9.「俺は好きだ。」




 自分の性分なんざ、重々承知してるんだ。
 気が長くない、って事ぐらいな。
 だからよォ、そろそろ。
 言ってもいーだろ?



「お・き・た・さ・ん?」

 言葉を一つずつ区切ったような言い方で、呼ばれた。
 昼休みの屋上。
 予鈴が鳴ってしまったからか、他に人はいない。
 そのタイミングを待っていたかのようにかけられた、声。
 寝転んでいる沖田の、すぐ隣りに立つ気配。
 誰なのかなど確認せずとも、その声だけで分かった。もっと言えば、彼が屋上に足を踏み入れた、その時から。

「何か用かィ、新八」

 答えながら、着けていたアイマスクをずらす。
 仁王立ちしている新八は、笑顔だったが。
 その笑い方は、彼の姉である志村妙のものと瓜二つの雰囲気を醸し出していた。
 ああ、やっぱ姉弟なんだなァ。
 呑気にもそんなことを考える。

「聞きたいことがあるんですけど、起きてもらえませんかね?」
「何でィつまんねー奴だなァ。キスの一つでもしてみりゃいーだろが。古今東西、姫君ってのは王子のキスで目を」
「アンタは姫君じゃないし、僕も王子じゃないんでね」

 御託はいいからさっさと起きろ。
 笑顔のまま声だけで凄むという技をやってのけた新八に、内心で拍手を送った。
 まあこれ以上引き伸ばしても面白いことはなさそうだったので、促されるまま体を起こす。

 欠伸をしながらアイマスクを外して立ち上がった、沖田の目の前に。
 ずい、と新八が手にしていた携帯を突き付けてきた。
 新八の持っている携帯は少し古めの機種だ。何でも契約時に代金のかからないものを選んだかららしい。
 色はシルバー。ストラップは付属だった紐のみのシンプルな物だ。飾り気のないところが新八らしい。
 その、突き付けられた携帯の画面に表示されていたのは。

「んー? 何でィ、熱烈な告白だなァ。『大好きな沖田さん』だなんてよォ」

 アドレス帳画面の、沖田のページだった。
 表示されているままを抑揚のない声で、しかし顔にはにやにやと笑みを浮かべながら読み上げた沖田に、新八が声を荒げる。

「ベタにしらばっくれんなアンタが犯人でしょうがァァァ!」
「証拠もねーのに犯人扱いたァ、哀しいねえ新八。俺とお前ェは固い絆で結ばれた」
「長ったらしい口上で誤魔化そうったって無駄ですからね。生物の後の休み時間に僕の携帯触ってたって土方さんが証言してくれました」
「ちっ、あのヤロー。どこまでも人の邪魔しやがんなァ。さっさと息の根止めとかねーと」

 先日新たな黒魔術の本を入手したばかりなので、早速今夜にでもそれを試してみようと心に決める。
 新八の携帯に悪戯を仕掛けた時から、問い詰められるのは覚悟の上だったのだ。
 むしろ、それこそが狙いだったというか。
 というのに、知らぬうちにとんだ横槍が入れられていたらしい。自分の知らない所で、新八と土方がどんな顔で話をしていたのか。
 想像するだけで殺意が芽生えそうだった。いや実際ムカついた。
 とりあえず頭の中の土方を一刀両断しておいて、意識を現在に戻す。

 見上げれば新八の顔には既に笑みはなく、沖田の目の前に晒された携帯を苛立ったかのように揺らしていた。
 苛立ちを隠そうともせずに、沖田を睨んでいる。
 その表情を見ながら、内心でひそりとほくそ笑んだ。

 新八は入学当初、ほとんど感情の起伏を見せなかった。
 個性たっぷり過ぎる面々が集まったクラスの中で、いっそ異質に見えるほどに淡々と過ごしていた。
 そう、どれもこれも過去形だ。
 クラスメイトの何人かのようにあまりにも常軌を逸脱した行動までは流石に取らないが、それでも以前に比べれば口数は増えた。
 その変化に一役買っているのが、他ならぬ沖田なのだ。
 新八に半ば無理矢理アドレスを教え、遊びに連れ出し、新八が抑えていた感情を引きずり出した。

