10.傷つけたのは大事だから。キスしたのは大好きだから。 「なァ、近親相姦で一番多い組み合わせは姉と弟ってパターンなんだってなァ」 唐突な言葉に、新八はぱちりと目を瞬き。 それからすぐに、嫌そうに顔を歪めた。 「いきなり何を言い出すのかと思ったら……」 「別にお前ェと姐さんがそうだとは言ってねーだろィ」 「んな事言い出したら殴ってますよ。相変わらずロクでもないこと言いますよねアンタ」 多分姉上の耳に入ったら殴るどころか四分の三殺しでしょうけど。 溜め息をつく新八を、沖田は黙って凝視する。 その表情も、声音も、いつも通りのものだ。けれど。 沖田は何の前触れもなくすいと手を伸ばし、新八の襟元を掴んだ。 「ちょ、何……」 「けどお前ェは、あのお人が好きなんだよなァ」 掴んだ手に力を込めて、引く。 虚を突かれたのだろう新八の体が傾いで、沖田に肩を預けるような格好になった。 間近になった黒い瞳を覗き込む。 そこには驚きと困惑が在った。 新八の動揺が手に取るように伝わってくる。 近すぎる距離にもそうだが、何より沖田の言葉に。 「なに、言って」 「気付いてねぇよ、俺以外はな」 わざと声のトーンを落として言えば、新八の肩が震えた。 「お前さんにしちゃ、随分巧く隠してるよなァ。そんだけ年季が入ってるっつーことか」 足元でじゃり、と音がした。 新八が近付き過ぎている体を離そうとしたらしい。 けれど沖田の手はそれを許す筈もなく。 襟を掴んでいる手を僅かに捻れば、緊張したように息を呑むのが分かった。 「叶うハズもねぇ想いを抱き続けて、けど肉親だから言えるハズもねぇ、離れることもできねぇ。たとえ離れたとして、血の繋がりってもんからは逃れられやしねぇしなァ」 投げつける言葉に、新八の心が抉られていくのが見えるような気がした。 覗く瞳に浮かぶ、困惑と絶望、そして嫌悪。徐々に浮かんでくる、怒り。 「なァ」 新八の体は、小刻みに震えていた。 その震えが怒りからかどうかまでは、沖田には分からなかった。 体の脇に垂らされた手、指が白くなるほどに強く固く握られた拳。 震えるそれにちらりと目をやり、更に顔を近づけた。 吐息が触れるほど、近く。 「いっその事、言ってみちゃァどうでィ。何だかんだで女ってのは好かれることに喜ぶ生き物だからよォ」 唇の端を上げ、残酷な言葉を吐いた。 嘲笑った角度はそのままに、唇を重ねる。 目は伏せないままだ。 何が起こったのか理解出来ないでいるのだろう、新八は動かない。 薄く開いた唇の隙間から舌を出し、新八の唇の表面をなぞった。 ひたり、微かな水音が鳴る。 瞬間。 これ以上ない程に大きく、新八の目が見開かれて。 掴んでいた手を乱暴に振り払われた。 そして。 「……痛ぇなァ、オイ。警察に手ぇ上げるたァどういう」 「うるさいっ!!」 殴られていた。 震える腕にはロクな力が入っていなかったが、流石に拳で殴られれば効く。 倒れ込みはしなかったが、軽くたたらを踏んだ。 おそらくは赤くなっているだろう頬を押さえながら、それでもいつもの飄々とした姿勢は崩さず悪態を吐けば、言い終える前に怒声が返された。 「正しくないなんて自分でも分かってる、だから一生言うつもりなんてない、これからもずっと!」 泣き出しそうに顔を歪めた新八が、震える声で言う。 実際その目には涙が溜まっていた。 今まで聞いた事のない、声だった。 不安と混乱に彩られ、まるで悲鳴のような。 「なのに、なんでっ」 溜まっていた涙が、ついに頬を伝い落ちる。 一度堰を切ったそれは、次々と溢れ出した。 ぼろり、ぼろりと。 音が聞こえてきそうだなァ。 流れる涙を無表情で眺めながら、そんなことを考えた。 「なんで、暴かれた上にっ、こんな辱めを受けなきゃならないんだ……ッ」 沖田を睨む新八の目は、怒りに染め上げられていた。 けれど視線が絡んだのは一瞬。 新八は服の袖で乱暴に唇を拭い、走り去っていた。 追うこともせず呼び止めることもなくその背を見送って、遂に視界から消え去った所で息を吐く。 沖田にしては珍しい、消え入るような溜め息だった。 「隠してたものに気付く程、見てたっつーことなんだがなァ」 疵でも付けなきゃ、きっとこちらを向いてはもらえない。 だって彼には、大事なものも譲れないものも、もう既に沢山あって。 個性もインパクトも強過ぎる奴らがひしめいている中で、自分が彼の中でどれだけの位置にいるかなど分からなかった。 ただ分かるのは、特別でも唯一でもないという事だけ。 どんな想いでも立場でもいい、自分の存在を知らしめたかった。 その中でも手っ取り早く、かつ強い感情だったから怒りを選んだ。 ただそれだけのことだった。 なのに何故。 「あー痛え。口ん中切れてんじゃねえかチクショー」 口の中に溜まった血を吐き、頬を擦った。 未だ痛みを訴えるのに、忌々しげに舌打ちをする。 狙い通りに行った、その筈だ。 新八の中には強く深く沖田の存在が刻み込まれただろう。 刻まれた疵は疼き、その度に新八は沖田を思い出す。 思惑通りだ。上手く行った。 それなのに。 気分は、晴れなかった。 口の中に広がり残る血の味と匂いのように、胸の内が不快にざわついている。 「こうでもしなきゃ、俺の事なんざ見もしねーだろィ」 呟いた声は、常の沖田らしからぬ小さなもので。 痛む頬を押さえながら、何気なく新八が去った方向に目を向けていた。 その背が見えないのは当然だ。見えなくなるまで見送っていたのだから。 分かっていながら、それでも尚。 新八の姿が見えないことが、気に入らなかった。 「……あんな真似、惚れてる奴以外にゃしねえよ」 間近で見た瞳。重ねた唇。 傷つけたのは、自分を見て欲しかったから。 キスしたのは、好きだから。 ただ、それだけ。 それだけの事だったのだ、と。 告げたなら、信じてもらえるだろうか。 じくり、痛んだのは頬か心か。 ぼんやりと新八の泣き顔を思い出しながら、ふと。 ああ俺はあの涙を拭いたかったのか、と。 今更のように、気付いた。 END |
沖→新→妙でした。 続いてみたりします。 しっかしちゅーしてるのに全然ドキドキしない話… あああ、名誉挽回したいッ。 けど続きの話じゃ無理だ。 撃沈。 UPDATE 2007/5/3(木) |