8.名も知らない嘘と抱き合いながら
これは誰だろう、と。 触れてくる指を、唇を、重なる熱を感じながら、いつもいつもそう思う。 熱を孕んだすべてのものが折り重なるその行為に、意味なんて欠片も存在しないと、分かっているのに。 それでも、思わずにはいられなかった。 これは、誰だろう。 優しく触れる指、そっと輪郭をなぞるように押しあてられる唇、そんなものばかりが与えられるから。 勘違いしてしまいそうになる。 求められているのだと、このひとは優しいひとなのではないかと。そんな風に。 そんな事ある筈ないのに。 だって、このひとは。 「たかすぎ、さ、ん」 言いたいことも、言わなきゃいけないことも沢山ある。 待ってください、やめてください、どうして僕に触るんですか、どうして僕なんですか、どうして、そんな風に。 けれどどれも声にならず、結局はその名を呼んだだけで終わってしまった。 荒い息を繰り返すばかりの唇に、するりと指が這わされる。 ゆっくりとなぞり、開いた隙間から口の中に入り込んできた。 舌に絡められる指に逆らうことなく、口を開けてその指を舐め上げる。 くつり、と笑う音が耳朶を穿った。 見上げた先で、高杉が目を細めている。 投げられる眼差しは、ただただ愉しそうなものだった。 強い意思を湛えた眼は確かに高杉のものなのだけれど、そこに狂気の色はない。 在るのは、背筋が震えそうになるほどの熱と情欲を含んだ、雄の気配だけだった。 この男のこんな目を、顔を知っているのは、世界にどれくらいいるのだろう。 そんな、詮無いことを考えてしまう。 「物欲しそうな顔、してんなぁ」 笑みの形を刻んだ薄い唇が、ぽつりと言った。 からかうような言葉には、けれどその内容ほどに馬鹿にしたような色は乗せられていなかった。 新八はそれに対する答えを思いつけず、ただ黙って高杉を見上げているだけになる。 だって、自分が今どんな顔をしているかなんて、分からないから。 答えようがない。 そう、思った。 高杉はいつだってそうだ。答えようのない事ばかり口にする。 それでいて、新八の視線を、意識を、心を捉えて放さないのだから。 なんて、ずるいひとだろう。 「なあ、浚ってやろうか」 囁くような声が、耳に堕ちてきた。 一瞬その意味を捉えそこね、新八は一度ゆっくりと瞬きをしてみせた。 そうすることで、言葉の意味が脳内に浸透していく。 誘う言葉。 けれど、それは、きっと。 「相変わらず、嘘つきですね、高杉さんは」 声は震えずに出せた。 唇の端を持ち上げる事だって出来た。 けれど、目はどうだっただろう。 自分では自分の顔を確認出来ないから、どうだったか分からない。 そのくせして目は口ほどに物を言ったりするらしいから、厄介に出来ているものだと思う。 連れていってなんて、くれないくせに。 その気があれば、宣言することなく実行に移している男なのだから。 思い、だがそれは真実の半分だとも気付いていた。 本当は、この手を選びたいと望む自分が、心のどこかにいる。 大切だと思うもの、護りたいと願うもの、その全てを振り棄ててでも、このひとの傍らに在りたいと。そう願う心が、確かに存在している。 そう望めば、口にすれば、きっと高杉は叶えてくれるのだろう。 だから、新八は本当の心を隠す。隠して、嘘をつく。高杉がそうするのと同じように。 押し隠した想いに気付いたのか、ついた嘘を見透かしたのか、高杉は目を細めて。 「……だから、いいんだろ?」 嘘つき同士が寄り添い合って、何になるんですか。 そう返したかったのに、唇は塞がれてしまった。 絡み合う舌は気持ち良くて、まあ別に言わなくてもいいか、と呑み込んでしまう。 口づけの合間に髪を撫でてくる指はやっぱり穏やかなもので、少しだけ笑った。 笑った端で確かにずきりと痛む心を感じながら、それを誤魔化すように。 新八は、覆い被さる高杉の背に、縋りつくように手を回した。 END |
高新は……やっぱりこう、退廃的な雰囲気の話になってしまう。 結局、どっちも意地っぱりなわけで。 UPDATE 2010/11/29 閉じる |