5.狙ってたのはその顔だ



 最初は親友の動向を見守る為だった。
 自分が野球部に入っても良かったのだが、運動部に所属する気はさらさらなくて。
 そんな時にたまたま目にした報道部の部員募集の張り紙の片隅にあった、野球部取材班補助募集、の文字に。
 ほとんど反射的に報道部の部室の扉をノックしている自分がいた。

 最初こそほぼ梅星のパシり状態だったのだけれど。
 日が経つにつれて写真を撮らせてもらったり、記事の一部を書かせてもらったりと、任される仕事が増え、報道部として本格的になった。
 まあ写真も記事もまだまだ要修行で、梅星から駄目出しを思う様食らっているのだけれど。
 撮る写真が一年連中が多めになっているのはご愛嬌だ。元々天国の面倒をみられる位置、ということだったからどうしても目がそちらへ向きがちになってしまう。
 報道部の仕事の面白さを感じ始めた今日この頃は、大分それも減っているけれど。


「さーてと、今日も球児どもを激写しに参りますかね、と」


 写真は好きだ。
 デジカメが主流だが、ファインダー越しに覗く世界が気に入って、最近では父親に頼み込んで譲ってもらった一眼レフを使ったりもしている。
 なかなか思うような写真が撮れずに苛つくこともままあれど、それ以上に暗室で仕上がっていく写真を目にするのは楽しい作業だった。

 ああ俺、こんなだから脇キャラ扱いなのかも?

 少し寂しくそんなことを考えたりもするが、性格なのだから仕方ない。
 カメラ片手に訪れたグラウンドでは既に練習が始まっていた。
 そこかしこから声が上がっている。

 おーおー、元気だねぇ。

 おっさん臭く内心で呟きつつ、一番最初に探すのはやはり親友の姿だ。
 一番喧しい場所を探せばすぐに見つかるので、楽と言えば楽だったりする。
 果たして天国はバッティング練習をしているらしかった。

 ぐ、と足を踏みしめて、バットを構えて。
 マウンドを見据える目は、真剣ながらもどこか好戦的な色だ。
 好きなものが得意、嫌いなものが苦手、な分かり易い性格の天国は。
 やはり野球でも好きな打撃が得意、だった。
 最近は一応、守備も形になってきてはいるが。


「一宮先輩、まっすぐ放ってくださいよまっすぐ! 速球で!!」

「何を放るか言ってたら練習になんねーだろうが! 黙って打てよお前は!」

「え〜、いーじゃないすか減るもんじゃなし!」

「うっせえ!!」


 アイツはまったくよう……

 保護者は頭が痛いです。とばかりに額を押さえて、沢松は苦笑する。
 天国の大声につられてか一宮が怒鳴りながらも、ぐっとボールを握り締めた。
 それと同時に天国もきゅ、と唇を引き結ぶ。
 その端が少しだけ可笑しそうに揺るんでいるのを、沢松が見逃すはずもなく。

 先輩で遊んでやるなよ、天国。
 ご愁傷様です、一宮さん。

 そんなことを内心で呟きながら、何となくカメラを構えた。
 撮るかどうかは分からないが、シャッターチャンスはいつどこでどんな風に訪れるか分からない。
 その為の準備と心構えは何時でもしておくべし。
 梅星にさんざん叩き込まれた、報道部員の精神とやらだ。

 染みついてるなあ、と思いながらも自分の神経が研ぎ澄まされていくのを感じる。
 カメラのレンズを通して覗いた景色は、いつもとは違って見えて。
 ファインダー越しの世界は、ひどく静かだ。
 実際には、周囲の音はそれまでと変わりなく耳に届いている。それなのに、レンズを通してみると世界はふっと静寂に包まれる。
 まるでサイレント・ムービーを観ているかのように。
 そしてその静けさが、何とも言えず新鮮で心地良かった。

 世界を切り取る、それが面白い。

 以前に何となくそれを梅星にこぼしたら、いつになく機嫌よさそうに微笑んで。
 じゃあもっと突き詰めてごらんなさい、と言われた。


「ぐあ、カーブぅぅ!!」

「バーカ」


 一宮が投げたボールは、バシンと小気味良い音を立ててミットに吸い込まれた。
 それをいっそ綺麗に空振った天国が、地団太踏んで悔しがる。
 いくらか変化球に慣れたとは言え、まだまだ要修行らしい。

 あーあー、まだまだ発展途上だな、アイツ。


「うら、もう一球行くぞ!」

「うーす! 次はぶちかましますよ〜」

「言ってろ」


 一宮が、振りかぶる。
 それを見た天国の目が、ぐっと鋭くなった。
 空気が変わる。
 背筋や指先が、ぴりりと痺れた。
 音のない世界で、一つ一つの動きが途惑うほどにハッキリ見える。

 一宮の腕が流れるように動く。
 指先から、ボールが放たれた。
 天国の腕がぴくりと震えた。
 握られたバットが空気を裂く。


「うりゃあああ!!」


 雄叫び。
 きん、と音がした。

 投げられたボールはストレート。
 それに、天国は見事なスイングを見せた。
 ジャストミートで捉えられたボールは、空へ舞い上がるように昇っていく。

 瞬間、沢松は反射的にシャッターを押していた。

 打ち上げたボールを見る天国のその顔が、何だかすごく眩しいものに見えて。
 きらきらした、笑顔。
 こんな顔をするように、出来るようになったんだなあ、と。
 巣立ちを見守る母鳥にも似た心境でそんなことを考えた。


「やべ。まーた1年撮っちまったよ……」


 ま、いっか。

 最近すっかり相棒状態の一眼レフを撫でながら、笑った。
 天国が野球で今までと違う世界を見つけたように、自分はファインダー越しに新たな世界を見つけたのだ。
 さあ、今日もまた。
 踏み出した世界で、前を見据えよう。




END






「こんの……っ、お前! あのボール責任もって捜してこいよな!!」

「えー?! なんでっすかー!!」

「アホみたいに飛ばしたのはお前だろが!」

「ひっで、横暴っすよー」

「……マネージャーに捜さす気かよ」

「!! 行ってきまっす!!」


「……どーにもバカだね、アイツは」


 

 

沢松視点でした。

保護者さん。
勝手に一眼レフ使用。
彼はかなり男前だと思います、よー。



UPDATE 2005/3/6

 

 

 

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