13.許してくれないかな…? 睦言を囁き合うでも、甘い空気が漂うわけでもない。 沖田と新八が肌を重ねるようになってから、それはずっと変わらなかった。 思えばこんな関係に至った経緯さえ、今となってはよく分からない。 沖田は元より、なかなかに男らしい性格の新八もいちいちそれを言及しようとはしなかった。 それでもどちらもこの関係を断ち切ろうとはせずに。 頻繁、というには少なく。 時折、というには多く。 名前のない関係の逢瀬は、続いていた。 執着は、している。 その自覚はあった。 基本的に何事に対しても淡白な姿勢の沖田だが、1度気に掛けるようになれば些か偏執的にともとられかねない態度を見せたりもするし、そういう性分であることを沖田自身も知っていた。 副長の座然り、決着の着かないチャイナ娘との勝敗然り。 それでも。 こんな風に静かに密やかに執着をすることなど、今までの沖田にはなかったことで。 まるで仕掛けた罠の行く末を、息を潜めて見守ってでもいるかのような。 手にした宝を、誰の目に触れる事のないようにそっとしまい込んでいるかのような。 らしくない、と片付けられればそれまでだけれど、それで終わりにすることも何故か出来ずに。 今日もまた、馴染みある薄汚れた屯所の天井とは違う、けれどどこか寂れた風の天井を見上げてしまっていたりする。 「沖田さん、何か食べます?」 僅かに頬の赤みが残っているものの、表情はいつも通りに戻りつつある新八がそんなことを訊いてきた。 軽いものしかありませんけど、と言うのにじゃあ頼む、と寝転がったまま手を振れば新八が脱ぎ散らかしてあった着物に手を伸ばす。 今日、は新八の家だった。 その時々によって場所はころころ変わる。 気紛れな関係には名前もなく、約束もなく、決まりもない。 だからこそ続いているのかもしれない、と何となくそう思った。 欠伸をしていると、そういえば、と新八が何かに気付いたように言った。 何事かと思いはしたが起き上がるのも億劫で、転がったまま首だけ動かす。 それを見た新八が少し呆れたような顔をした。 「首に悪そうな格好してないで、起きりゃいいじゃないですか」 「知らねーのかィ、セックスってのは上の方が体力使うんでさァ」 「……じゃあ次の機会があったら僕が上になってあげますよ」 「大胆な誘いは嬉しいんだが、俺ァ騎乗位ってーのはあんまり好きじゃねぇんだよなァ。なんつーか、支配感が薄い感じで……」 「誰がいつそんな誘いをかけたかァァァ!!」 皆まで言いきる前に新八が大声で怒鳴った。 いやこの場合はツッコミか。 沖田はその声に大袈裟に顔を顰め、ぱたりと再び床に懐く。 放っておけばそのままこの部屋を出てしまうだろう勢いで身支度を整え始めた新八に、沖田はけれど声をかけた。 「で?」 「はい?」 「何か言いかけたじゃねーか。何だったんでィ?」 「ああ……大したことじゃないですけどね。沖田さんて左腕の付け根だけにいっつも痕残すから、どうしてかなって」 告げられた言葉に、沖田はぱちりと目を瞬いた。 手足に纏わりついていただるさも忘れて、むくりと体を起こす。 何言ってやがる眼鏡かけてんのか、そう問いかけるよりも早く新八の腕を引いていた。 沖田に背を向けるように立っていた新八は、唐突な行動に反応を返せずほぼ無抵抗のまま倒れ込んでくる。 ど、という鈍い音と同時に新八が喉の奥から呻き声を上げた。 布団の上とは言え、それなりの行為をした後に倒れ込めばそこそこの衝撃だろう。 顔を顰める新八の眦にはうっすらと涙が浮いていて、ああ痛かったんだろうなあと完全に他人事として考えた。 「い……ったい、んですけど……って何してんだよ、ちょっと!」 新八が抗議の声を上げるのも無理はない。 突然引き倒された挙句、無言のまま襟をはだけられたのだから。 しかしマイペースな沖田はその意に構うことなく、引っ掴んだ襟を更にくつろげてその肩を露にしていた。 新八が今まさに話題にした、左肩を。 「沖田さん?」 「……マジかィ」 いつもの端正な顔はそのままに、それでも沖田は驚いていた。 なまじ表情に出ないだけに分かりにくいが、それでも。 新八が口にした、左腕の付け根。そこに色濃く残る痕に、ただ驚いていたのだ。 嘘だろう、そう思った。 勘違いしているのだ、そう詰ってやろうとした。 けれど、現実はただ静かに目の前にある。 全く覚えがないけれど、こんな場所をぶつけることなどそうそうないだろうし、何より歯型と思しき痕まで残っているとくれば言い訳も利かないだろう。 別に誰に言い訳をするつもりでもないのだが。 避妊に失敗して私できちゃったみたい、と宣告された男はこんな気分なのだろうか、などとどうでもいいことを考えてみたりして。 フリーズ状態の沖田の腕からはすっかり力が抜けていて、新八は不思議そうな顔をしながらも身を起こすことに成功する。 そのまま去ることも充分可能だったのだが、沖田が自失するほど呆然としているのを見て放っておけない気分になったらしい。 「あの……大丈夫、ですか?」 目の前でひらひらと手が振られ、沖田は殊更にゆっくりと瞬きをした。 新八は少し眉を寄せた、どこか不安げな顔で沖田を見ている。 その神妙な顔がおかしくなって、気が抜けた。 ふっと息を吐き、掴んだままだった新八の手を解放する。 「腹減っちまった。何か頼みまさァ」 「ああ、はい。お茶漬けでいいですか?」 「何でも構わねーぜィ。人が食うもんならな」 沖田の言葉に新八は苦笑いしながら部屋を出ていく。 襖が閉じられて足音が遠ざかっていくのを聞きながら、沖田はぱたりと体を倒していた。 気が抜けたと同時に、体の力も抜けたと言うか。 突き付けられた執着の形に、見えないフリをしていたものをうっかり拾い上げてしまったような気がした。 左腕の付け根に一箇所だけ残す痕。 そこは心臓に一番近い場所、だ。所有と独占の証、とでも呼ぶべきの。 「俺ァ、アイツが欲しいのか」 ぽつり、呟いた言葉は可笑しいほどしっくり来るようで。 綱渡りのように危うげな関係をそれでも手放せない理由を、ようやく見つけた。 そんな気がした。 沖田はほんの微かに口の端を上げて、笑った。 約束も決まりも、名前もない関係。 それを今更ながらに変えようとしたら、どうするだろうか。 らしくもない執着心を告げたら、どうなるだろうか。 いつものように困った顔で、それでも許してくれるだろうか。 「ま、どうとでもならァ」 頭の後ろで手を組み、枕がわりにして。 飄々とした態度で呟いた沖田は、それでも高揚した気持ちを抱える自分に気付いていた。 獲物を待つ獣のような、そんな気分で。 この後どうなるか、は。神のみぞ、知る。 ならぬ。 二人のみぞ、知る。 END |
左腕の付け根だけに、っていう件が書きたくて書いた話。 何ていうか、発想が第二ボタンレベルっぽいが。 沖田は考えたり言ったりするより前に行動しちゃいそう。 ホラ、頭空っぽらしいしね… 肉食獣に懐かれた新八の運命やいかに? …っていう話でした。 あ、そんでこの話で10本になったんで銀部屋設置です。 後から気付いた訳ですが、はからずしも高杉の晋ちゃんのバースディだそうで。 UPDATE 2006/08/10 |