12.深く 心から 愛し慕っています



注・ED「僕のアリス」後設定です。ネタバレNGな方は回れ右で。









 頭の上で小さな欠伸の音がしたから、眠かったら寝ていていいよ、と告げた。


「でも、そんな訳にもいかないじゃない。乗せてもらってるのに」

「そう? アリスがしたいようにすればいいよ」


 そんな会話を交わしたのが、少し前。
 黙り込んで、恐らくは睡魔と戦っていたのだろうアリスが、糸が切れたみたいに僕の頭にもたれかかってきた。
 とす、と軽い音がしてアリスの息が近くなる。
 決して眠るのに楽な体勢とは言えないだろうけど、色んなことがあったから疲れていたんだろう。
 預けられる体は、そのままアリスが僕へ向ける信頼だ。
 それが心地良くて、僕は思わず喉を鳴らした。


 アリスの寝息を聞きながら、僕は公園での出来事を思い返していた。
 放心してベンチに座っていたアリス。
 芋虫が潰された事に驚き、少し怯えたような顔をしていたアリス。
 目を閉じて、微かに震える声で僕を信じると言ったアリス。

 あの時、僕の心がどれだけ震えたか、君は知らないだろう。
 選ばれたのだという事実は、僕の心に例えようもない喜びと高揚感をもたらした。
 それは今までで感じた事がないほどの、強い強い感情。

 僕らとアリスを繋いでいた、絶対的とも言える鎖は切れてしまった。
 何故切れてしまったのか、とか。
 何を以ってしてそう言いきれるのか、とか。
 確かな物証など何一つないけれど。
 それでも、全身を射抜いたあの感覚に間違いはない。
 証と言うなら、僕が僕の意思で歩いているのが何よりの証拠になるだろう。

 絆は切れてしまった。
 それなのに僕は、アリスが愛しくてたまらない。
 鼻先に漂う、甘やかな香り。
 アリスの存在はただそれだけで僕に力を与え、勇気づけ、励ますことが出来る。

 僕だけじゃない。
 アリスに作られ、生まれ、そして今尚生き続けているあの世界の住人達は皆。
 アリスという特別な存在を敬い、求め、愛している。
 それは、鎖が切れてしまった今でも強くこの胸の内を支配している。
 そしてこれから先もずっと、変わらないんだろう。


「ん…チェシャ猫……?」


 夢と現をたゆたうような声で、アリスが僕を呼ぶ。
 寝起きだからか、子供のような舌足らずな喋り方。
 無防備に預けられた、心と体と。

 僕は笑う。
 肩に乗ったアリスからは、覗き込まない限り僕の顔は見えないのだと知りながら、それでも。
 アリスが信じ、希む猫を演じて。


「なんだい、アリス」


 返事をしながら、ふと。
 もしかしたらこれすらも、アリスの希みなのかもしれないと思った。
 僕と共に在ること、あの時それを希み選んだのは、紛れもないアリス自身なんだから。
 こんな考えを知ったらあの女王辺りは問答無用で鎌を振り上げるんだろうな。まあ、機嫌が良かろうと悪かろうとあの人は鎌を振り上げるんだけどね。

 僕のアリス。
 誰に糾弾されようとも、アリスが僕を信じ傍にいてくれるならそれでいい。
 詰られようと謗られようと、愛の形なんてそれぞれのものだろう?
 だから。
 僕はきっと明日も笑っているだろう。


 ――アリスの希むように。
 ずっと。




END




 

 

アプリゲーム「歪みの国のアリス」でした。
序盤からチェシャ猫ラヴだったのでこのEDはお気に入り…
真EDよりこっちのが好きかも(笑)


UPDATE 2006/8/22

 

 

 

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