11.「ありがとう。」本当の気持ちです。 探している本は、どうしても見つからなかった。 あと1冊、それで揃うというのに。 立ち寄ったグランコクマの書店は流石首都ということもあってかなかなかに大きく、ここならばと期待して入ったのだが。 結局、ルークは肩を落として店を出てくることになった。 仲間はそれぞれに街に散っている。 これからどうしようかと考えて、ふとそういえばここの軍施設にはジェイドの執務室があったことに思い当たった。 今まではどうにか自力で探し出して来れたのだが、どうにも進退極まってしまった感がある。 もうここまで来たら直接この本のことを教えてくれた本人に聞いてみた方が早いのではないだろうか。(直接、と言っても面と向かってではなかったのだが) そうだそうしよう、と半ば開き直りに近い心境で軍基地を訪れたルークに声をかけてきたのは、意外なことにというかアニスだった。 「あれぇ、ルークどうしたの?」 「アニスこそ、何やってんだ」 「あのねー、こっちが先に聞いたんだから……まあいいや、フローリアンに手紙書こうと思ってね。そしたら封筒切らしちゃってたから、大佐に貰いにきたんだー」 「へえ……マメだな、アニスは」 「導師守護役には強さと知識と細やかな心遣いが必要なのですっ」 感心するルークに、アニスは腰に手を当ててポーズを決める。 狡賢さと守銭奴もそこに加わってる気がするけどな、とこっそり思いはしたものの、口にすると恐ろしいので黙っておく。 少し前に、この旅で危険察知能力は確実に上がったなあ、とガイがしみじみと零していたのを何故か思い出していた。 「で、ルークは? ルークこそ何でこんなトコにいるワケ?」 「ジェイドにちょっと聞きたいことがあってさ」 「大佐に? 執務室にいたけど……」 アニスの言葉が、途切れる。 邪魔をしたのはルークの腹の虫だった。 盛大にかつ豪快に鳴り響いた音に、ルークは暫し絶句して立ち尽くす。 数瞬置いてから、羞恥が襲ってきて顔に熱が集まるのを感じた。 何を言えばいいのか分からず、かと言ってここから逃げ出すのも不自然で。 先に口を開いたのは、アニスだった。 「すっごい自己主張してるけど、お腹の虫」 「わ、分かってるよっ」 改めて口にされると恥ずかしい。 だが誤魔化しようもない程に鳴り響いてしまったので否定も出来ず、ルークはただ頷くしかなかった。 そういえば時間も忘れてうろついていたが、太陽が随分高い位置にあることを見るともう昼時なのだろう。 腹の虫も自己主張したことだし。 と、アニスが何かを思いついたようにぱちんと手を叩いた。 それからルークの手をがしりと掴むと、何処へ向かうのかずんずんと歩き出す。 有無を言わさぬ行動に圧され流され、アニスに導かれるまま歩き出してしまったルークだが。 我に返り、慌ててアニスに問い質した。 「な、オイどこ行くんだよアニス!」 「そういえば今日ってルークなんだよね、食事当番」 「あ、ああ……順番で言えばそうだけど……」 食事当番は平等に皆で受け持っている。 アニスの言う通り、順番で言えば確かに今日はルークが料理するはずだった。 だが、今日はグランコクマで宿を取ることに決まった。 野営とは違い宿に泊まれるとなれば食事も勿論そこで、だ。 つまり食事当番は次に持ち越されることになる。 アニスが何を言いたいのかが全く分からず、ルークは目を白黒させていた。 そこに、追い討ちをかけるようにアニスが言う。 「じゃ、作ってよ。私もまだだったんだよね、お昼」 「……へっ?」 アニスに連れられて来たのは、軍の食堂だった。 2人はその片隅で、チキンサンドとホットケーキを口にしていた。 流石に本格的なものを調理するまでには至らなかったのだが、あのジェイドの仲間ということもあってかキッチンの隅を少し借りる事が出来たのだ。 