 そんな行動を起こしたのには、勿論理由がある。
 慈善事業に手を出す程、沖田は暇じゃない。
 その、理由というのが。

「何でィ。人様の名前を苗字沖田、名前をさんで登録してたくせによォ」
「うっ」

 拗ねたような声で言えば、新八が言葉を詰まらせる。
 どうやらそこは突かれたくない部分だったらしい。
 更に追い討ちをかけるように口をヘの字に曲げ、畳みかける。

「あーあ、ショックだぜィ。新八は俺の名前も知らねーのかァ」
「し、知ってますよっ! ただ…っ」
「ただ、何だよ。聞いてやろーじゃねェか」
「……最初に、携帯の番号教えてくれた時は、分からなかったんです。あの時はそんなに親しくもなかったし、苗字だけっていうのも違和感があって、暫定的にさん付けで」

 沖田が新八に携帯の番号を教えた時。
 それが多分、二人きりでマトモに会話を為した一番最初だった。
 放課後、日直の仕事で一人居残っていた新八を捕まえて。
 携帯を持ってきていなかったから、ノートの端に番号とアドレスを書いた。その紙を渡した、それが。最初の接点。

 その時携帯を持っていなかったのは、偶々だった。
 だがそれまでの沖田は、携帯を持ち歩かないでいることも珍しくなく。
 学校内にしろ街中にしろどこかしらに時計はあるから不便はしないし。(持っていても持っていなくてもサボる時はサボるから)
 持っていれば持っていたでうるさく鳴り響く電話に辟易するし。(昼寝の最中に電話で起こされるなど不愉快極まりない)
 そんな諸々の理由から携帯不携帯などざらだった。

 のだけれど。
 新八に番号を教えたその日の夜。
 送られてきたメールには、新八らしい几帳面な文面が綴られていて。

『 題名:志村新八です
  本文:沖田さん、こんばんわ。志村です。
  今日はありがとうございました。
  僕のアドレス送ります。登録お願いしますね。
  ではまた明日、学校で。 』

 何気ないメールを受け取った、その時から。
 沖田は携帯を持ち歩くようになった。
 面倒だからと殆ど用件のみしか打たなかったメールで、他愛ない文を打ったりするようになった。
 メールを、着信を、待つように、なった。
 どれもこれも、ただ一人の。
 どこぞの少女漫画の主人公かよ、と思えるほどにたった一人に影響されている自分がおかしくて、けれど。そんな自分を嫌悪することは、なかった。

「…だったら、名前分かった時点で登録し直せばいーだろうがよ」
「うぅ。それについては、すいませんでした。僕の怠慢です」

 眉を八の字にして、ぺこりと頭を下げる。黒い髪が、沖田の目の前でさらりと揺れた。
 新八に他意がなかったことなど、沖田はちゃんと分かっている。
 くだらない嫌がらせや意趣返しなど無縁の性格であることくらい、熟知している。
 けれど、それをこうまでして突付くのは。
 ただ単に面白くなかったからだ。

 名前で呼べ、とまでは『まだ』言わないけれど。
 それでも携帯の中でまで『沖田さん』なのは正直少しばかり。
 へこんだのだ。
 絶対に内緒だけれど。

「だからお前ェはメガネなんだっつーの」
「ちょ、それ関係ないでしょう! 大体その件については謝りますけど人の携帯勝手に弄ったことは別問題ですからね!」
「うーわ、可愛くねェ。メガネのくせに。志村のくせに」
「どういう理屈?! ていうかどんだけメガネなんですか僕は!」
「しょーがねーだろィ。そいつあお前ェのアイデンティティだ」
「そんなアイデンティティ謹んでお断りしますから。それならいっそなくていいですから」

 ぽんぽんと、小気味よく切り返してくる。
 そのテンポは心地いい。
 最初の頃は、こんな風に会話が弾むなんて考えられなかった。
 それを思えば今は随分と距離が縮まったのだと思う。

 だけど。
 足りない。
 それだけじゃ、満足できない。
 一を手に入れればニを、ニを手に入れれば三を。
 欲深く厄介な性質だと思いながら、止めようとする気もない。
 欲しがる気持ちがなくなるなんて、つまらないだけだ。
 何をも求めなくなった奴なんてきっと死人と同じだろう。
 沖田は、そう思うから。

 にやりと口元に笑みを刻んだ沖田は、手を上げて。
 それはもう何の前触れもなく、がしりと。

「っぎゃああっ!」

 新八の耳を、両手で掴んだ。
 そう強い力ではないが、驚いたのだろう新八が悲鳴を上げる。

「ななな、何すんですか沖田さんっ!!」
「メガネで、志村で、不器用で、音痴なのになァ」
「喧嘩売ってんですかアンタはァ!」
「けど、俺は好きだ」

 に、と。
 笑って、言った。
 いつも見せている腹黒そうと称される笑い方ではなく。
 年相応の、いやいつもの所為で年よりやや幼くも見える笑顔を向けて。

 身を捩ろうとしていた新八の動きが、止まった。
 何を言われたのか分からない、と言いたげな目が沖田に注がれている。
 黒曜石のような目を、臆することなく真正面から見つめ返して。

