2.確かなものなど解らない




 何も、残らなかった。

 自室の窓を全開にし、空をぼんやりと眺めながらそんなことを思う。
 色々な事があった。
 突然邸から飛ばされてから、それこそ一生分くらいの出来事を体験してしまったような気さえする。

 思い出すと未だに胸が痛むようなことも。
 これからもずっと、一生背負っていかなければならない記憶。
 何も知らない、それがどれだけ恐ろしいことか。
 そのことを理解できただけでも、自分にとっては充分なのだろう。

 勿論、それだけではない。
 楽しかったことも、沢山あって。
 誰かが笑ってくれるのが嬉しいと思える、そんな自分がいることがどこかくすぐったいような気がする。
 邸を出る前に比べれば剣の腕もずっと上がったし、それ以外にも覚えたことは沢山あった。
 無論、まだまだ知らなければならないことが山ほどあるのは理解していたけれど。
 それでも、己の立場に胡座をかいて座っていただけの頃に比べれば幾らかマシになった……と、思う。

 それでも、それなのに。
 邸に戻ってきてからのルークは、どうにも空虚なものを抱えている自分を感じていた。
 心にぽかりと、穴が空いているようだった。
 穴の中には混沌とした暗闇が広がっていて、そこから幾つも幾つも言葉とも感情ともつかないものが這い上がり涌き出てくる。
 底の見えないそれから、ふつり、ふつり、と。

 それは例えば、自分がレプリカだったこと。
 もしくは、終わりまで師匠に認めてもらえなかったこと。
 或いは、アッシュに……いや、本物のルークにこの場所を返せていないこと。
 それでなければ、日々こうして何もしないまま一日を過ごす自分のこと。

 浮かび上がり、覆い被さり、ルークの息の根を止めてしまいそうな気もするのに、決して鼓動も呼吸も止まることはない。
 こんなに、どうしようもない気持ちだけが湧き上がってくるのに。
 ……こんなに、苦しいような哀しいような虚しいような、気がする、のに。
 服の胸元を掴んで、ルークは僅かに頭を振った。
 何に対しての否定だったのか、己でも分からないまま。

 このままじゃダメだと思うのに、この場所を動けない。
 子供のように、どうして、という言葉ばかりが浮かんでくる。
 どうして師匠はいなくなったんだ、どうして俺がレプリカなんだ、どうしてガイはいないんだ、どうしてこんな想いを抱えなきゃならないんだ。
 どうして、どうして、どうして。


「……クソ、ちっとも変わってねーじゃんか、俺」


 何も知らない、知ろうともしなかった、この場所でただ安穏と暮らしていた頃と、大差ない。
 そんな自分が悔しい。
 それでも、動けない。

 邸に戻ってきてからのルークは、以前にも増して己の部屋で過ごす時間が多かった。
 原因は、話し相手のガイがいなかったり、剣を教えてくれるヴァンが訪れなかったり、自分をレプリカだと知る者たちの奇異の目に晒されるのが厭だったから、だ。
 出来るものなら食事も来客も全て放り出して、誰と会うこともなくこの部屋でまどろんでいたいとさえ考えたこともある。
 自身の存在が揺らぐことに比べれば、退屈の方が幾らかマシだった。

 けれど、することもなく部屋で過ごしていれば自然と考え事に没頭していく。
 それは即ち、己の存在と向き合うこと、だ。
 まどろみに任せて意識を手放せば、追ってくるのは悪夢でしかなく。
 堂々巡りだった。

 皮肉だな、と。
 空を見上げたまま、唇だけを動かしてルークは言った。
 思いに沈む自分とは裏腹に晴れ渡った空も。
 あんなにも外の世界を望んでいた自分が、自ずから部屋に入り浸っていることも。
 全てが。

 分からなかった、分からなくなった。
 正しいことも、真実も、確かだったはずのものも、全部。
 信じていたものが全て根底から覆されて、それでも立ち止まることは許されなくて。
 息を切らせて走り続けて、ようやく立ち止まれたかと思えば。
 今度は何をすればいいのかさえ分からない。


「今日も晴れてんな……」


 ぽつり、思ってもいないことを呟いた。
 本当は。
 誰かの名を呼びたかった。
 それが誰であるか、はこの際重要ではなく。
 ただ、誰かの名を口にしたかった。

 けれど。
 結局誰の名も言えないまま、どうでもいいことを口走っていた。
 誰の名も呼べなかった。
 大切だから。大事にしたいから。
 軽々しく口に出来なかった。
 呼んでもいいのか、躊躇った。

 無性に哀しい気分になって、ゆっくり目を伏せた。
 燦燦と降り注ぐ陽光は、それでも瞼の裏からルークを照らし続ける。
 いっそのこと太陽を撃ち落として、永遠に朝が来ないようにでもしてしまえば。
 こんな白昼夢に魘されることもなくなるのだろうか。
 明るい光の中で、己の足元を不安に思う日々はもううんざりだった。
 どうせ恐怖を感じるなら、暗闇の中の方が幾分かマシだ。

 どれだけそう願ってみても、日が落ちて星が巡り月が回り、夜が訪れれば。
 また変わらずに太陽が顔を出し、一日が始まるのだろう。
 それが良い事なのか悪い事なのかも、今のルークには解らなかった。



 目を伏せてみても、口に出来る名前が見つからなくて。
 それが、ただ無性に寂しいと。
 瞼の裏の暗闇を見つめながら、ただそんなことを思った。





END


 

 

アブソーブゲートで師匠を倒した後の話。
いやでもこの頃ってルークきつかったんだろうなあ、と。
ぐるぐる葛藤感を感じて頂ければ幸いです。


…てゆっかミュウはいるよ! ミュウは!
(どこ行ったん)(多分ラムダスのトコにご飯もらいに)(忘れて、た)



UPDATE 2006/11/1

 

 

 

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