15.「明日、天気になれ」 7月末。 夏休み、誕生日、そして何より甲子園地区予選! 今年は天国にとって、今までにないほど忙しくそれでも充実している夏になっていた。 7月も20日を過ぎれば各地方の代表校も段々と決まり始める。 それをニュースで見る度に、今年は十二支がここで名前を呼ばれるんだ! と考えては楽しみで仕方なかった。 埼玉県は全国でも高校数が多い方らしく、代表が決まるのは29日となる。 つまり、29日が決勝戦。 その日に勝ち上がる為に、練習に身を費やす日々が続いていた。 学校が夏休みになってからは、試合と練習の記憶ぐらいしか残っていない。 昨年までの事を考えるとまるで嘘のような充実ぶりだ。 けれど不思議なことに、うんざりすることなど少しもなくて。 それどころか、日が進むに連れて決勝に向けてモチベーションもボルテージも上がっていくのが自分でも分かる。 そして今日、26日は準々決勝が行われる筈だった。 そう、過去形である。 何故ならば。 「なんだよもー……どっか行けっつのー」 投げ遣りに呟いた天国は、ぐてんと寝転がった。 天国が言った台詞は、誰に向けてでもない。 向けられたのは、天国が現在進行形で目を向けているテレビに対してだ。 点けっぱなしのテレビで流れるのは、所謂台風情報だ。 夏といえばその名を聞くのは最早恒例行事の、台風が襲来したのである。 その訪れを如実に表すように、外の天気は雨と曇りを繰り返し、風が時折ゴオとうねりを上げるような音を立てて吹きつけ、窓をガタガタと揺らした。 窓の外に怨みがましい目を向け、天国はどんよりとした空模様と同じか、それ以上に景気の悪い表情をした。 出鼻を挫かれる、とか肩透かしを食らう、というのはこういうことを言うのだろうと思う。 数日前から台風のことは天気予報で聞いていたし(ここ最近見ているテレビ番組と言えばそれしかない)、特に昨日などは台風について散々天気予報士が告げていたのを見ていた。 それでも、一度立てられていた予定と気概を全てコントロール出来るかと言ったら、それはやはり難しいことで。 「しくじりやがったな、てるてる坊主め!」 むーっと口をヘの字に曲げ、天国は窓際に吊るしてあるてるてる坊主を指差した。 紅い紐でカーテンレールに吊るされたてるてる坊主は、心なしか申し訳なさそうに揺れている。 それが何だか俯き肩を落としているように見えて、天国はそれ以上責める気も失せてしまった。 「こんな天気じゃ外にも行けねーし……台風のアホー」 することがない。 だからこんな風に自室で台風情報を見ながら、外に向かって愚痴るなんてことしか出来ないわけで。 ぐでぐでと転がりながら、天国は溜め息をついた。 野球を始めたのは、今年の四月からだ。 天国にとっては、野球をしていない時間の方がずっとずっと長い筈なのに。 降って湧いた休日に何をすればいいのか、全く思いつかなかった。 「うおあぁぁ、俺もとうとう野球バカになっちまったのかよー」 唸り、嘆いて、頭を押さえながらごろごろと転がる。 一頻りそうした後、不意に空しくなってぱたりと動きを止めた。 窓の外では、相変わらず雨が降っている。 先程よりも雨脚は弱まっているようだが、今日はずっと降ったり止んだりの繰り返しなのだろう。 点けっぱなしのテレビの情報によると、どうやら台風はこれから関東沿岸に近づいてくるらしい。 これから出掛けるのは、何をどう考えても頭の悪い選択だろう。 「メールも返って来ないしさ……バカみゃあ」 拗ねた口調で言って、頭の上に転がしていた携帯を手にした。 ぱちんと開いて、センター問い合わせをする。 これももう何度繰り返したことだろうか。 御柳芭唐。 十二支の宿敵とも言える高校、華武の野球部員、1年生にしてエーススラッガー。 そして、天国の恋人。 恋人、という単語を使うのは天国としてはかなり不本意ではあるのだけれど、することはしているし、頻繁に会うし、メールも電話もよくするし。 何より告白されてそれに頷いてしまったのだから、今更言い訳は聞かないだろう。 その御柳が通う華武も、今日は試合があったはずだ。 だが十二支の試合が台風で順延、ということは向こうも同様だろう。 暇を持て余した天国は御柳にメールを送ってみたのだが、一向に返事が返る気配はない。 