2.何が咲いた?



 種を、もらった。
 久し振りに飲みに行った、あまり繁盛しているとは言い難い居酒屋で。
 たまたま隣りに座った男と何やら話が合ったのだ。
 酔った上での意気投合だった為、残念ながら何を話したのかまでは記憶していないのだけれども。
 それでもやたら話が盛り上がり笑っていたような覚えだけは、かろうじてある。
 それと、もう一つ。


「どーぉお、すっかねー」


 今手のひらの上に転がる、一粒の種。
 それを、貰ったことだ。
 人差し指と親指で摘み上げ、まじまじ眺めてみる。
 一見何の変哲もない、ただの種でしかない。

 あんなことを言われなければ。
 言われたとして、それを覚えていなければ。
 こんなに気にかけることもなく、きっと今ごろはどこかしらに放り投げられていたに違いないのに。
 種をくれた男が、告げた言葉。

 植えてから七日で、アンタの心を反映した花を咲かせるよ。

 なんて。
 笑い話にしろドッキリにしろ、捻りがなさすぎる。つまらない。
 今時子供でもそんな与太話に騙される奴ぁいねえだろう。
 そう、思うのに。
 何故だろうか、鼻で笑って捨ててしまう事が出来ない。
 たった一粒の小さな種が、不思議なほどに重く感じられる。


「んー……」


 ガシガシ、と頭を掻いて。
 二日酔いで重い頭はぐらぐらするし、何だかもう色々思い悩む事が面倒になって来た。
 思考する事を放棄しようとする頭、けれど捨ててしまえない種。
 そうなればすることは一つ。


「植えてみっか」


 呟いて、ふらつく足取りでベランダに出る。
 観葉植物なんて洒落たもの、万事屋にはない。あるわけがない。
 人間様のその日暮らしでさえ精一杯なのだ。植物を愛でるような余裕などありえない。
 しかし。
 ベランダの隅に、元は何が植えられていたのかすらも判断できないような雑草だらけの小さな鉢が置いてあったことを、ふと思い出したのだ。
 おぼろげな記憶では確かではないが、この場所に万事屋を構えてすぐの頃に依頼で貰い受けたものだった…ような気がする。

 記憶通り、ベランダの隅に鉢はちょこんと置かれていた。
 鉢の他にも細々としたものが転がっているが、一時期に比べると随分すっきりした。
 万事屋の雑用こと新八が色々掃除をしたのだろう。
 ともかく今は鉢だ。
 銀時は鉢の前にしゃがみ込むと、生い茂る雑草をぶちぶち抜き始めた。

 全くコイツらはどっから来てここで勝手に繁殖してやがんだっつの。
 人様の敷地で幸せ家族計画万歳ですかコノヤロー。
 とか何とかぼやきながら、大体の雑草を抜き終わった所でもう一度種を眺めた。
 それは目が覚めて最初に眺めた時と変わらない。
 ありふれた、どこにでもありそうな種にしか見えない。


「ま、いっか」


 かつがれたってんなら、それはそれ。
 種を土の中に無造作に押し込み、まあどうせなら綺麗な花の一つも咲きますようにと、拝んでおいた。






「銀さん」


 種を植えた翌日。
 世間一般からすると若干遅めの時間にもそもそと朝食を摂っていると、ふと新八に呼ばれた。

 家事を含む雑用係な新八は、どうやら洗濯をしていたらしい。
 新八は不器用だと言いながらも、家事全般を卒なくこなす。ハウスクリーニング専門業者には流石に敵わないだろうが、それでも生活する分には十分な程にだ。
 新八が万事屋で働くようになってからすぐの頃は、レジ打ちなどではなく家政夫でもやっていた方が良かったんじゃないのかと思ったりもした。

 まあ、銀時も決して不器用ではないのだが、いかんせん面倒くさがりで放置することが多々ある為、正直掃除やら何やらをやってくれるのは助かる。
 時々、雑用係と言うよりむしろお母かお前、という行動が見受けられたりもするのだけれど。


「銀さん、聞いてます?」

「んー」


 再度の呼び掛けに浅漬けをぽりぽりかじりながら片手を上げた。
 口は忙しいから返事はできないけどまあ一応耳は聞いてるよ、と。
 やる気というものが微塵も感じられない銀時の態度にもいい加減慣れている新八は、空になった皿を重ねながら会話を続ける。


「アンタ、ベランダの鉢に何か植えたんですか」

「ああ?」


 新八の言葉に、そう言えば昨日種を植えたんだったな、と思い出した。
 何で知ってんの、と口にする代わりに目を向ければあれだけ雑草散らかしてりゃ気付くに決まってんでしょーが、と答えが返ってきた。
 そう言えば、抜いた後の雑草の事など頭を掠めもしなかった。
 鉢に種を植える、それしか頭になかったから。
 ついでに言えば植えた後はそのまま二度寝に突入してしまったし。(何分も経たないうちにいつまで寝てんだァ! と蹴り起こされたのだが)


