7.お願い やめてください キスを、したのは。 偶然でも戯れでもない。 真剣、だった。 欲しいと思った。 それまでもずっとずっと、そう思っていた。 だから、キスをした。 人見知りが激しくて、おどおどビクビクしながら周囲を見ていて、警戒心も人一倍強くて。 それでいて譲れないものは断固として譲らない強さも、ここ一番では前を向く強さも持っていて。 折れそうでも、折れない。 強かさと臆病さ。 そんなものが同居できるのだと、彼を見て初めて知った。 「うつむくなよ」 「あ、う……」 携番とアドレスを知って、連絡をするようになって、そのうち会うようにもなって。 うろうろとあちこちにさ迷わせていた視線が、ちゃんと正面から見据えられるようになった。 名前を呼ぶ声に、緊張した顔ではなく安心したような笑顔を向けられるようになった。 理屈も理由も倫理も常識も、知らない。 そんなものいらない。 控えめに、それでも確かに自分に向けられる笑顔。 はるなさん、と呼ぶ声。 それが欲しい。 ただまっすぐに、そう思った。 「れん」 呼ぶ声が掠れる。 余裕のない声が自分の発したものだとは、何だか思えずに。 緩く苦笑して、榛名は三橋の頬にそっと指を這わせる。 ぴく、と三橋の肩が揺れた。 驚きやら困惑やら羞恥やら、おそらく様々な感情が入り混じりどうすればいいのか分からないのだろう。 榛名を見上げてくる三橋の目は、何やらぐるぐるとしていて。 感情を隠せない三橋を、それでも単純にカワイイな、と思う。 混乱しきっているだろうに、それでも榛名の言った俯くな、という言葉を律儀に守っているのが無性におかしかった。 「は るな、さん……っ?」 「うん」 「あの、あ の……えと」 呼び掛けたのはいいものの、言葉が出て来ないらしい。 その呼び掛けすらきっと、決死の思いだっただろう。 分かっていながら、それでも言葉の続きを促すように頬に触れる指を戯れに動かした。 微かな動きに、それでパニックになってしまった三橋はぎゅう、と音がしそうな勢いで両目を瞑る。 あーあ、バカだなお前。 この体勢で目ぇ閉じるなんて、自殺行為もいいとこ。 思いはするが、口にはしない。 腕の中にいる彼が、自分を卑下する言葉に過剰反応する体質なのは重々承知していたから。 代わりに。 「もっかいさせて」 気持ち良かったから。 すごくすごく、よかったから。 余裕なんてない。 え、とかう、とか三橋が言うのは聞こえていたけれど。 どうしようもなくて、ただその唇に己の唇を重ねていた。 柔らかくて、暖かくて、貪りたくなる。 抱いている肩が逃げだしたそうに揺れたが、それを許すことなどできるはずもなく。 頬に触れていた手をそっと滑らせて、三橋の耳朶に弾くように指を当てた。 啄ばむように、口付けを繰り返す。 触れているのが嬉しくて、その頬に、額に、伏せられた瞼にそっと触れた。 くり返し、くり返し。 幾度も訪れる柔らかな感触に、強張っていた三橋の肩がからふっと力が抜けた。 それを褒めるように、肩を抱いていた手をそっと背中にずらしぽんぽん、とあやすように叩いた。 「は、はるな、さ んっ」 「んー?」 「なに、何してる、んで すか」 「ハグとキス」 「や、あの、や やめ……」 「何で。気持ちいーだろ?」 うん、まあ。 気持ちいーのはオレの方もなんだけど。 キスだけでこれって、どーなのかって話なんだけど。 ってか、キスってこんなに気持ちいいもんなんだな〜。 呑気に考えながら、腕の中に三橋を抱え込んでしまう。 身長差があるせいか、ただ抱きしめるだけでも三橋は榛名に拘束されているようになって。 回された腕に途惑うように、三橋が閉じていた目をゆっくり開いた。 案の定、泣きそうに潤んだ瞳が榛名を見上げてくる。 「や、やめ てくだ、さい」 「何で」 振り絞られた声は、やはり否を唱えて。 少しだけ声を低くして返せば、三橋があう、などと言いながら身体を固くした。 小動物のようなそれがおかしくて、笑いながらまたその頬に唇を寄せる。 嗜虐心と庇護欲を同時にかきたてるなんて、三橋以外にはできないことだろう。 息を呑んだ三橋の喉が、ひゅ、と音を立てた。 「どきどき、して……怖い、です」 言われたのが先ほど発したなんで、の答えらしい。 見れば三橋の手はシャツの胸元辺りをぎゅっと握り締めていた。 何かに耐えるように、懸命に握られた手。 榛名は三橋の頬に触れていた左手を、そこに重ねてみた。瞬間、手のひらに伝わってくる、三橋の震え。 榛名はそれに目を細めて、重ねた手に力を込めた。 握った指先はひやりと冷たかった。 「は、るな さんっ」 「オレも」 「え?」 「オレも、どきどきしてるっつってんの。だからやめない」 「な に、言って」 理不尽だ、とでも言いたげに三橋の目が丸くなる。 それを無視して、榛名はまたキスをする。 だって、欲しかった。 触れたかった。 一度触れたそれは思うよりずっと指先に馴染んで。 手放し難いと、もっと触れていたいと、そう望む心に気付く。 繰り返すキスの合間に、三橋が言う。 やめてください。 震える声。 榛名はそれに口元を歪めた。 何より、否を聞いても止められない自分自身に。 バカだな、お前。 そんな声出されちゃ、止められるわけないだろ。 余裕なんてないんだ。 だから。 「ふ、う……っ」 堪え切れなくなったのだろう。 とうとう三橋の泪が堰を切って落ちた。 頬を伝うそれにすら口付けながら、思う。 陥落したのは、多分オレ。 この、熱に。 だから、離してなんかやらない。 その代わり、お前が陥落するまで付き合ってやるよ。 口に出して言ったところで、きっと三橋は理解できないだろうから心の中でだけ宣言して。 榛名は、キスをくり返し続けたのだった。 END |
ハルミハです、よー。 とうとうやりおったなコイツ。 そんな呟きが聞こえてきそうなおお振りで榛三でした。 ハルミハですよ。(2回目) 榛名は余裕綽綽っぽく見せておいてその実イッパイイッパイ、だといい。 多分三橋の涙に内心動揺しまくり(笑) UPDATE 2005/3/11 |