11.失った絆さえ繋ぎ止める様に








 鈍器を武器として選ぶ回数が増えたのは、確かに「あの日」以降のことだった。
 ずしりと重たいそれは、手に余るほどではないとは言え両手で持たなければ扱えない。
 探索メンバーによって武器を変えるのは今でも行っている事だが、それでも出来る限り鈍器を使えるようにしているのだからあまり意味はないのかもしれない。

 こんなことしたってどうにもならない、そんな事分かっている。
 零れた水は返らないし、壊れたものは戻らない。
 失われた命は帰らない。そんな当たり前の事は、嫌というほど分かっているのに。

「繋ぎ止めたい、か……」

 呟き、苦笑する。
 これから先、どうあっても紡がれることのないあの人との絆を、失くしたくない、と。
 繋いでおきたい、と。
 そう考えた上での行動がこんな事だと言うのだから、滑稽で笑えもしない。
 愚かだと分かっていながら止める気もないのだけれど。

「……バカだったんだなぁ、俺」


 別に自らを天才だと思っていたわけではないが、盲目になるようなタイプだとは知らなかった。
 ……なんて、冷静ぶって自己分析もどきをしてみたり。
 行き場を無くした想いをただ抱え込むには、凌の中の許容量は足りなかったのだ。
 壊れないように、パンクしないように、謂わば自己防衛で取った手段が鈍器を扱うこと、だった。
 我ながらどんな理論なのかと疑うけれど。

 鈍器を得物として扱うようになってすぐに手のひらに肉刺が出来た。
 それでも使い続けていたら、潰れて痛みを訴えた。
 あの時ばかりはあまり顔に感情が表れない自分に感謝したものだ。
 武器を振るう度に痛みに顔を顰めているようでは、直ぐにこの手に気づかれてしまっただろうから。
 ……それでなくとも何人かは凌が鈍器ばかりを使い出したことに、何か言いたげな顔をしていたりするのだ。
 彼らの気持ちは分からないでもないし、申し訳ないとも思うのだが凌自身も譲れないことだからと気づかないフリで今日まで至っているが。

 今でこそ鈍器の重さに慣れた手のひらは痛みを訴えることもなくなった。
 けれど荒垣がこの手を見たら、眉を顰めて舌打ちの一つもしそうだ、とは思う。
 凌自身は女の子ではないから別に手が綺麗だろうと汚かろうと気にはしない。それでも、肉刺の痕が残る手はどこか痛そうだなとぼんやり感じるくらいだから。
 あの人が見たらきっと、いい顔はしないんだろう。

 以前より硬くなった手のひらを撫でながら、唇だけを動かした。
 声にされなかったのは、彼の人の名前。
 呼べなかったのは、音にしたら泣いてしまいそうな気がしたからだ。
 泣きたくなかった。それでなくとも彼が死んだ直後は散々泣いたのだ。
 僅かばかりの矜持で、泣き顔は誰にも見せていないけれど。
 これ以上泣いたら、涙と共に思い出まで流れてしまいそうな気がする。
 だから、泣きたくなかった。

「大丈夫、です」

 誰にともなく口にした言葉は、思っていたよりもずっと寂しげな響きで。
 息を吐いた凌は、手で目元を押さえた。
 泣かない為にそうしているのに、格好だけ見るときっと泣いているように見えるだろう事に少し笑う。

 荒垣さん。荒垣さん荒垣さん。
 名前を呼ぶ代わりに彼と同じ武器を選んだのだと言ったら、どんな反応を見せただろうか。
 考えたけれど分からなくて、それが寂しい。
 彼との距離は決して遠く離れてはいなかったけれど、絶対的に過ごした時間が短い。
 幼馴染みだという真田なら、こんな時に荒垣が何を言ったか想像がつくのだろうか。

 もっと話がしたかった。一緒にいたかった。
 きっとこんな感情は、誰かを失った時には当たり前なのだろうけれど。
 過ごした時間が短くとも、一緒にいた時に紡がれた絆が消えたりしないと、本当はどこかで分かっているのだけれど。
 今日もきっと、自分は鈍器を手にするのだろうと、漠然と思った。



END 

 

 

10/4以降、鈍器使いでしたうちの凌クン。な話。
前にブログに書いた順平視点の「慟哭も絶叫もなく、ただ一人を想うということ」の凌視点。
荒主は……基本グルグルするね……(泣)
幸せにしてあげたい、なぁ。そのうち。

UPDATE 2008/11/28

 

 

 

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