私生活・淀む風の中、目にした



◆P3・荒主前提・逆行パラレル、「私生活・追い風、向かい風」続き、荒垣視点◆
主人公名・水沢凌(みずさわしのぐ)



 彼は、不意に遠い目をすることがある。
 何かを思い返すでも、呆けるわけでもなく。ただ、どこか遠くを見ている。
 今ではない場所を見据えながら、その瞳に在るのはどうしようもない、狂おしいほどの憧憬にも懐古にも似た何か、なのだ。
 手の届かない場所。それでいて、今を嫌っているわけでは決してなく。それどころか、壊れ物を扱うかの如く日常を大切そうにしていたり。
 一言で言えば、掴めない。
 それが荒垣から見た彼…水沢凌という人物だった。

 凌は荒垣の後輩に当たる。現在の荒垣は自主停学中だが。
 学校だけではなく、ペルソナ使いという意味でも後輩になるのだろう。
 だが寮にも学校にも戻る気はない荒垣にとっては、それらには何の意味もない。
 …はずだったのだが。
 奇妙な縁で、凌と顔見知りになったのだ。
 多くを語らない彼だが、何故だか荒垣の傍らを気に入ったらしく。
 そう頻繁にではないにせよ、足を運んでくるようになった。

 今もまた。
 唐突に現れた凌は、荒垣の隣りを歩いている。
 ラーメン食べに行きませんか、と言った凌はその後黙り込んだままだ。
 元々口数は少なめだが、今日のそれはいつもとどこか雰囲気が違っていた。
 かと言って問い質すこともしない。他人の事情にむやみやたらと首を突っ込むのは好きではなかったし、何より己では踏み込めない領域のような気がしたからだ。

 今日は風が強い。
 ゴ、と一段と大きな音を立てながら通り過ぎた強風に、思わず目を細める。
 その時、凌を見やったのは何となくだった。
 目が、合った。
 凌はまるで表情を隠すかのように前髪を伸ばしている。だが、今は風に煽られ目元が露になっていた。
 かちり、視線が絡む。
 瞬間、荒垣は息を呑んでいた。

 そこに在ったのは、強い目だった。
 生半可な人間では出来ないような。
 何かを背負い、覚悟を決めたかのような。
 凌の腕を掴んでいたのは、反射的なものだった。
 荒垣自身、自分が腕を動かしていたことに気付かないほどに。

「……水沢」

 呼ぶ。
 凌は返事をするようにゆっくりと瞬きをした。
 まただ。
 見上げてくる目は、確かに自分を見ているのに。それでも、見ていなかった。
 誰かを重ねているようでもないのに、懐かしさが入り混じったような目をする。
 だがそれは一瞬のことで、凌はすぐに荒垣をまっすぐ見つめ返した。

「お前」

 言葉は、荒垣の意識していない場所から勝手に零れ落ちた。
 別の誰かが勝手に喋ったような、だが紛れもない自身の声だった。

「お前、何を背負ってやがる」

 言ってから驚く。
 あの日からもうずっと、誰かに深く関わることはしないと決めていたのに。
 こんな風に踏み込むような真似を、何故。
 顔には出さないまま、だが確かに途惑う荒垣の前で凌は。

「思い出、なのかもしれません」

 緩やかに笑いながら、そう言った。
 凌は、やや乏しいながらもちゃんと喜怒哀楽の感情があるし、時折だが表情にも覗かせる。
 だがその顔は、笑みは、今まで見たことないものだった。
 どこか子供の見せるもののような。大切なものを手にしているような。
 そんな、笑顔だった。

「帰れない日々は重くて、だけどそれ以上に俺を支えてくれるものでもあるんです。俺はこれからを守る為に、ここにいるのかもしれない。それが……俺の、エゴでも」
「……よく、分かんねえな」
「独り言ですから。本当は、誰にも言うつもりなかったんですけどね」

 荒垣さん、洞察力鋭いですね。
 なんて言いながら凌は困ったように眉を寄せる。
 荒垣が返す言葉を考えていると、凌はことんと首を傾げて。

「……でもやっぱり、貴方は遠いです」

 ぽつりと、呟いた。
 耳に届いた声はひどく淋しげで、取り残された子供のようで。
 荒垣は持ち上げた手で、凌の頭を撫でていた。
 自分でも分かるほどにぎこちない手つき。
 だが凌はそれにどこか泣きそうな顔になって。

「そうやって、貴方は」

 風が吹く。
 消え入りそうな凌の声は、けれどちゃんと荒垣の耳に届いた。

「俺を生かすんだ」

 風に晒され、泣きそうな顔をしながら、凌の目は変わらなかった。
 吹きつける風に揺れたのは。
 多分、心だった。


END




つづきー。
元々この話、曲を聞いた時に思い出なのかもしれません、て言う凌君が思い浮かんで書いたのでした。
書けた書けた。
てゆっか寝ないと! ぎゃー。


2007/10/20 ブログ小話
(UPDATE.2008/6/19)





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