うんですけど。 そもそも仕事サボってんじゃないですかアンタ。 冷たくなる眼差しを隠そうともせずに向ければ、不法侵入且つサボリ中の真選組幹部沖田はいやいや、と首を横に振った。 ついでに肩を竦めるという大袈裟にも見えるリアクション付きで。 「不法侵入じゃねーぜ。家主の許可はとってありやす」 「家主って……姉上のですか?」 「そうそう。ってかとりあえず、生物冷蔵庫に入れた方がよくねェか?」 「あ、それもそうですね。じゃあ失礼し……」 何でこの人に言われてるんだ僕、と思いはしたものの。 折角タイムセールの人波を縫い獲得してきた戦利品を無駄にしてしまうのは、確かに新八の本意ではない。 というワケで冷凍庫を開けた所で言葉が途切れた。 冷凍庫にぎっしり詰まっている、昨夜までには見られなかった量のアイス。 ハーゲンダッツという名で、妙の好物だ。 それを見た瞬間、新八は沖田がここにいる理由を悟った。 「沖田さん、賄賂って犯罪なんですよ。知ってます?」 「へー。そいつあ気をつけねーとなァ」 「ああまあ言うだけ無駄ですよね分かっててやってますもんね」 つまり、この大量のハーゲンダッツを贈与し、引き換えに沖田はここで新八を待つことを了承させたのだ。 某ストーカーの所為で、不法侵入者には至極厳しい処置をする妙が沖田を放置している理由が分かった。 分かったからと言って、納得できるものでもないのだが。 「よく買いましたねこんなに。ていうか他の物が入らない程買ってこられても正直困るんですけどね」 冷凍庫の中は、店の陳列棚もかくやの量のハーゲンダッツ。 ぶつぶつと文句と言いつつそれを寄せ、どうにかこうにか出来た隙間に買ってきたものを突っ込んだ。 どうしてこんな余計な苦労をしてるんだろう、と思わず溜め息が洩れた。 一段落して、ふと空腹を覚える。 思わぬ所で体力と気力を消費してしまったからか、無性に甘いものが食べたい気分だった。 お団子でも買いに行こうか、ああでもお昼が先かなやっぱり、などと考えて。 「沖田さん、お昼まだでしょう。炒飯でよければ食べます?」 「いーのかィ?」 「まさか目の前にいるのに僕だけ食べるわけにもいかないですし。一人分も二人分も一緒ですから」 というか、実は一人分を作るというのは意外に手間だったりする。 それに何より。 一人で食べるのは味気ない。 ぽんぽんと会話をした後だと、それは余計にだ。 多少素っ気無くも聞こえるような物言いをした新八に、けれど沖田は気を悪くした風もなく。 んー、と少し考えるように唸ってから、こくりと頷いた。 「んじゃ、お言葉に甘えるとするかな」 「薄味ですけどね。じゃあ少し待っててください」 冷蔵庫を開けて、先ずは卵を二つ。 野菜室にあった使いかけの人参やら玉葱やらを、ここぞとばかりに掴む。 半端に残った食材を使いきれる料理は家計の味方だ。 ごろごろと材料を取り出し、少し迷ってから。 一応お客様だし、結構駄菓子とか貰ったりしてるし。 などと内心で言い訳をしながら、先のタイムセールで買ったベーコンを手に取った。 半端食材で作る炒飯が、少しだけグレードアップ。 ……いちいち教えたりはしないけれど。 「ごちそーさんでした」 「あ、はい」 頭を下げて挨拶した沖田に、新八も倣うように会釈した。 味の文句も言われなかったことから、まあ食べられるものだったのだろう。 何だかんだでそれに安心している自分がいることに、思わず微苦笑した。 食事も終わったし、使った皿を片付けてしまおうかと立ち上がりかけた所で。 新八よりも早く立っていた沖田の手が、二人分の皿を当然のように持っていった。 「じゃ、食後の茶でも淹れっかね」 「え、僕やりますよ」 「いやいや、昼飯作ってもらったんだから、それぐれーはしねェとな」 「えと、じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」 「おう。優雅に座って待ってろィ」 優雅って何すか、優雅って。 呆れつつ、けれど零れたのは笑みだった。 当然のように片付けをしたりだとか。 食後のお茶を淹れたりだとか。 普段は妙や万事屋の面子としか行われないやり取りを、沖田としているのが何だかくすぐったいような気分だった。 家族、みたいだなあ。 何気なく考えてしまって、嬉しいやら気恥ずかしいやら。 個人的にはまあ、二人は親しい間柄ではあるのだけれど。 「顔赤ぇぜィ?」 「うわっ! ちょ、いきなり声かけないでくださいよ!」 「何だィ、やらしい事でも考えてたってのか?」 「何がすか! つか足音も気配も消して背後立つのやめてください!」 「いーじゃねェか。青少年なんぞ妄想してナンボだろ」 「してねえよ! そっから離れろいい加減!!」 人権侵害もいいとこだ、と怒鳴れば突然目の前に差し出される湯呑み。 近すぎるそれに驚きつつ、やや体を逸らして受け取った。 ふわり、立ち昇る湯気と濃厚な茶の香り。 「ありがとうございます」 「…………」 「? 沖田さん?」 不自然な沈黙。 どうかしたのだろうかと首を傾げながら沖田を見やれば、向けられる視線とぶつかる。 湯呑み片手に、何故だか真剣な眼差しで。 