1.あるいは蜜の味




 捕らわれたのは、きっとどちらもが。

 それすら今なら、笑って言える。



 目が覚めて、御柳は自分の腕の中にいる天国をただ見つめていた。
 伏せられた目と、半開きの唇と。
 子供のような寝顔に、微笑する。
 額に掛かる髪を払ってやれば、天国が小さく身じろいだ。
 瞬間、御柳の指がぴくりと震える。
 天国が身動ぎした拍子に、その首筋が露になったからだ。

 眠る天国の首に、くっきり残る紫色の痣。
 指の、痕。
 他でもない御柳が残した。



 あの時。
 御柳は確かに殺意を持って天国の首を絞めた。
 天国は抵抗するでもなく、ただ御柳の顔を静かに見つめたままで。

 告げたのなら、天国はどんな顔をするだろう。
 何を思い、何を言っただろう。
 天国が御柳を繋ぎ止めておきたいと言った、その時に。
 どうしようもない歓喜に襲われたなんて。

 自分ばかりが天国を繋いでいるのだと、そう思っていた。
 けれど、そうではないのだと。
 それを聞いた瞬間に、どうしようもなく嬉しくなった。
 そうして、もうここで終わってしまおうかと思った。
 エゴだらけの感情で。

 もう、これ以上なんてないと思ったから。
 求めて、求められて。
 繋いで、繋がれて。
 それが感じられた今ならもう、終わっていいじゃないかと。
 時が流れて、この感情が移り変わって行くのを見るよりかずっと、幸せなんじゃないかと。
 そう、思った。

 だから、御柳は天国の首を絞めた。
 現実に戻ってきた天国を繋ぎ止めておく術を、それ以外に思い付かなかったからだ。
 けれど。


 お前が 好き だよ


 首を絞められて、苦しくないはずはないのに。
 天国は、ふっと笑って。
 ぽつりと、言ったのだ。

 好き。
 その言葉一つで、天国は御柳の力を抜いてしまった。
 御柳はそれ以上天国の首を絞めることが出来なかった。
 咳き込む天国を呆然と見ながら、御柳は覚悟していた。
 天国が、己の元から去って行くことを。



 けれど、あの日から数日経った今も。
 天国は変わらず御柳と共にいる。
 正気を取り戻す前と同じように、この部屋から出ようとしなかった。
 漫画を読んだり、ゲームをしたり、時には御柳にキスしてみたり。
 休日を楽しむように、この部屋で過ごしている。
 昨夜など、お前そろそろ学校行けば、などと言い出した。

 俺と違って野球、まだやれんだしさ。
 お前のホームラン、俺結構好きだし。
 やめんなよ。行けよ。

 困惑する御柳に天国は少し怒ったような調子で言って。
 それから最後に付け加えた。

 俺は、お前をここで待ってっから。

 淋しそうに目を眇めながら言った天国を抱きしめて。
 まるで迷子の子供が寄り添い合うように、眠りについた。
 体温を分け合うように。
 どこにも行かないから、その言葉を肌で確かめ合うように。


 多分、きっと。
 この関係はマトモじゃないだろう。
 お互いを縛りつけて、繋げ合って。
 この先に何があるのか、どうなるのか、そんなもの分からない。
 だけど、そんなのどんな健全な関係にある奴らだって同じことだ。
 だったら、俺は俺の思うようにする。
 天国だってきっと、同じことを言うだろう。

 先に待ってるのが、例えば破滅と終わりしかないのだとしても。
 なあ、天国。
 俺はお前と一緒にいられるのを望むかんな。
 お前と一緒なら、どうなっても悪くねーって。
 そう思ってっから。



 だけど、今は。
 今この時、寄り添いあっていられる今は。

 誰が何て言おうと確かに。


 蜜のような、味がする。




END

 

 

ムック「四角い部屋の隅で 孤独に震え」、
cali≠gari「行き先は不明のままで」、
ムック「もう二度と戻れないなら もう二度と戻れないから」
から続きましたバトミス後設定話。
cali≠gari「あるいは蜜の味」
をお送りしました。
完結です。

お題消化みたいな連載になりましたが、
最初に思いついたのは2作目でした。
じゃあここに至るまではどうだろう、と1作目を書き。
じゃあこの後は、と三作目を書き。
更に勢いに任せてこの話へと至りました。
金沢は基本的にハッピーエンド好きです。
三作目で終わっても良かったのですが、
悲恋好きの方は三作目をラストにしてください(ぇー)


UPDATE 2005/11/01(火)

 

 

 

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