10.「涙の数だけ強くなれる」っていうけど、幸せも逃げちゃうぞ。 ミランダは、自分が世界の底辺だと思ってるんだろうなあ。 唐突に、そんな事を思った。 まさかラビが考えているのが自分の事だとは予想もしていないのだろう。 今正にラビの思考の中心にいるミランダ本人はと言えば。 「ごめんなさい、ラビ君……ごめんなさい」 はらはらと涙を零しながら、謝罪とラビの名を繰り返していた。 その言葉を受けるラビは壁に背を預け座り込み、ミランダはその傍らに膝を着いている。 第三者がこの光景を見たのなら、どんな感想を抱くのだろうか。 しかしながら今この場には一般人はいない為、ラビがミランダを泣かせている光景を見咎められることはなかったが。 今の状況に至るまでの経緯はと言えば。 任務に赴いた先でAKUMAと遭遇し、交戦する事となり。 結果としてAKUMAを破壊することは出来たものの、戦いの中でラビが怪我を負ったのだ。 命に関わる程のものではなかったが、左足に負ったその傷が予想外に深く、今は治療待ちだったりする。 その傷も、今発動中のミランダの能力のおかげで痛みどころか怪我自体がないのだが。 「……ごめんなさい……」 謝りながら、涙が溢れていく。 まるでそれしか知らないかのように、幾度も繰り返す。 ラビ君。ごめんなさい。 同じ言葉ばかり反芻するミランダの表情には、疲労が色濃く浮かんでいた。 それでも決して、能力を解除しようとはしない。 大丈夫だからと申し出たのだが、ミランダが首を縦に振ることはなかった。 気弱で泣き虫だけれど、流されるだけには決してならない。 意外と頑固な一面アリ、とこっそり心の中にメモをしておいた。 「ミランダ」 「えっ、な、何? どうかした、ラビ君」 「泣きすぎ。目ぇ腫れちまうさ」 「あ、ご、ごめんなさい」 「謝んなくてもいーけどさ」 ミランダ泣かすと、俺がリナリーにどつかれる。 ついでにアレンには厭味を言われ、ジジイには溜め息を吐かれ、コムイには笑われんだ。 冗談めかしてそうぼやけば、ミランダは泣き顔のまま、それでも少しだけ表情を緩めた。 まあ、ラビにしてみれば半分以上は本音が入っていたりしたのだけれど。 泣き濡れた眼はそのままに、それでもふっと柔らかくなったミランダの表情を見て、あともう一歩、と内心で呟く。 話しながらこっそりとポケットを探っていた左手の指が、程なくして目当てのものに触れた。 それを掴み、引っ張り出す。 「なーミランダ。ここに取り出しましたるは、何の変哲もないハンカチです、ってな」 ひらり、薄いハンカチを開いて顔の高さに掲げる。 言葉通り、何の変哲もないハンカチだ。 色は空色で、折り畳まれてついた皺が縦横についている。 突然のラビの行動に、ミランダは涙で潤んだ目を丸くしている。 幼子のような表情だな、と思った。 思ってから、今の自分の行動は泣いた子供をあやしているのとそう変わらないかと気付く。 ミランダがそんな思考を知ったら、きっと眉を下げながら、けれどちゃんと怒るのだろう。 ミランダの怒り方は、ラビにしてみればおおよそ怒っているようには見えないような遠慮がちなものなのだけれど。 ともかくラビは、ミランダににこりと笑ってみせて。 「これをこうやって、手の中にしまいこんで」 言いながらハンカチをくしゃくしゃと無造作に丸め、両手で包み込む。 「いーち、にーい、さんっと。三つ数えるとあらフシギ」 「え、ええっ……?」 ラビが手を開くと、丸められたハンカチではなく色とりどりの花がそこから溢れた。 文字通り目の前で行われた手品に、ミランダは困惑と驚きが入り混じったような声を洩らした。 その瞳からは、新たな雫は生まれてきそうにもない。 それを見たラビは、ひそかに胸の内でよっしゃ、と拳を握った。 泣き顔をただ傍観し続けているのは、精神的に耐えがたいものがある。 