Bonus Track.友達はいかがですか?





 そういえば。


 時間帯は、昼飯時を少し過ぎた辺り。
 自宅の庭で洗濯物を取り込んでいた、その最中に。
 ふと、思った。

 僕って年の近い友達、そんなにいないなあ、と。
 何故唐突にそんなことを考えたのか、自分でも分からない。
 けれど一度考え出せば、思考はずぶずぶとそれに飲まれていく。

 今の仕事に就いてからは、年の近いどころか大分離れた年上とばかり知り合う機会が多いし。(仕事柄仕方ないのだけれど)
 その前の、アルバイトを転々としていた時期は日々の生活で手一杯で、誰かと親しくなるような余裕はなかったし。(まあこの場合も年の近い人間はほとんどいなかった気がする)
 更に前、父親が生きていた頃は。
 寺子屋に通っていた頃には同じ年の子と付き合う機会も多々あり、実際数人と仲良くなりもした。けれど、程なくして寺子屋に通うことが出来なくなり、自然友人たちとの距離も疎遠になってしまった。
 それより前になると、小さかった為あまり覚えてはいないのだけれど、どちらかと言えば大人しめな性格の新八は誰かと特別に親しくなることもなく。
 それどころか、ほとんど姉の傍にいたような記憶しかない。(それ故に時折理不尽なことに付き合わされたりもしたのだが)

 そう考えると寺門通親衛隊の面々は年が近い面子が多いのだが。
 あれは友人というより同士、もしくは戦友に近いものだと考えている。
 親衛隊隊長モードがオンになると、スイッチが入ってしまうらしくいつもの自分に比べると言動が三割増ぐらいで鋭くなってしまうし。(かと言って別人という訳では決してなく、ただ単にオンオフの使い分けだ)
 つまり。

 僕って年の近い友達とか、ほとんどいないってこと?


「うわぁ……」


 思い至った考えに、思わず溜め息とも唸りともつかぬ声が洩れた。
 何だかそれって、すごく淋しい人みたいじゃないか、と。
 あの銀時でさえ、桂や坂本と言った同期らしき友人がいるというのに。


「なーに難しい顔してるんでィ」

「う、わあ!」


 こめかみに指を当てて考え込んでいると、不意に背後から声。
 それも離れた場所、ではなく耳元で、だ。
 吐息と音が耳を掠めて、驚きに目を瞠り声を上げていた。
 声の持ち主は分かっている。
 その独特の喋り方、そしてもう耳慣れてしまった、声音。


「いきなり人の耳元で喋らないでくださいよっ、沖田さん!」

「ちょっとしたスキンシップだろうがよ。それに俺ァちゃんと呼んだんだぜィ?」

「え、そうなんですか?」


 考えに没頭していたから呼び声に気付かなかったのか。
 それなら悪いことをしたと謝りかけた時。


「心ん中でな」

「聞こえるかそんなもんん!!」


 つまりは呼んでなかったってことじゃねぇかァァァ!
 しれっとした顔の沖田に、びしりとツッコミを入れる。
 結構な声量で怒鳴った為に軽く息が弾んでいる新八とは対称的に、沖田の顔は涼しげだ。
 暫しぶつぶつと文句を言っていた新八だったが、一つ息を吐くと気を取り直して沖田に話を振った。


「それで、どうかしたんですか?」

「ここは存外昼寝がしやすいんでねェ。つーわけで、団子で懐柔されろや」

「うわ、脅しだ。脅してるよ仮にも警察が」

「邪魔するぜィ」


 新八の手に半ば無理矢理包みを押し付け、遠慮なくあがりこむ。
 勝手知ったる他人の家、状態の背中を見て思わず苦笑した。
 こうなってしまったからには何を言ってもしても無駄なことは今までの経験から学んでいる。
 まあ団子も貰っちゃったしな、と考えて。それから一応、沖田が抜けたことで苦労を被る隊士に心の中で謝っておいた。