そこでルークはチキンサンドを、アニスはホットケーキをそれぞれ料理したというわけだ。 ちなみに作ったものをそれぞれで半分ずつ食べていたりする。 「ったく、いきなり何するのかと思ったら……」 普通人を強引に引っ張ってくるかぁ? と呆れ顔で言えば、アニスは肩を竦めて。 「だってルーク、急ぎじゃなさそうだったしさ。一人で食べる食事って味気ないでしょ? アニスちゃんが付き合ってあげようじゃない」 「よく言うよ。ま、アニスの作る飯って上手いからいいけどさ」 「褒めても何も出ないよー」 軽口を叩きながら、けれど確かに一人で食べるよりかはいいかなと考えた。 最近では皆と肩を並べて食事をするのが常だっただけに、余計にそう思うのかもしれない。 「そういえば、前から思ってたんだけど」 「んん?」 「アッシュも言ってたけど、ルークは総長のことなんでいつまでも師匠って呼ぶの?」 突然変えられた話題に、ルークは目を丸くする。 口の中にはチキンサンドが入っていたから、咀嚼しながら首を傾げてみせた。 質問の意味がよく分からないんだけど、と。 ホットケーキを切り分けていたアニスは、だからぁ、と繰り返し言う。 「こう言っちゃ何だけど……ルークは総長に裏切られてたわけでしょ。酷い事もいっぱい言われたし。なのになんで、ずっと師匠って敬称で呼んでるのかなって」 言い辛そうに眉を寄せ、視線を落とすアニスを見ながら、ルークは質問の意味を反芻するように数回瞬きをして。 口の中のチキンサンドを飲み込んでから、再度首を傾げた。 「別におかしくないだろ。アニスだって総長って呼び方、変わってないじゃんか」 「だーもう! 私とルークじゃ総長に対する思いが全然違うじゃない!」 鈍い鈍い鈍すぎる、と早口で呟きながら頭を抱えるアニスによく口が回るよなあ、なんて見当違いのことを思わず考えてしまう。 とりあえず手持ち無沙汰に手に持っていたチキンサンドの残りに齧りついていると、アニスがどん、と机に拳を置いた。 叩きつけたわけではなかったのでそう大きな音は立たなかったが、急に発せられた音にはやはり驚く。 ぴくりと肩を震わせたルークに、アニスは何だか拗ねたような泣きたいような励ましたいような、色々な感情がごちゃ混ぜになった目を向けてきた。 「アニス……?」 「信じてたのに裏切られて、何で怒んないの……?」 「怒る……」 「理想とか事情とか、そりゃ抱えてるかもしれない。でも、裏切られたのには変わらないじゃない。それに対して、何でルークは怒んないの?」 言われた言葉を、ゆっくり考える。 怒る、ともう一度口の中で呟いてみた。 そうか、そういう選択肢もあったのか、と。 今更ながらに気付かされた。 裏切られた、騙された、それに怒って復讐を誓う、そういう道もあったのだ。 けれどそんなこと、考えつきもしなかった。 必要とされなかった、それが哀しく絶望したというのも理由として大きいところだが。 それより何より。 自分は、多分、きっと。 ルークが考え込み、二人の間に暫し沈黙が落ちる。 アニスの目を見つめ返して、ふと気付く。 裏切られたと怒り詰られ、そうされたかった部分もきっとあったのだろう、と。誰あろう、イオンに。 けれどイオンはそうすることはなかった。消えてしまったから。 いや、もし消えていなかったとしても、イオンはアニスを責め詰ったりはしなかったに違いない。 あの後は障気の問題だのレプリカのことだのアリエッタとの決闘がどうのと、次々に事が起こってゆっくり考える暇もあまりなかった。 ルークはゆっくり息を吸い、すうと吐いた。 アニスが何を望んでいるのかは分からない。 だからせめて、自分の正直な思いを語ろうと決意して。 「そりゃやっぱ、ショックだったよ。尊敬してたし、師匠を疑ったことなんて、一度もなかったし」 「じゃあ……」 「でも俺、今でもさ。