「銀さんの持ち物ですからね、どうしようと構わないですけど。どうせ抜くなら雑草捨てといてくださいよ」

「あー、はいはい」


 適当に頷いておくと、新八の目が冷たいものになる。
 コイツ絶対人の話聞いてねえな、と言わんばかりに。
 どうでもいいことではあるが、最近新八が自分に向けてくる目は冷たい、と思う。
 ここに来たばかりの頃は、何を期待しているのかやたらきらきらした目で見上げてきていたハズなのに。
 ここ最近は何やらこう…休日家でゴロゴロしている父親(もしくは旦那でも可)を邪魔そうに見る目というか何というか。

 アレ、それじゃあ俺お父さん?
 ヤダよ結婚もしてねーのに。
 銀さんまだ若ーんだから。
 少年よ? いや心はね。心意気だけはいつまでもね。

 味噌汁をすすりながら悶々と考える。
 ふと気付けば既に新八は目の前から消えていた。
 台所から、恐らく食器を洗っているのだろう水音と、食器同士が擦れ合ってたてるカチャカチャという音が聞こえてくる。
 銀時の前には浅漬けが僅かに残った小鉢がぽつんと残されているだけだ。
 後は、今手にしている味噌汁のお椀と。

 何というか、無言の圧力を感じる。
 さっさと食えよ片付かねーんだよ、という。
 味噌汁を飲み干し、浅漬けの残りを口の中に放り込むと、空になった食器を手に立ち上がった。


「ごっそーさんでした」


 台所に行き、食器を流しに置きながら言う。
 言われた新八はいつも通りの顔でお粗末様でした、と返してきた。
 口うるさくはあるけれど、一つのことを長々引きずらないのは助かる。
 まあ給料と寺門通関係以外では、という注釈がつくのだけれど。

 腹ごしらえもしたところだし、今のところ依頼が来る気配もなし。
 ソファでジャンプでも読みながらまったりするかと考えながら台所を出ようとすると、背中に声がかけられた。


「何植えたのか知りませんけど、芽が出てましたよ。水でもあげたらどうですか」

「……え」


 もう芽ぇ出たの? マジで? 
 早くない?

 と、思いはしたもののそれを新八に問うた所で答えは返ってこないだろうから。(返ってくるとして呆れたような顔と声で棘混じりの言葉なんだろうと思う)
 銀時は何とも言えない顔で、がしがしと頭をかきながらベランダへ向かった。




「……おお、マジだ」


 昨日種を植えた場所に、瑞々しい緑が顔を出している。
 植物の事などてんで分からない銀時には、この小さな芽だけではこれが何なのかはよく分からないのだけれど。
 土の中から顔を覗かせているその芽は、種と同様何の変哲もないただの草にしか見えなかった。


「つーかなんっで俺もわざわざ見に来てんだかなぁ」


 踊らされてる、と思わず苦笑する。
 何となく嬉しくなったような気分がするのがまた、自分らしくないというか何というか。
 それでも、悪い気はせずに。
 銀時は笑う代わりにふっと息を吐きながら、指先でその小さな芽を突ついた。





 その日から、芽は順調に育った。
 葉が増え、茎を伸ばし、五日目には蕾をつけた。
 今日は、六日目。
 男の話が真実なら、明日が花の咲く日だ。
 銀時の心を反映した、花が。

 新八は今日は家に帰った。
 見たいドラマも終わった神楽は、押し入れに引っ込んでいる。
 定春も事務所のソファに静かに伏せていた。
 銀時は一人、ベランダにいた。

 端が僅かに欠けた月が、天頂に差し掛かろうとしている。限りなく新円に近い月は、光が強い。
 それでなくとも眠らない街と言われるこの界隈は、電飾に照らされて明るいというのに。

 風に吹かれ月明かりに照らされ、蕾がさやさやと揺れる。
 それは決して大きくない。
 軽く片手で握り潰してしまえるほどの大きさだ。
 だがそもそも、本当に蕾をつけたこと自体が意外だった。
 どんな花が咲くのか。
 閉じたままの蕾からその姿を予想することは、銀時には不可能な芸当だった。


「うっかり育ててるし……何なの、俺」


 がくりと肩を落としながら、呟く。
 興味の薄い顔をしながら、それでも日に一度は様子を見に足を運んで来てしまっていたりして。
 水ぐらい自分でやってくださいよと押しつけられたじょうろを使って水をあげてみたりなぞして。(じょうろなんてあったのかと問えば下の店のものだと言われた。知らんうちに水遣りを頼まれていたらしい)

 何が、咲くのか。
 蕾を見やりながら、ぼんやり考える。
 第一本当に、花など咲くのだろうか。
 自分が、咲かせることが出来るのだろうか。
 これが本当に、己の心を反映した花を咲かせるものだとして、という大前提の元にだが。


