12.焦らず急げ、跳ねずに翔べ。 「ん」 ずい、と目の前に突き出されたのは、小さな紙片だった。 それが自分へ渡すべくの行動なのだろうとは分かったが、すぐに受け取ることが出来ずに。 差し出された紙と、差し出している人物の顔とを見比べてしまう。 何度見ても、やっぱり。 「……沖田、さん?」 「何でィ。さっさと取れって」 言いながら待ちきれなくなったのか、沖田は紙を持っていない方の手で新八の腕を掴み。半ば無理矢理、押し込むようにして新八の手に紙を握らせた。 おそらくノートの切れ端か何かなのだろう。 紙の端はややぎざぎざとしていた。 「え、あの、何ですかコレ」 「俺の携番。今日忘れてきたから、そっちで登録頼みまさァ」 「はあ……」 「後でちゃんと連絡して来いよ」 「はあ、いいですけど」 上から物を言う人だなあ、とは思ったけれど腹は立たない。 そもそもが新八の周囲の人間は大体がそうだからだ。 自分が一番だと思っているというより、個性がハッキリし過ぎているというか。 曖昧に頷きながら紙を見れば、携帯の番号らしき数字とアドレスであろうアルファベットが並んでいた。 文字の羅列を目で追いながら、首を傾げる。 分からなかったのは、沖田の真意だ。 クラスメイトでこそあれ、彼と自分の間に接点は殆どない。 仲が悪いというわけではないのだが、単純に接する機会がないのだ。 そんな自分に、何故突然こんな物を渡してくるのか。 「強いて言うなら、興味が湧いたから、だろうなァ」 「はい?」 「いきなり親睦を図ろうとしてる理由。ってやつだ」 余程不審そうな顔をしていたのだろうか、沖田がそんな事を言ってくる。 言葉を脳内で反芻しながら、この人の興味を引くような事したっけ、と思わず自分の今までを振り返ってしまった。 「今時にしちゃあ珍しい個性ありまくりな集団の中で敢えて没個性でいるよーな所とか、かねィ。山崎とはまた違うしなァ」 「……褒められてるようには聞こえませんけど」 「当然だろ。褒めてねーんだからよ」 「一つ、聞きますけど」 「俺で分かることなら、お答えしやしょう?」 「……その興味っていうのは、好意に傾くんですか。悪意に傾くんですか」 没個性、まあ間違ってはいない。 それに怒りを覚えるようなことはない。 新八自身、そうなるように振る舞っているのを自覚しているからだ。 平凡でいい。 好き好んで目立ったり危ない橋を渡ったりなんてしなくても。 何が正しくて何が幸福か、なんて。誰かに教えてもらうものでも指し示してもらうものでもなく。 己で見つけるものだと思っているから。 そうして新八は、平坦に見える日常の中にこそそういうものがあるのではないかと、そう考えているから。 だから。 人になかなか覚えてもらなくても、構わないけれど。 この身に、もしくは大事な人に、悪意が降りかかるというならば。 それに牙を剥くだけの心構えだけは、しっかり持っていた。 背中に、指先に、静電気が走った時のような緊張感が広がる。 今の自分は、きっと普段では決して見せないような顔をしているのだろうな、と。どこか冷静に、そう思った。 「おー、それそれ」 「は?」 「強気な顔、悪くねーじゃねェか」 「……人の話、聞いてました?」 答えになっていない言葉が返ってきて、気が抜けた。 こめかみを指で押さえて、張り詰めてしまった神経を宥める。 何だよもう。バカみたいじゃないか。 そうだ、そもそも。 この沖田総悟という人物の奇行は、巻き込まれはしないまでも傍から見てきたはずだったのに。 何故忘れていたのだろう。 僕はこの人を理解できる日なんてこないだろうな、って思ったんだったのに。 ふー、と大きく息を吐く新八に、沖田はにやりと笑って。 今まで面と向かって向けられたことのなかった笑顔は、やはり関係ない場所から見たり聞いたりしていたのと寸分違わず。 