師匠には感謝してたり、するんだ」 「感謝?」 「うん。俺に剣を教えてくれたし。全部じゃなかったかもしれないけど、外の世界のことも話してくれたりもしたし」 師匠が時々邸に来てくれたから、軟禁生活でも耐えられてたってのはやっぱりあるから。 実戦で使うことはないだろうと思っていた剣の腕も、今までルークが生き残れるように支えてくれた。 たとえ真実がどうあれ、それは事実で変わりようがない。 尊敬して、憧れた。 その事実を今から過去に立ち戻って消すことは出来ない。 「そういう時間を消せないから、俺は師匠に感謝してるし、とんでもないことをやろうとしてるって分かっても、師匠って呼んじまうんだよな」 アッシュ辺りにこれを聞かれればまたどやされそうだけど。 肩を竦めながら苦笑すれば、アニスはぱちぱちと瞬きをして。 それが、何だか夢から覚めたかのような顔に見えた。 「……そっか」 暫しの沈黙の後、アニスがぽつりと言った。 そこに含まれた、理解はしたけど納得はしていない、とでも言いたげな音にルークは小さく笑う。 「ま、皆が皆俺みたいに考えられるわけじゃないんだろうけどさ。千差万別十人十色、ってな。同じ状況に置かれても色々な意見はあると思うよ」 「……ルーク、四字熟語使いたいだけでしょ」 じろり、と音がしそうな目を向けられ思わずたじろいだ。 というのもまあ、アニスの言葉がまごうことなく事実だったからだ。 「う、何故ばれる」 「一緒に旅してればどんな本読んでるのかぐらいばれますよーだ。あのねぇ、それ逆に頭悪く見えるからやめた方がいいと思うよ」 「なにっ、マジか!」 「うん、マジもマジ。言葉覚えたての子供ってカンジ。ってかルークはまだ子供か」 「こここ、子供って言うな子供って! 俺のが年上だっつの!」 「見た目はねー。でもホラ、生きてきた年数は私のがお姉さんだもん」 「っかー、ムッカつく!!!」 声を裏返らせて、ばりばりと頭を掻き毟った。 アニスに限らずだが、同行している女性陣にはどうにも口で勝てる気がしない。 まあそんなことを言い出したら女性陣どころかジェイドは勿論のことガイにも、下手したらミュウにまで負けることがあるのだが。(まあミュウの場合はルークを言い負かそうという気はないのだが) 悔しがりながらも、いつも通りの応酬にアニスの調子も戻ってきたようだと安堵した。 皿の上に残っていたチキンサンドを口の中に放り込み、ごっそーさんと席を立つ。 「じゃあ俺、そろそろ行くわ」 「うん。あ、ルーク!」 「ん?」 「あのね……ありがとっ」 「……うん。どういたしまして」 はにかみながらのアニスの言葉に、笑顔で返す。 ありがとう、は優しい言葉だ。 言っても言われても、胸の中がほっこり暖かくなる。 優しくて、それでいて強い言葉。 憂いが皆無なわけではないけれど。 大丈夫、まだ歩ける。 歩ける限りは先へ進む。 そう決めた。 だから、立ち止まらない。 ……師匠にも、ちゃんと。 もう一度、言えたらいい。 ありがとうございます、と。 次にまみえる時は、最後なのだろうと。 予感というにはあまりに強い確信はあるけれど。 それでもルークは、心からそう思った。 END |
PLCファンタジーお題10「消えかけた記憶を呼び戻す」 からの続きです。 単品でも読めるように書いたつもりですが、 冒頭部分はむっちゃ続きになってしまいました…… アニスとルーク。 この2人の応酬だと兄と妹、より姉と弟っぽいかなー、と。 掛け合いを書くのが楽しかったです。 時間軸設定としては、グランコクマでアッシュと会ったすぐ後くらい。 どうでもいい設定ですが、うちのルークはサンドイッチが得意料理。 何故ならゲーム中で1番最初に三ツ星獲得したので(笑) UPDATE 2006/06/12(月) |