不躾なほどの視線だったけれど、それに晒されることに慣れてしまった新八は今更途惑うこともなく。 「どうかしましたか?」 「……うん、いや」 珍しく歯切れが悪い。 言いよどむ沖田を傍目に、こくりとお茶を飲んだ。 あ、おいしい。 若干濃くはあったけれど、飲めないわけではない。 お茶の淹れ方一つにも、個性がある。 これが沖田の癖で味なのだろうなと思うと、新しい発見が何だか嬉しくもあった。 「こういうやり取り……家族、みてぇだなァ、とかよ。思って」 ぼそぼそ、と。 沖田らしからぬ小さな声での呟き。 そこに含まれた、家族、という言葉に。 新八は瞠目し、それから。 「そうですね」 「……それだけかィ」 「他に何言えばいいんですか」 「……いや」 何言えってんでもねーけどよォ、などと言う沖田の表情は、どこか憮然としていて。 それが拗ねた子供のようで、思わず笑ってしまった。 瞬間、沖田がじろりと新八を睨むように見る。 意外と子供っぽいんだよなあこの人。 なんて考えてしまったのは、沖田には内緒だ。 拗ねると面倒だから。 「おかしくて笑ってるんじゃないですよ」 「じゃ、何でィ」 「同じようなこと考えてるんだなあ、と思って」 同じ? と首を傾げる沖田に、頷く。 家族のようだと思ったこと。 それを嬉しいと感じたこと。 同じことを考えていると知り驚いたこと。 告げれば、沖田は一言だけ。 「そーですかィ」 「それ、さっきの僕と一緒じゃないですか」 「……そうだなァ」 新八の指摘に頷く沖田は、どこか呆然としたような顔で、ずず、とお茶を啜った。 この飄々とした人が、実は結構突然の事態に弱いことは知っている。 普段はドS街道まっしぐらだと言うのに。 人間、ギャップというものに弱いということをまさか身を以って体感することになろうとは、想像だにしてもいなかった。 それもまさか、相手が沖田で、だ。 沖田が黙ってしまったので、新八も何も言わずにお茶を飲んだ。 今更沈黙に緊張するような間柄ではない。 何考えてんのかな、葛藤でもしてるんだろうか。 などと考えて暫く。 こと、と音を立てて卓の上に湯呑みが置かれた。 どうやら飲み終わったらしい。 「新八」 「はい」 返事をしながら、飲み終えた湯呑みを卓の上に置く。 沖田の方へ顔を向けようとした時、ぐいと手を引かれた。 強い力に抗いきれず、そのまま立ち上がる。 「お、きたさん? 何ですか」 「遊びに行きやしょーぜィ」 「は?」 「天気もいーし、団子でも買って食うんでさァ」 「はあ……」 「よし決定。行くぜィ」 沖田の言葉も行動も、いつだって唐突だ。 そのくせ自身は突発的な事態に弱い。 手を引かれ玄関に向かいながら、ふと。 思い出した、ことがあった。 「沖田さん」 「んー?」 「昨日、沖田さんの出てくる夢を見たんです。今思い出したんですけど」 「夢、ですかィ」 手を引く沖田は、新八より少し前にいる。 だから、顔は見えない。 その顔が見たい、と。 何とはなしに思って、握る手の力を少しだけ。 強く、した。 「夢の中でも、こうやって手を繋いでました」 「ふーん?」 「沖田さん、僕は」 言いながら、思う。 夢の中のことを沖田に言っても、どうしようもないと。 あれは夢で、沖田の知る由もないことなのだから。 分かっている、それでも何故か。 止められなかった。 言いたかった。 「一緒に歩くなら、隣りがいいです」 湧き上がった衝動は。 繋いだ手が、暖かかったからかも、しれない。 沖田の足が止まる。 つられて、新八も立ち止まった。 玄関の一歩手前。 繋いだ手を、引かれる。 そうだ、夢の中でもこうやって。 手を引かれた。 「沖田さん?」 近付いた距離。 繋いだままの手も、ひどく近くで絡む視線も、夢と同じ。 自分寄り若干高い位置にある沖田の目を、ただ凝視していた。 沖田がふと、笑った。 何だかやけに嬉しそうな顔で。 「うん、そっちのが断然いーなァ」 「は? 何がで……」 「逃げるよりも、駆け落ちよりもずーっといいや」 「え」 今、何を。 問い返す間もなく、ちゅ、と音を立てて口づけられた。 かろうじて唇にではなく、口のすぐ横という際どい位置ではあったのだけれど。 この手の類のスキンシップには全く慣れていない新八は、それだけでも目を丸くして。 キス自体は、初めてではないのに。 どちらかと言うとこの照れは、直前に見せられた沖田の笑顔の所為な気がする。 あんな、無防備にも見えるような顔で笑われたら。 どきりとしない方が、無理だろう。 「お、沖田さんっ」 「よっしゃ。行こーぜィ」 「う……分かりましたよ、もう」 晴れているから、きっと散策するには心地いい。 隣りに並ぶのが、大切な人なら尚の事。 仕事も家も家族も上司も、今は少し遠ざけて。 手を繋いで、さあ。 遊びに行こう。 END |
「真夜中の逃避行は手をつないで」 の続編というか、後日談というか、新八視点というか。 しっかし長くなっちゃったなあ…… それもこれも彼らの会話が楽しく弾んでくれやがったからです。 喋るなあこのコらは…… とりあえず、同じ夢を見てたのでした。っていう。 シンクロシンクロ。 沖田はにやりとしてますよきっと。 UPDATE 2007/2/26 |