8.言葉に上手く出来ないから 姉上。 父上、母上。 銀さん、神楽ちゃん。 先に謝っておきます、ごめんなさい。 まさか、よもや、自分が。 酔った挙句に予想だにしない相手と初体験、だなんて。 そんな漫画みたいな状況に陥るだなんて、これっぽっちも予測してませんでした。 しかもどうせ酔った上での出来事なら酔いに任せて記憶も全部吹っ飛んでくれてりゃいいのに、何だか断片的にぽんぽんとこう思い出したくもないようなことを覚えちゃってたりとかして、もう……っ! いたたまれないやら切ないやら。 ああでも、何より一番謝らなきゃいけないことは。 行為そのものより、その相手が誰かってことより。 驚きはしたものの実の所後悔も反省もしていない、ってことにだろう。 放っておけなかった、なんて。 言い訳にもならないだろうか。 滅多な事では色の変わらないあの目が。 縋るものを探して、でも何を探しているのかも自分では分からなくて、それでも探す事をやめられない、みたいな。そんな風で。 それを見てしまったから、振り払えなかった。 とりあえず誰に言う気も、言えるはずもないのだけれど。 誰に知られても一騒動巻き起こってしまうだろうことは、考えずとも予想できるから。 言えるわけないよなあ。 だって、相手が。 あの沖田総悟、なんだから。 自分でも吃驚だっつーの。 そんな経緯で、最初はまあ多分、事故と言ってもいいはずだった。 笑うに笑えず顔が引き攣りつつもまあ犬に噛まれたとでも思えば、と言えるような。 件の翌々日に新八は沖田と偶然顔を合わせたのだけれど、別段これと言って変わりはなく。 そのいつも通りの態度に、まあそれが普通だよなと思い僕もさっさと忘れようなんて誓ってみたりして。 しかし。 失念していたわけではない筈なのだけれど、少なからず動揺していたからか、すっかり忘れてしまっていた。 沖田が到底世間一般で言う「普通」の枠に収まりきるような人間ではない、そのことを。 二度目、は唐突だった。 それを言えば一度目もそうなのだけれど、二度目は酔っていたわけではないから鮮明に記憶に残っている。 万事屋からの帰り道、スーパーに寄って。 出てきた所に沖田と鉢合わせ。 何だかよく会いますね、と言った。 その後。 腕を掴まれ、引かれた。 見上げた目は、あの時と同じで。 流されるな、という警告音が己の中で鳴り響くのを感じなかったわけではなかった。 だがその音はひどく遠くで鳴っていて、新八の危機感を煽るには足りなかった。 目の前にちらつく、熱くも冷たくもない瞳の方がずっと近くて、気になった。 そんな風にして、始まってしまったのだ。 睦言なんてありえない、まして甘い空気なんて持っての外な、名前のない逢瀬が。 「なんだかなー、もう」 チクショウだるい、と口の中で文句を言いつつ、湯船に身を沈める。 体はスッキリしても心まではそうはいかない。 どうしてこんなことに、なんて答えの出ない自問を繰り返すのにもいい加減飽きてきた。 答えは出ないと分かっているのに、繰り返される疑問はどんどんと積み重なって行く。 沖田と会う、その度に。 幾度か肌を重ねれば情だって湧いてくる。 多分もう、自分は今更沖田を拒めない。 不健全というか不健康というか、怒りを通り越して呆れる。 誰より自分自身にだ。 沖田は往々にして何を考えているか分からない。 けれど、悪い人間ではない。 「……っていうか」 人というより、獣に近い気がする。 ほとんど感情の浮かばない表情で見つめられると、何だか肉食獣とでも向かい合っているような気になってくるのだ。 何を想っているのかなど到底分かりようはずもないけれど、擦り寄ってくる。 喰われるのか、否か。 どうすればいいのか分からないまま、ただじっとしているしかない。 刺激を与えるのは得策ではないと、言われずとも分かるから。 何となく、沖田との対峙はそんなイメージだ。 それでも。 逆らわないのも拒まないのも、沖田の所為ではなく。 