泣いているのが、少なからず思いを寄せる人なら尚の事。 「今はこれが精一杯。なんつって」 「すごい……凄いわ、ラビ君」 「簡単な手品だけどな。喜んでもらえて何よりさ」 「簡単なんて…私には絶対ムリだもの。すごいわ、魔法を見てるみたいだった」 瞳を輝かせて言葉を紡ぐミランダは、まるで少女だ。 これで俺より年上だもんなー、と思わずしみじみ考えてしまった。 幸いにもミランダがそれを知る由もないのだが。 ミランダより年下ながら、知識も人生経験も豊富であるラビにしてみれば己の感情を隠すのは難しいことではなかった。 けれど、今は。 隠さずに伝えたいことが、ある。 年のことを考えたのは内緒で。 ラビは、ゆるりと笑った。 「なあミランダ。世界って結構、薄情で残酷だけどさ」 だからどうしても、優しい人は傷つき、苦しみ、涙する。 ミランダも、リナリーも、アレンも、クロウリーも。きっと、神田も。 苦悩し、焦り、苛立ち、泣いて。 それでも世界を恨むことなく。きっと、そんな選択肢があるという事すら思いつかずに。 「それでも世界は、綺麗なんだよな」 言ってふと、空を見上げる。 晴れ渡った空は、澄んだ色で。 ラビにつられるように空を見上げたミランダが、ふっと眦を緩めた。 まるで笑うような表情。 己の無力に震え、悔やみ、涙しても。 それでも尚世界を信じ、綺麗だと笑う。 「ラビくん」 「んー?」 「ありがとう。泣いてばかりで、ごめんなさいね?」 年上なのに、ちっとも頼り甲斐なくって。 肩を落としながら言うミランダの顔は、先刻までとは変わりどこかスッキリとした晴れやかなものだった。 優しい人は、世界の残酷さに傷つき泣いて、それでも。 また顔を上げて、笑うのだ。 俺の周りにいるのは、そんな奴らばっかさ。 だから、世界はそう悪くもない。 そう思える。 ラビはミランダに、へらりと笑みを向けて。 「"涙の数だけ強くなれる"なんて言ったりもすっけどさ。あんま泣いてると幸せも逃げちまうさ」 「そうね。泣いていても変わらないものね」 「俺としてはまあ、美人の泣き顔は悪くないなーって発見もあったけど」 「ラ、ラビ君っ!」 オマケのようにウインクに乗せながら言うと、ミランダが悲鳴のような声をあげた。 その頬がほわりと赤く染まる。 少し前に話をしていた時に、ラビ君の言葉はどれもこれも口説き文句みたいだわ、なんて言っていたのを思い出した。 ミランダは予想通り、天然記念物並に奥手で照れ屋らしい。 ラビは喉を鳴らすように笑いながら、手を伸ばし。 壊れ物を扱うような手つきでミランダの頬に触れ、そっと涙の跡をなぞった。 混乱と困惑で極限状態らしいミランダは、それでもラビの手を振り払うことなく。 ミランダはきっと、自分が世界の底辺だって思ってるんだろうけど。 誰もそんな事思ってやしないんだって。 青空を見上げて綺麗だと思った、その世界の一部に自分もいるんだって。 いつか、気付いてほしい。 「ミランダ。俺は平気だからさ」 発動解いて。 目を合わせたまま、静かな声で告げる。 吐息が触れそうなくらいに近付いて覗き込んだその瞳は。 穏やかで深い湖のような色を湛えていた。 しばらくの、逡巡の後。 ミランダはこくりと頷いた。 戻ってくる怪我と、血の匂い。一拍遅れて、痛み。 生きている、その証。 痛みに眉をひそめたラビの指に、ためらいがちに触れたぬくもり。 ラビの指を握ったミランダは、眉を下げてはいたものの泣いてはいなかった。 よくできました、と心の中で呟いて。 ラビはミランダの指を、強く握り返した。 END |
ラビって胡散臭いのが似合うよなあ。 という発想からル●ンになり。(今はコレが精一杯) 本誌ではラビ→リナ色が濃いわけですが(2007年4月末現在) 私はラビミラが好きです。 という主張のような話(笑) UPDATE 2007/7/24 |