 昼寝が、などと言った割に沖田は卓の前で座っている。
 彼が何を待っているか、言葉にされずとも分かってしまう。
 それ程には、沖田は新八の元を訪ねていた。
 少し待っててくださいね、と言い置き台所へ向かう。
 歩きながら、適応してるなあ自分、と何だかおかしくなって小さく噴き出した。




 二人分の茶と、貰った団子を皿に乗せて戻ってきてみれば沖田は何やら携帯を弄っていた。
 頬杖をついて、ひどくつまらなそうな顔に見える。


「お待たせしました。…ていうか、仕事いいんですか、ホントに」

「メールしたから平気じゃねえかィ。死ね土方、ってな」

「いやそれ平気どころか火に油なんじゃ……」

「ずんだ、いただきでィ」


 団子に手を伸ばす沖田は、それ以上話を聞くつもりはなさそうで。
 説教は自分の役割じゃないし、何だかんだでやる時はやる人間だと聞いている。
 新八自信も、その剣の腕は数回だが見たことがある。年若くして隊長の名を背負っているのが伊達ではない、その強さを。
 ここで仕事をさぼっているということは、大きな事件はないのだろう。
 無粋なことを言うのも何だし、と新八も団子を頂くことにした。

 みたらしを一本手に取り、ぱくりと齧りつく。
 程よい甘味が口の中に広がり、思わず口元が綻ぶ。
 糖尿寸前の上司ほどではないけれど、そこそこ甘いものは好きだ。
 姉の嗜好に影響されているのも、多少あるかもしれない。


「携帯、持つ予定とかはねーのかィ?」

「うーん、今の所はないです。あれば便利なんだろうなあとは思いますけどね。なくても生活できますし」

「ふーん」

「それに、持っても使いこなせるかどうか……機械苦手なんですよ、僕」


 バイト先でもレジが覚えられなくて苦労した。
 苦笑いする新八にちらりと視線を寄越し、沖田は何やら携帯を弄り続けている。
 みたらしを食べながらそれを見るともなしに眺めていると、不意に新八の顔の前に携帯が翳された。
 丁度背面が新八の方を向いている。

 沖田の行動の真意が分からずきょとんとしていると、ややあって携帯からカシャ、と音がした。
 カメラのシャッターを切るような音だなあ、なんて考えていると沖田がずんだを咥えながら新八を手招く。
 招かれるまま、新八は沖田のすぐ隣りに移動した。


「何ですか?」

「ケータイ、見てみろって」

「え、あれ、これ今……」


 覗きこんだ画面には、つい今しがたの新八が写り込んでいた。
 謎の音はそのままシャッター音で正しかったらしい。


「色んな機能があるんですねえ」

「休憩代に少し触らせてやらァ。弄っていいぜィ」

「でもこれ、仕事に使っているんでしょう? 僕みたいな一般人が見たらマズイんじゃないですか」

「ああ、俺ァ基本仕事関係者からの着信は拒否してっから平気だろィ」

「ってそれ持ってる意味あるんすか」

「細かいこと気にすんな。ここ押すとカメラモードになるぜ」


 細かくない、細かくないから!
 いいのかアンタ一応幹部だろ。

 と、思いはしたものの目新しい物への好奇心の方が勝った。
 手渡されたそれを、沖田の言葉を聞きながら拙くも操作する。
 触ったことがない、とまではいかないがマトモに操るのは初めてだ。
 思っていた以上に沢山の機能があるとか、画面が明るいとか、意外と文字が見やすいとか、色々と知ることがあった。

 自宅の番号登録してみろ、と言われ何故だか素直にキーを押している時、ふと。
 沖田さんと僕の関係は友達になるんだろうか、なんて思った。
 今の職に就いてから頻繁に顔を合わす同じ年頃の人間と言えば、沖田か神楽くらいのものだろう。
 瞬間、言葉はするりと口をついて出ていた。