選んだのは自身なのだと重々承知している。 とりあえずこう何度も構ってくることからして、嫌われてはいないのだろうけれど。 沖田が何を思ってこう何度も自分に会いに来るのかが、新八にはさっぱり分からなかった。 気持ちいいから? 拒まないから? 他にいくのが面倒だから? 泡の様に浮かぶどれもこれも、何だかしっくり来ない。 答えなんて沖田の胸の内にしかないものだから、結局はまた疑問が重なるだけで終わる。 「……もう寝よう」 一度鼻先まで沈み込んでから、ざばりと上がった。 だるい体と頭を抱えて考えてみたところで、ロクなことにならないのは今までで何度も経験済みだ。 髪の先から滴り落ちる雫を、ふるりと頭を振って飛ばす。 その時。 「あれ」 見つけてしまったものに、新八は目を瞬いた。 らしくない、信じられない、むしろありえない。 驚きは声にはならず、新八はただ驚きの元凶であるそれに視線を注いだまま呆然と突っ立っていた。 見つめるのは、己の左腕、その付け根。 そこに忘れ物か何かの用に所在なげに残された、紅い痕。 最初は何だか分からなくて、次にそれが何であるか理解して、分かったけれど何故こんなものが、と疑問が膨らんで。 何故、如何して、と混乱しているうちに何故だか顔が熱くなった。 その瞬間。 積み重なっていた疑問が、氷解した。 「う、わ。ちょ、嘘だろお……」 何でこんな。ていうかホント、ちょっと待て。 自分でも何を呟いているか分からない。 赤い顔のまま、右手の指でそっとその痕に触れてみる。 痛みはない。 幻、でもどうやらない。 言葉を持たない獣の言葉を聞いた。 ような、気がした。 「えぇー……?」 獣の感情を理解した、と思ったそれと同時に。 今まで抱えていながらも気付いていなかった己の気持ちにも気付かされた。 大変不本意なことに、自身の感情に気付いていなかったからあんなにも疑問が降り積もり重なり、もやもやとした想いを抱えることになっていたらしい。 ということにまで気付いてしまった。 残された痕を手のひらで覆い隠しながら、ずるずると座り込んでいた。 流されているだけ、なんて。 沖田にも、自分の感情にもどれだけ失礼な事を思っていたのだろう。 想いの質や深さはどうあれ、執着していなければ傍にいたいなんて思うはずもないことなのに。 「それにしたって、分かりにくすぎるっていうか……」 ぼやいた言葉に、ふと気付く。 もしかしたら沖田自身もまた、気付いてはいないのだろうかと。 自分でさえ今ようやく、形になっているものを見つけて気付いたのだ。 あの理屈も理由もなくただ本能と勘で生きているような沖田が、この感情の名前までを悟っているだろうか。 多分、答えは、否だ。 言葉がないから、見つからないから、この痕を残したのだろう。 ともすれば痕を残したことすら無意識かもしれない。 ありえすぎるほどありえる。 しばらく悶々と考え込んでいた新八だったが、くしゃみを一つしたことによって己の状況を顧みた。 「あーもういいや。明日にしよ、明日に」 答えは出たのだから、焦る必要もない。 これからどうするか、どうなるのかなど悩んでいた所でどうしようもないことだからだ。 結局なるようにしかならない。 けれど、その過程がどうなるか、どんな選択をするかは新八の、そして対峙する沖田の意思に依るものだ。 疑問が解けて、スッキリした気分になった。 今はそれだけでいい。 新八は一つ頷いて。 根拠もなく大丈夫だと、そんなことを思う自分を不思議に感じてはいたものの、それでも。 次に会った時に投げられるだろう賽を、その時に沖田が見せるだろう顔を思って少し、笑った。 END |
雅お題13「許してくれないかな…?」の新八版。 というか時間軸的にはこっちのが先ですけれども。 実はちゃんと両想いなのでした、みたいな。 自覚したのは新八が先でした、みたいな。 ていうか沖田出てないやこの話…… UPDATE 2006/10/21 |