15.1,2,3,4,GO!!



 世間一般でいう所の「告白」というものをした。

 ら、逃げられた。
 それはもう素晴らしい勢いで。
 思い返してみれば、何やら最初から微妙な顔をされていたような気がする。
 見開かれた目、引き結ばれた唇、体の横で握られた拳。
 極度の緊張感は、まるで刀でも突きつけられているかのような。

「こりゃ、しくじったかな」

 呟き、ぺろりと舌で唇を舐めた。
 しくじったも何もはっきり断りの言葉を口にされた上に、走り去られたのだから普通に考えるとフラれた、という結論に行き着くはずなのだが。
 沖田は落胆した様子も見せず、僅かに目を細めて新八が去った方角を見据えた。
 おそらくは本気での全力疾走だったのだろう、既にその背は見えない。

「ナルホド。足の速さはまあまあ、って所だなァ」

 呟いて、今度こそ沖田は唇の端を引き上げた。
 おそらくは十人が見たら十人ともが「腹黒い」と形容するだろう表情。
 しかしながら今現在、それを指摘するような人間はいなかった。

 沖田は新八の去った道を見ながら、ここから逃げるならどんな道を通るか脳内でシュミレートし始める。
 基本サボリがちではあっても、真選組の幹部だ。
 この街の地図はしっかり叩き込まれている。
 口元に刻んだ笑みはそのままに、目を伏せた。
 滅多な事ではフル回転させない脳が、音を立てそうな勢いで働き出す。
 ……秒読み、開始。

「いーち」

 真選組の主な仕事の一つは、攘夷派の取り締まりだ。
 テロなどの危険行為を起こすにはそれなりの準備がいる。大規模なものを計画すればするほど、その下準備には時間も人員もかかるものだ。
 つまり、それだけ足がつきやすいということ。
 その残された足跡を辿り辿って、テロが発動する前に叩き潰す。
 それが真選組の、ひいては沖田の日常に組み込まれている。

 つまり。
 逃げたもしくは隠れた獲物を探すのは専門分野ということだ。

「にーい」

 人が行動する際には、どうしたって癖がある。
 どれだけ隠そうとしても、本人が気付かないほどの些細なものでも、何か一つは必ず。
 まして今回追うのは攘夷志士ではない。
 普段から顔を合わせ、会話をして、その性格と行動パターンをある程度知っている新八なのだ。
 それだけの情報があれば、先の行動は読みやすい。

 その上気に入って意識的に視界に入れていた、それどころか告白するにまで至った対象の人間を理解できなければ真選組失格だ、と思う。
 狙った獲物は捕まえるまで追い続ける。
 それは攘夷志士を取り締まる真選組の心得であり、沖田が唯一尊敬している人物、真選組局長こと近藤の信念でもあった。

 ……ここに少なからず沖田より常識がある人間がいて、かつその考えを知ったのなら間違いなくツッコミが入ったのだろうが。
 生憎、そういった役目を担える人間は誰一人としていなかった。
 場所は天下の公道であり、人通りが皆無ではなかったのだが。一般人は基本的に武装警察と呼ばれる真選組に自ら進んで関わろうとはしたがらない。
 まして相手が斬り込み隊長とも揶揄される沖田なら、目も合わせたくないという所なのだろう。
 沖田の周囲に近付く人影はなかった。

「さーん」

 当たって砕けろ、の覚悟で挑んだ告白だった。
 恐らく新八には気付かれてはいないだろうが、柄にもなく緊張なんてものもしたりして。
 握った拳、その掌にじわりと汗が浮かんでいたことに気付いたのは、新八が走り去った後のことだった。
 玉砕覚悟で挑んだ、それは間違いない。ただ、沖田としては砕けてやる気などさらさらないだけの話だ。

 色恋沙汰はままならない、なんて。
 近藤を見ていれば厭というほど分かる。
 振られても殴られても罠にかけられても、しつこくしぶとく相手へ向かう。
 諦めた方が負けなのだ。追うのを諦めるか、逃げるのを諦めるか。
 生憎と諦めも往生際も悪いのだ。そんなの認めているし、褒め言葉だ。
 手に入らない事を嘆いている暇があるなら、追いかけている方がずっと現実的で前向きだろう。

「しーい」

 告げた言葉の真意が伝わっていないのなら、何度でも言えばいい。
 想いが伝わるまで、何度も何度も、何度でも。
 情に厚くお人よしな新八のことだから、混乱はしていても自分を嫌うようなことにはなっていないだろうと思う。
 ほんの一片でも自分の存在が、胸の内にあるならば。
 どうにかこうにかそれを無理矢理押し広げてやる。
 あの心の真ん中に、居座ってやる。
 些か乱暴にも思えるような事を、当たり前のように考えた。

 第一印象は、ない。正直最初に会った時のことは、ハッキリ思い出せないのだ。
 新八の周囲の面子が、どうにも濃い連中ばかりで。
 けれど、だからこそ。普通を逸した中に埋没する「普通」が目に留まった。
 容姿も強さも性格も趣向も、何もかも平凡なのに。
 ぴっと伸ばした背の、その魂の真ん中にある筋の通ったまっすぐなものだけは。
 昨今ではめっきり見られなくなった、強い光を放つものだった。

 気に入った、理由なんて。
 ふとした時に探している理由なんて。
 好きだと思う、その理由なんて。
 ただそれだけで、充分過ぎるほどだろう?

 誰かを想う、その気持ちは。
 まるで避けられない夕立のようだと思う。
 時間も理性も感情も。過去も現在もこれから先も。
 全てを関係ない彼方に押しやり、ただ心が浚われる。
 だから、追いかける。

 新八が辿るであろう道筋に大体の見当をつけて、伏せていた目をゆっくり持ち上げた。
 捕まえてみせようじゃないか。
 逃げる獲物は追われるのが相場だと、分からせる為に。

「ご、っと」

 緩い呟きとは裏腹に、ざ、と勢い良く足音を立てて走り出す。

 さあ、走れ。
 欲しいものをこの手にする為に。

 Here,We Go!!!


END

 

 

PlC愛夢「飛べない足よりリアルな足がある」の続き。
アップテンポな沖田さん。
刀も恋も近藤さん譲り。


UPDATE 2007/5/24

 

 

 

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