「お前が好きだぜ、新八」

 もう一度、きっぱりと言い切った。
 放った言葉が新八の心に体当たりするのが、見えるような。そんな気が、した。
 一瞬の沈黙。
 呼吸すら忘れたかのように立ち尽くす新八が、ゆっくりと瞬きをして。
 長い睫毛だなァ、なんて思いながら見ていると、沖田の目の前で。
 新八の頬が、ボッと紅潮した。

「な、え、ちょ、待ってくださ」
「待たねェ。俺はもう言った」
「や、そうじゃなくて、ええ……?」

 混乱しているらしい新八は、何をするでもなく手を上げたり下げたりしている。
 顔に熱が集まった所為でか、その目が僅かに潤んでいた。
 その眦にくちづけたい心境に駆られて、けれどぐっと堪える。
 本能のまま行動しても別に構わなかったのだけれど。
 多分、そうすると新八が泣いてしまいそうな、気がした。
 泣かせたくない、なんて。
 自他共に認めるドSな自分が思うようなことじゃない筈なのに。

 掴んだままでいる新八の耳が、ひどく熱い。
 俯こうとしたのか顔が揺れたが、沖田の手によってそれは阻まれた。
 代わりに、新八は困ったように沖田に目を向ける。
 助けを請うような視線に、けれど救いを与えることはせずに。
 それどころか更に逃げ場を奪うようなことを口にする。

「待つ必要なんざねーだろィ。お前ェだって俺の事好きなんだからよォ」
「す、きって」
「なァ新八。俺ァ待ったぜ。お前ェが、俺を見てくれるようになるまで」
「僕が、沖田さん、を?」

 驚いた顔のまま、新八は沖田の言葉を反芻する。
 混乱は未だ解けていないのだろう、それでも。
 懸命に言われた言葉を理解しようとしているのが分かった。

 不器用なくせに、どこまでも真摯だったり。
 呆れた顔をしながらも、結局最後まで付き合ったり。
 その一つ一つが沖田の気に入る所なのだとは、想像もしていないのだろう。
 優しいくせに、容赦がなく。
 何者をも寄せつけないかのようにピンと背筋を伸ばしているのに、お人好しで。

 沖田が、新八と接触した理由。
 最初は、自分とは何もかも違う新八に興味が湧いた。
 見ているうちに、気になりだした。
 矛盾した生き方が少し苦しそうで、背中を叩いてやろうかと、思った。
 そうして接点を持ち、会話をするようになり、同じ時間を過ごすようになって、ある日ふと。
 まるで天啓のように、気付いた。
 どうやら好きらしい、という事に。

 好きだから、接触したのか。
 接触しているうちに、好きになったのか。
 今更順番は分からないし、どうでもいい。
 重要なのは『今』好きだと思う、その心がある、それだけだ。

「ま、今ん所はまだ友愛の情、って感じみてーなんだけどな」
「は」
「限りなく恋情に傾いてきてるだろうし、俺んコト見てるってェなら、よ。もう言っちまってもいーかなーって。思ったんでィ」
「そ、です、か」

 新八の言葉は固い。動きも表情も、目線も。
 極度の緊張と混乱にあることは分かったが、止められなかった。
 そもそもが止める気などなかったが。

 沖田には、諦める気も手放す気も更々ない。
 常識も倫理も全てぶち壊してやる気満々で。
 諦める気がないのだから、新八には落ちてもらうしかない。
 強引極まりない結論だったが、それでも。
 新八が自分を嫌っていないと分かっていたから、踏み込めた。

 何より、新八は驚いてはいるものの、嫌悪感は見せたりしていない。
 都合のいい解釈だ、なんて言われようとも構わないのだ。
 逃げようとも断りの言葉を入れようともしないから、沖田の気持ちは助長されていく。

 なあ、思ってもいーのかィ。
 この手を、振り払われないのは。
 俺に都合のいいだけの展開が待ってるからだって。そう、思っちまっても。

「メガネだし、アイドル好きだし、音痴だし、不器用かと思いきや家事はこなせるし、とんでもねー奴なんだけどな、お前ェって」
「褒めてるんだか貶されてるんだか分からないんですけど」
「そんでも俺は、そういう奴に惚れちまったんだよなァ。世の中分かんねーや」
「それは僕のセリフですよ。青天の霹靂っていうか、ホント唐突ですね沖田さんって」