天国が不貞腐れて空に八つ当たりしている原因の一端は、そこにもあった。 「グラウンド2面あるぐらいだしな……室内練習場とか、やっぱあんのかもな」 華武の不敗神話は伊達じゃない。 それは、一度行った練習試合で身に染みていた。 2面あったグラウンドや、折られたバット。それらが鮮明に思い出される。 確かにあの高校なら、台風だろうが何だろうが練習がありそうだ。 部活中なら連絡がないのも仕方がない。 そう思うのだけれど、面白くないものは面白くなくて。 何せ開会式からこっち、天国は御柳の顔を見ていない。 御柳の方は十二支と他校の試合を見に開場を訪れたことがあるらしく、そういう内容のメールが送られてきたこともあるのだけれど。 天国の方は、ただでさえ初心者で覚えることもやらなければならないことも山積みでそれどころではなかった。(実は一度だけ華武の試合も見に行くチャンスがあったのだけれど、見事にジャンケンで負けた) 「あーあーもー。ひーまーだー」 こういう時こそ幼馴染み頼み、だと思って沢松に連絡してみればすげなく断られてしまった。 報道部に入部した沢松だが、元々細かい仕事を得意としていた所為か何だかんだで仕事を任せられるようになっているらしい。 連日の試合ラッシュにデータ整理が追いつかない状況だったらしく、今頃はパソコンと睨み合いをしているのだろう。 苦肉の策で引っ張り出したゲームも、何だか面白くなくてすぐに止めてしまった。 寝転がったまま見上げたテレビは、相変わらず台風情報を流し続けていた。 気が滅入る。 天国はプツンとテレビを消し、リモコンを放り投げた。 「明日は晴れっかな……」 仰向けになって、首を逸らすような格好で窓の外を見る。 相変わらず雨は降り続け、風も強い。 空を覆う灰色の雲が、いつにない早さで流れていく。 その視界の端で、てるてる坊主がごめんなさい…とでも言いたげに揺れた。 「あ、そーだ」 思い立って、天国は起き上がった。 そのまま立ちあがると、机の前まで行く。 机の上には、昨日てるてる坊主を作った時に使った布やハサミがそのまま置いてあった。 片付けなかったのはただの不精だったのだが、己のその行動に感謝することになるとは思わなかった。 「お友達を作ってやろーじゃないですか」 ふっふっふっと怪しげに笑い、椅子に座る。 てるてる坊主にお仲間を作ってやろう、と。 そんなことを思い立ったのだ。 暇つぶしにもなるし、二つあった方が効果も倍増するような気がする。 鼻歌を歌いながら作業を進める。 そう複雑な作りでもないから、すぐに作業は終わった。 今度のてるてる坊主の紐の色は、紫にする。 作り終えた天国は、にやりと笑って机の上に置いてあるペン立てからマジックを取り出した。 顔を書くのだ。 今現在吊るしてあるてるてる坊主にも、しっかりと顔は描かれている。 「こんなもん…かなっと。っし、完成!」 目と口を描き、狐目の下に紅いペンで線を引く。 即席御柳てるてる坊主の完成だった。 「あっはっはっ、やべー似てるし!」 自分で描いておいて何だが、やたらそっくりに見えた。 一頻り爆笑してから、昨夜吊るしたてるてる坊主の隣りに今作ったばかりの御柳てるてるを吊るす。 先に吊るしてあったてるてる坊主の顔は、晴天の空を思わせる満面の笑みだ。 天国は気付かないが、それはどこか自身の笑顔を思わせるような。 吊るし終えて、天国は窓の下に座った。 見上げたてるてる坊主は、心なしかさっきよりも嬉しそうに見える。 頑張るよ、明日は晴れにするから。 そんな声が聞こえたようで、天国は笑う。 台風が過ぎ去った後の空は、気持ちいいぐらいに高く蒼く澄み渡る。 その空に向かって、ホームランを打とう。 きっと、ぞくぞくするぐらいに楽しいはずだ。 「あーした天気になーあれ、だなっ!」 END |
猿野天国生誕記念2005! 台風襲来ということで、予定していた話を取り下げて書き下ろしました。 突貫工事なので誤字脱字あったらご報告お願いしま、す…… 作中の予選日程は今年(第87回)のものを参考にしました。 実際本日は台風の為順延してます。見たかった… 実際の高校野球にもえれー興奮してます…… UPDATE 2005/7/26(火) |