「僕と沖田さんの関係って、友達になるんですかね?」


 言ってしまって、沖田の目がまっすぐに新八に向けられて。
 それからようやく、自分の発した言葉がどんなものだったか悟った。
 うわあ、何聞いてるんだ僕。
 ちょっと待った、今のナシ今のナシで!
 思うけれど、音に乗せられてしまった言葉は今更どうしようもない。
 黙ったまま凝視してくる沖田に、何となく居心地の悪さを感じ出した時。

 ふっと。沖田が、笑った。

 からかうでも嘲るでも企むでもなく。
 零れた、という表現が相応しいような微笑。
 初めてお目にかかったその笑みは、新八を驚かせるには充分な効力を発揮していて。
 瞠目し固まっている新八に、沖田が心なしか顔を近付けて。


「友達、なんつーありきたりな括り、つまんなくねーかィ?」

「沖田さんは、僕と友達、じゃあイヤってことですか」


 あ、しまった。
 返した声は自分で思うよりずっと落ち込んだようなトーンになっていて。
 友達という関係を否定されたことが思いもよらずショックだったらしい、とどこか他人事のように思った。
 面倒な事がキライな沖田は、こんな問答歓迎しないだろうに。
 それでも予想に反して、沖田は厭な顔一つ見せないままでいた。

 常より近い位置にある沖田の顔を凝視しながら、やっぱりこの人綺麗だよなあなんて考えてみる。
 美醜、という意味ではなく。(それを言えば沖田の顔の造形はまあ美形に位置されるのだろうが)
 綺麗だ、と感じるのは何だかんだでその生き方や抱くものがまっすぐだからそう思うのだ。

 沖田の言葉を待ち、はからずしも暫し見詰め合うことになる。
 やがて沖田が独り言のように、それもアリだとは思うけどなァ、なんて呟いた。


「俺としちゃァ、もっと親密な関係ってーのになりたいんでさァ」


 言い終えた沖田がにやりと笑う。
 それは何度か見かけたことのある、何かよくない類のことを仕掛ける、もしくは仕掛けた時の顔だ。
 何をする気だ、と警戒し身を退くより一瞬早く沖田の顔が距離を縮め、そしてすぐに離れた。
 掠める様にぬくもりが触れたのは、唇の脇。


「ああ、やっぱここの団子は旨いなァ」


 言いながら、ちろりと舌を覗かせる。
 僅かに眇められた目と相俟って、それはどこか挑発的な表情にも見えた。
 触れて、離れて行った、のは。
 呆然と沖田を見つめながら、固まっていた思考回路がゆっくりと動き出すのを感じる。
 沖田の奇行にも大分慣れてきたと思っていた。
 その、はずだったのだが。
 どうやらそれは自惚れだったらしい。
 新八が想定していた斜め上を、まるで嘲笑うかのように沖田は行った。


「ちょ、アンタ、今、何……」

「さてと、腹も膨れたことだし一眠りしようかねィ」


 新八が完全復活する前に、沖田はそう言って畳みに横になってしまう。
 いつの間に装着したのかいつものアイマスクが目元を覆っていた。
 その態度に、やり逃げかよオイと思いつつも、どうやら話が打ち切られたのだと解する。
 このまま続けられても対応に困っただろうから、それに安堵し。

 それから、少しだけ。
 ほんの少し、残念だと、感じた。








「俺が望む関係ってーのは、宿題にしときまさァ」

「……え」


 ややあって沖田がぽつりと言い置いた言葉を、新八の耳はしっかり聞き取っていて。
 とりあえず、これから何かが始まるらしい、という事だけは理解できた。




END



 

 

柳生編で新八が持っていないハズの携帯を扱えた理由を捏造してみたり。
ここで弄ってたからさくっと扱えたんだよー、なんて。
所でパチは携帯未所持ですよ、ね…?
(どうしよう持ってたら)


UPDATE 2006/11/1

 

 

 

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