黒い、と形容するに相応しいものだった。 向けられたそれに、思わず鳥肌が立ってしまった。 「ま、最初はな。没個性な奴だなァ、ってーので目に入ったんだけどよォ」 「……そいつはどーも」 「けどよ、よくよく見るとそうじゃねーんじゃねェかなァ、って思いだしたんでィ」 「何ですか、それ」 「敢えて没個性な道を歩んでる、って感じがした、つってんだ」 ぞくり、とした。 先ほどの、沖田の笑顔を真正面から受けとめた時とは違う。 得体の知れない物と相対しているかのような。 一瞬頭が真っ白になり、言葉が出て来ない。 「…………」 「沈黙は肯定と受け取るぜィ」 それがどうした、と。 返せばいいだけの話だった。 軽く受け流し、何事もなかったかのようにこの場を離れればいい。 だけど。 そうすることが、出来なかった。 外見だけは儚げにも見える沖田が、まっすぐに新八を見据えている。 逃げられない。 何故かは分からないけれど、咄嗟にそう思った。 そう感じたのは恐らくは本能にも近い感覚で。そしてきっと、間違ってはいないのだ。 この人からは、逃げられない。 「偶には羽目外してもいーんじゃねェか? 俺ら、まだ学生だろィ」 あんまガッチガチだと息が詰まらァ。 ある日突然ネジが飛んでとんでもねーこと仕出かしたりしちまうぜィ。 軽い口調で、沖田は言う。 けれど目は逸らされない。 そのアンバランスさに、目眩がしそうだった。 この人は、何を言いたいんだろう。 僕を、どうしたいんだろう。 「お、きたさん、は」 「んん?」 「僕に、何を求めてるんですか」 押し出されるように、声が洩れた。 鼓動がいつもより速い。 半ば呆然と沖田と見詰め合っていると。 やがて沖田は新八の腕を引いて、歩き始めた。 その時になって初めて、最初に腕を掴まれた時からずっとそのままだった事に気付く。 それから、もう一つ。 掴まれた腕、その力が酷く優しい事にも。 「ま、自己紹介はしたしよォ。遊びにいこーぜィ」 「は、い?」 「順序としちゃ間違っちゃいねーだろ?」 「え、あの、沖田さんっ?」 ぐいぐいと。 引かれるままに、歩いていく。 何を考えているか分からないのに、その腕に嫌悪感は湧き上がらなかった。 強引なのに。 あの時に感じた悪寒は、今でもまだハッキリと覚えているのに。 遠慮なく心に踏み込まれた痛みは、その怖さは忘れられようはずもないのに。 ずかずかと人の領域に踏み込んできて、我が物顔で居座って。 それでも、嫌がられも憎まれもしないなんて。 ずるい人だなあ、と思う。 多分本人は、そんな事意識していないのだろうけれど。 「ちっとばかし展開は早いかもしれねェが、まあいいだろィ」 「いいって……」 「命短し人よ恋せよ、って事でさァ」 「何のネタっすか」 「焦らず急げ、跳ねずに翔べ。が俺のモットーなんでねェ」 「矛盾してるじゃないですか、それ」 「おう、それそれ。いーい切り返しすんじゃねェか」 くく、と笑っている声がする。 楽しんでるなあ、というのがよく分かる。 その声を聞いて、構えているのがバカらしくなってきた。 「何を求めてるか、つったよなァ」 「言いましたね、さっき」 「単純な事でさァ」 「……何ですか、一体」 強張っていた力を抜いて、引かれているだけだった足を自分から動かすものに変える。 それに気付いたのか沖田がちらりと新八を見て、その目を細めた。 笑っている。 ちゃんとは見えなかったけれど、その表情が。 先ほど見た、背筋を寒くするような笑顔とは違ったような。気が、した。 「俺ァ、ただアンタと話がしてみたかった。そんだけだ」 END |
初3Z沖新。 ま、またも何か重苦しい雰囲気に…… どうしてこう刺々しくなるんだこの二人。 3Z新八は一見すると結構冷めてると思うのよ。空知氏の漫画だけ見てると。 という感じで書いてみました。 UPDATE 2007/5/29 |