4.何もかも忘れたフリをしよう




 どこへも行きたくないな。

 そう考えてしまうのは、裏切りになるだろうか。
 自身の立つ場所へ、大切な人たちへの。
 けれど、動けない。
 戯れに髪を梳く手が、あまりにも優しく暖かすぎるから。
 離れがたい。

 今別れてしまえば、次に会えるのがいつかなんて分からない。
 今生の別れになるかもしれない。
 別れるときは、いつだってそう自分に言い聞かせている。

 大袈裟ではなく、彼の立ち位置を考えるとそうなってもおかしくないから。
 世間的には物騒極まりないテロリスト、天下に弓弾く大罪人、とでも称すべきか。
 狂犬だの、片目の鬼だのと呼ばれている男……高杉は、けれどそんな二つ名が嘘か幻であるかのような穏やかな表情をしていた。
 新八は高杉の膝に頭を乗せ、仰向けに転がって下からその顔を眺めていた。
 高杉はと言えば、珍しく煙管に口をつけるでもなく機嫌のよさそうな様子で窓の外を見やっている。

「上機嫌ですね、ずいぶん」

 声をかければ、頭を撫でていた手がするりと滑って、耳をなぞると頬を軽くつまんだ。
 戯れるように触れる指は柔らかく、同じ手が無造作に命を斬り捨てていくのだとはとても信じられない程だ。
 高杉の手の優しさや暖かさを知っているのは、今はおそらく自分だけだ。
 そう思うと、悦びとも優越感ともつかぬ歪んだ想いが湧き上がってくる。

「まァ、気分はいいからなァ」

 頬に触れていた手が、顎を辿って喉へ行き着く。
 猫じゃないんだけどなあ、と思いはしたものの優しい感触を振り払えるわけもない。

「なんだ、鳴かねえのか」
「猫じゃな……ちょ、その指、なんかやらしいんです、けどっ」
「ああ、鳴いた鳴いた」

 愛撫未満の、くすぐるような指でもつい先刻まで睦み合っていた肌には堪らない。
 息を呑みながら身を捩れば、高杉は満足そうに笑う。
 遊ばれているような気がしないでもないが、目を細めて笑う高杉を見てしまえば抵抗する気概も奪われる。
 ずるい、そう思うのに悪い気はしない。

 だってきっと、他に誰も知らない。
 高杉のこんな表情も、囁きも。
 過去はともかく今は新八だけのものだ。
 おそらくは高杉自身、今の自分がどんな顔でいるのか知らないに違いない。

 するりと頬に逃れた指を、新八は両手で捕まえた。
 掴んだ手を口元に引き寄せ、その手のひらに口づける。

「夜明けまでは、まだ、でしょう」

 笑いながら言う。
 見下ろす高杉が僅かに目を細めた。
 応えは掴み返された腕と。
 引き起こされ、重ねられた唇と、だった。

 太陽が沈んだままならいいのに。
 なんて、詮無いことを考える。
 夜が明けなければ、ずっと一緒にいられるのに、なんて。
 叶うはずもない望み。
 それでも、触れる指は、唇は、ただただ熱く。
 せめてこの熱さが在る間だけは、全てを忘れていたい。
 たとえばそれが、都合のいいふりだとしても。


 秘め事はいつだって、どこまでも、甘い。




END 

 

 

けだるげな雰囲気の話。
高新は何ていうかこう……純愛でありつつ爛れた恋愛である、みたいな持論がね。あるんでね。
要は書くの難しいってことなんですが。
でも好き。今ちょっと高新マイブームっす。

UPDATE 2009/03/31

 

 

 

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