 普段通りの調子で言葉を並べれば、溜め息をついた新八が苦笑する。
 けれどそれで、強張っていた肩の力が抜けた。

「いや、俺も驚いた」
「何で告白した方が驚いてんですか。意味分かりませんよ」
「決死の思いで言ったってのに、意外と落ち着いてっからよォ。何でィ、もしや初めてじゃねーのかよ」
「……初めてですよ。癪に障ることにもてませんからね、僕は」

 見た目も頭も平均レベルなもんで、などと言いながら不機嫌そうな顔になる。
 その言葉に嘘は感じられず、内心でこっそり安堵した。
 まあ昨今の女は逞しい上に厳しいものだから。上を上を狙う彼女たちからすれば、新八は範疇外になるのだろう。
 沖田の考える所では、新八は深く付き合えば付き合う程良さが分かるタイプで。つまり、仲良くなればなるほど深みに嵌るというか。離したくなくなるというか。

「……それって俺のことかィ」
「はい? 何ですか」
「いーや、何でも」
「まあいいですけど。あの、そろそろ耳放してくれませんか」
「あー、忘れてた」

 素で。
 反省の態度など微塵も見せずに手を放せば、新八は千切られるかと思った、とぼやきながら耳をさすっていた。
 そう強く掴んだつもりはなかったのだが、普通に生活をしていれば耳を掴まれることなどないから余計に落ち着かなかったのだろう。

 やや赤くなった耳を押さえている新八を見ながら、考える。
 自分と付き合うようになってから、新八は確かに変わった。
 無愛想というよりマイペースなだけだったから、別にこれまでも嫌われてはいなかったのだが。
 最近は、以前よりもずっと話しかけやすい雰囲気になった。
 それはまごうことなく沖田の影響だと、過信するでもなくそう思っている。
 沖田にとっては、その変化は歓迎すべきもので。
 変わったからこそ、新八が自分をまっすぐに見るようになったのだから。

 けれど。
 新八自身の雰囲気が変わったということは、誰から見ても分かることで。
 話しかけやすくなったのは沖田以外の人間でも同じく言えるのだ。
 つまり、それだけ。
 新八の良さが分かる人間が、増えやすくなったという事。

 沖田が携帯を弄っていたと密告したらしい土方然り。
 以前の新八なら、土方がわざわざ話しかけたとは思えない。
 誰が来ようと蹴散らしてやる自信はあるけれど、出来れば面倒事は背負い込みたくないというのが本音だ。
 余所事に手間取っている暇があるなら、その時間を一緒にいられる時間に回したい。

「メガネの良さは俺だけが分かってりゃぁいいっつーのになァ」
「何ですかさっきからブツブツと。って、そろそろ教室戻らないと本鈴鳴りますよ、沖田さん!」
「えー」
「えー、じゃないです。どうせ寝てるだけなんですから、出席だけはしないと」

 渋る沖田を埒があかないと見たのか。
 新八は躊躇う素振りもなく、沖田の腕を掴んで歩き出した。
 つい今しがた、告白したばかりだというのに。
 これは調子に乗ってもいいというお達しなのだろうか。
 ……なんて。
 そこまでの計算が出来る人間ではないと分かっていながら、嬉しいと思ってしまう自分がいる。

 手を引かれながら新八の顔を見れば、その耳はまだうっすら赤く染まっていた。
 その、赤が。
 沖田が耳に触れていたから、だけじゃないように見えて。
 嬉しさと気恥ずかしさを感じながら、思わず笑った。

「なあ、新八ィ」
「何ですか、しゃきしゃき歩いてくださいって」
「携帯の表示、そのままにしとけよな」
「はあ?!」
「近い将来、どうせそうなるからよ。覚悟しとけっつーことでィ」
「…………っ、やれる、もんならどうぞっ」


 空は快晴。
 うん、多分。

 なんとかならァ。



END

 

 

3Z沖新第二弾。
さくっと告りましたという。
文中でも沖田が言ってますがね。
ホントこれ、どこの少女漫画から抜け出してきたんだっていう。
いやーん総ちゃんKI・MO・I★(落ち着け自分)
……もうアレだ。
うちの沖田の売りはキモサです、てことに。


UPDATE 2007/5/31

 

 

 

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