「食人花とか咲かねーだろうなぁ……」


 呟きながら、再度蕾を指で突ついてみる。
 突つかれるまま、ゆらゆらと揺れて。
 その様を眺めながら、あーとかうーとか唸った。

 つーか何で花如きにこんなに振り回されてんだ。
 チクショーなんか段々腹立ってきたなぁ、オイ。

 頭をかいて、息を吐いて。

 それから。





 七日目。
 相変わらず日が高くなってから起き出した銀時は、欠伸混じりに朝食を摂っていた。
 昨夜遅くまで起きていたせいか、今日はなかなか起きられなかった。
 新八辺りに言わせるといつもだろ、とでも返ってきそうだが。
 銀時よりも若干早めに起きた神楽は、定春の散歩に出かけていった。

 雑務という名の家事が一段落したらしい新八は、銀時の向かいに座って茶を飲んでいる。
 アイドル好きだし性格もごくごく普通なのだが、嗜好がどこかしら年寄りじみてんだよなあ、と。口に出すと怒られるのでこっそり思っているだけだったり。

 まあ好みは人それぞれのもんだしね。コイツも甘いモン好きだったらどさくさに紛れて甘味摂取量もっとあったかもなー、とか考えないでもないけどね。
 新八に聞かれたら駄目大人一直線だなアンタ、とでも手厳しく言われそうなことを考えながら、沢庵を口に運ぶ。


「そう言えば銀さん」

「あー?」

「ベランダの花、何が咲いたんですか?」


 一瞬、箸が止まった。
 洗濯だ掃除だと万事屋内を細々動き回っている新八のことだ。
 ベランダの鉢の様子もそれとなく目にしていたのだろう。
 恐らく、それを気にしている銀時の様子にも気付いていたに違いない。


「……知らね」


 刹那、動きを止めた銀時だったが。
 すぐにいつも通りのけだるげな顔に戻ると、ぼそりと言い放った。
 新八はその言葉に驚いた様に瞬きすると、首を傾げる。


「見てないんですか?」

「うん。抜いちまったし」

「抜いたァ?」


 今度こそ目を丸くする新八に、もう言うべきことは言ったとばかりに朝食を再開させる。
 そうなるとここで話は終わりなのだと悟った新八も、それ以上何かを言い募ることはせず。

 それでも新八の唇があれだけ育ててたのに、と動くのをしっかり見てしまう。
 オメーが育ててたわけじゃあねーだろうがよ、と呆れて、それから。


「やっぱアレだよな。どーせ育てるんなら食えるモンがいーよな」


 ついでに言えば元手も手間もかからんやつな。
 言えば、新八は冷たい目を隠そうともせず銀時に向けてくる。


「相変わらず情緒も何もあったもんじゃないですねアンタ」

「バッカ、んなもんあっても腹の足しにもなんねーだろが」

「仮にも思春期の女のコが住んでんですから、もう少し情操教育ってのに気を遣ってくださいよ」

「酢こんぶ娘が花で喜ぶかっつの」


 煮物をつまみながらそう言えば、新八が厭そうに眉間に皺を寄せた。
 うわぁヤな大人、とでも言いたげに。
 いや恐らく心中では確実にそう言っているのだろう。


「アイツなら大根育てて沢庵作ってやった方がよっぽど喜ぶね。その方が生産的だし」

「大根があんな鉢で育てられるかァ!」


 アホかアンタ、農家の人に謝って来い! と声を荒げる新八に、しかし銀時はやれやれと肩を竦めて。


「オメー、知らねーな? アスファルトの割れ目で育って人々の心を勇気付けた大根がよぉ……」

「ニュース見てないんですか、折られましたよその大根」

「え、うっそマジで?」


 知らんかったどーしよう何気にショックなんだけど。
 ぶつぶつ呟く銀時に、新八は溜め息を吐く。
 呆れと諦めが入り混じった音に、それでも嫌悪感はない。
 せいぜいがしょうがないなあこの人は、ぐらいだ。

 新八はそれ以上花のことも大根のことも言及するつもりはないらしく、茶を飲み終えると立ち上がった。
 何をするのかと思えば、食器を片付けることにしたらしい。
 空になった皿を重ね出した。
 別段何を言ってくるわけでもないけれど、やはりそこに含まれている気がする無言の圧力。
 早く食えよな、という雰囲気に圧され銀時は口を噤みもくもくと箸を進めた。

 台所に向かう新八の背を見ながら、ぽつりと口にする。




「何が咲いたかなんてよお、人生の終わりにでも分かりゃいーもんだろ」




 声が届いたのか、新八が足を止めた。
 けれどぼそぼそとした声音の内容までは聞きとることが出来なかったらしく、首を傾げて聞いてくる。


「何ですか、銀さん」

「……んにゃ、何でもねー。つうか新ちゃん、銀さんにお茶は?」

「食べ終わったら淹れますよ。ダラダラしてないでシャキッとしてくださいね」

「おー」


 まあ、努力だけはしてみるわ。
 やる気皆無で返事をし、ひらひら手を振る。

 そんなこんなの、日常。



END

 

 

目指せ世にも奇妙な物語。
というわけで銀さんと不思議花でした。

飄々として掴みどころのない銀さんは書きずらそうだなーとか思ってましたが、
意外と書けました。
惜しむらくは神楽ちゃんが出せなんだことです。


UPDATE 2006/04/08(土)

 

 

 

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