7.シーソーに座り込み、独りでに揺れるブランコを見ていた。




 学校も部活も終わった、帰り道。
 足取りが重いのは疲労感、その所為だけではなく。
 中学に入学してから一ヶ月が経とうとしているのに、三橋は未だ三星学園に馴染めずにいた。

 馴染む、どころか日が経てば経つほど浮いて、孤独になっていくような気がする。
 自分が理事長の孫であることも、父母と離れて暮らしていることも、ヒイキでピッチャーをやらせてもらっていることも、自分の性格のことも、全部が全部、悪い方向へ悪い方向へと噛み合ってしまっているようだった。

 一度噛み合い回り出した歯車は、三橋の手では止めることが出来ずに。
 三橋はただ呆然と、歯車が動いていくのを見ていることしか出来なかった。
 哀しい事も苦しい事も沢山在るのに、覆い被さる波が大き過ぎて把握が出来ない。
 麻痺してしまったかのような心を抱えて、ただ立ち尽くすことしか。


「帰りたい、なぁ……」


 知らず零れ落ちた言葉に、三橋自身が驚き目を丸くした。
 帰りたい。
 仕事で忙しい父母が家に居ることは少なく、誰も居ない部屋で寂しさを感じても。
 それでもいい、帰りたい。

 じわり、と涙が浮かんでくる。
 三橋は慌ててそれを拭うが、堰を切ってしまった涙は後から後から、ぼろぼろと流れてきた。
 泣いたまま帰るわけにはいかない。
 どうしよう、と途方に暮れかけた三橋だが、ふと足を止める。

 丁度通りかかったのは、公園だった。
 日も落ちて薄暗くなってきているせいだろう、公園の中には誰もいない。
 昼間には子供たちが群がっているのだろう遊具も、その母親たちが座っているだろうベンチにも、人影はない。
 三橋はふらりと、吸い寄せられるように公園に足を踏み入れていた。



 どこかに座りたい、そう思って三橋が選んだのは傾いているシーソーだった。
 シーソーの下がっている方に、すとんと腰を下ろす。
 遊び倒されているのだろうシーソーは、三橋が体重をかけた時にわずかにきし、と音を立てた。
 その音に少しびくつき、けれどそれ以上動く気配のないことにホッと息をついた。

 ぱたぱたと、涙が落ちる。
 しゃくりあげながら、何が哀しいのか、どうしたらいいのか分からなくて、ただ途方に暮れるしかなかった。
 拭っても拭っても、堰を切った涙は零れ落ちてくる。
 やがてキリがないことに気付いた三橋は、拭うことを諦めて涙が零れるに任せることにした。

 壊れたみたい、だ。

 はらはらと流れる涙に辟易しながら、そんなことを思う。
 泣きたいわけじゃ、ないのに。
 どうして泣いてしまったのかも、分からないのに。
 ただ、涙が落ちる。


「帰り、たい、よ」


 再び、声が洩れた。
 帰りたい、帰りたい。
 埼玉の中学に通ったからと言って、全てが旨く行くとは限らない。
 それでも、ただ、帰りたいと無性に思った。

 不意に、キイ、と音がした。
 驚いて泣き濡れた目のまま音のした方を見やる。
 音の発生源は、ブランコだった。
 誰も乗っていないのに、風でブランコが揺れていた。

 涙で歪む景色の中で、ブランコが揺れている。
 キイ、キイ、と軋むような音が断続的に起きて、それが三橋の鼓膜をとんとんと叩いた。
 寂しいような音が、それでも三橋の心を落ち着かせる。

 しばらくぼんやりと揺れるブランコを見ていた三橋は、どうしてオレはシーソーに座ったのかな、と思った。
 座るというのなら、シーソーよりブランコの方がずっと座りやすいだろうに。
 暫し考えて、思い当たった結論に。三橋はまた泣き出しそうに、くしゃりと眉を顰めた。
 そろそろ帰らなきゃ、そう思うのに。
 涙が止まらない。立ち上がれない。


 風で揺れていたブランコは、やがて止まった。
 三橋はそれを見ながら、軽く首を振った。
 どうしてそうしたのか、自分でもよく分からなかったけれど。

 ブランコに座らなかった、そのワケは。
 座ってみても、背中を押してくれる手がないと、分かっていたからだ。

 帰りたい、と。
 今度は声に出さず、それでもちゃんと自分の意思で。
 三橋の唇は、そう動いた。



END


 

 

く、暗い話ですいませ…
泣いてもおどおどしても人見知りでも、やっぱり男の子だし。
家の人(この場合は親戚ですが)に涙を見られるのは、
イヤなんじゃないかなあ、と。

夕暮れ時の誰もいない公園、って寂しい感じ。
昼間賑わってる公園だと、尚更。



UPDATE 2005/5/28

 

 

 

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