3.少しずつ ここからはじめよう




「……何か、変わんのかィ」


 ぽつり、沖田が言う。ともすれば聞き逃しそうな声を、けれど新八の耳はちゃんと拾っていた。
 沖田の居る方へ顔を向ければ、数歩分離れた場所で立ち止まっていた。
 片手をポケットに突っ込んで、珍しくやや俯きぎみだ。
 それでいながら、その目はしっかりと新八に向けられている。


「変わるって、何がです?」

「俺が、アンタを」


 そこまで言って、口を閉ざす。向けられていた視線が、ふっと逸らされた。
 沖田が言い淀むなんて、初めてではないだろうか。
 珍しいものを見たなあ、なんて思いながら、それでも邪魔はせずに言葉の続きを待つ。


「好きだ、つったら。でさァ」


 どこへともなく彷徨っていた視線が。
 好き、と口にするその時にはしっかりと新八の目を見据えていた。
 胸の裡のどこかが、焦げ付くような気になる。
 まっすぐな目は、冷たいような熱いような、不思議な色だった。

 喉元に、刃を、突き付けられて、いるような。

 指先が痺れるような感覚を覚え、思わず一瞬息を止めていた。
 恐怖ではない。
 ただ、未知なる生き物に出会ってしまったかのようにどうすればいいか分からない。

 考え込んでいたのはどれくらいの間か。
 長かったようにも短かったようにも思える。
 思わず止めていた息をゆるりと吐きながら、んー、と軽く唸る。


「何も、変わらないんじゃないですか。僕には僕の、沖田さんには沖田さんの居場所があるでしょう」

「…そーかィ」


 たとえば、どれだけ劇的で運命的な恋に落ちたのだとしても。
 自分は自分として立ち、生きていく。
 その根本は変わりはしないのだから。
 例え誰が相手でも、もたれかかるだけの関係にはなりたくない。

 新八の答えがお気に召したのか否か、いつも通りの無表情からは読めなかった。
 沖田がどんな答えを求めていたのだとしても、新八の言葉は変わらなかっただろうけれど。
 ああ、でも。
 一つ言っておいてもいいかな。
 眦を緩め、笑む。


「でも、好きだって言われたなら。一緒にいる時間が増えたり、するんじゃないですか」


 例えばそれが、少しずつ、でも。
 同じ時間を一緒に過ごせる、それがどれだけ幸福か。
 にこり、笑いながらのその言葉に。
 沖田が軽くではあるが瞠目した。
 これもまた初めて見る表情だった。
 驚きの滲む顔は、何だかひどく無防備に見えて。

 この後どうするのかな、と出方を伺っていれば、そろりと手を伸ばされた。
 沖田にしては考えられないほどのゆっくりとした動きで、指は新八の手の甲に辿り着く。
 と、と指先が触れて、けれどそれ以上は何もなかった。
 重なった場所から、曖昧に熱が伝わってくる。


「……じゃあ、好きだ」


 じゃあって何ですか、じゃあって。
 呆れたけれど、言っても無駄だろうとは分かっていたから。
 触れられている手をくるりと裏返し。
 沖田の指を、ぎゅっと握った。



END

 

 

新八は男前だと思うのです。
という話。
ここぞという場面ではガラスのハートな沖田が良い。
そんで新八のがしっかりしてれば尚良い。


UPDATE 2006/11/1

 

 

 

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