闇の向こうへ行く背中 (2009/6/8)




 山岸の救出作戦は、図らずも満月に行われることになった。
 深夜の学校に忍び込み、そのまま影時間になるのを待つという。
 一見無謀に思える策だが、他に打開策も見つからない。

 荒垣は、待機組に入った。
 突入組は凌、順平、真田の三人だ。
 待機組が桐条、ゆかり、荒垣になるから、ちょうど人数が半々になる。
 推測だが、「一度目」もおそらく突入組の面子はこの三人だったのだろうと思う。
 不確定な侵入方法を試みるのに全戦力を注ぎ込んでしまった場合、不測の事態が起こった際に立て直しが効かない。

 加えて今夜は満月だ。
 今はまだ満月に大型シャドウが現れるという法則が発見されていないようだが、おそらく奴らはどこかに現れるはずだ。
 どこに現れ、どう対処することになるかは分からない。
 だが、万一に備えるにこしたことはないだろう。
 大型シャドウが今日現れる事を知らない他の面々の背中を見ながら、小さく息を吐く。
 出来得る限りの対応をするべく、ともかく精神を落ち着かせておかなければ。

「では、突入組はこのまま体育倉庫で影時間まで待機。待機組は校門の外だ。何が起こるか分からないからな、慎重に行動してくれ」
「ああ、分かった」
「だーいじょうぶですって! 絶対見つけてきますから!」
「……」

 桐条の言葉に、真田は頷き、順平は拳を作って答える。
 凌はと言えば、二人の後ろで小さく首を縦に振っただけだった。
 元々彼のリアクションは薄いからか、誰も気にする様子はない。
 そしてそれぞれの待機場所へ移動することになった。
 待機組と突入組で、二手に別れる。

「……水沢」

 離れていく背を見送っていた、その時だった。
 荒垣は、自身でも意図することなく凌を呼びとめていた。
 意気込んでいる二人の後を着いていくように歩いていた凌が、歩みを止め振り返る。
 色の変わらない眼差しが、ひたりと音がしそうなまっすぐさで荒垣に向けられた。
 凌は落ち着いている。
 張り切るわけでも不安がるわけでもなく、ただ淡々と役割をこなすべく。

 呼び止めておきながら内心で焦ったのは荒垣だ。
 特に言いたい事があったわけではない。
 ただ、暗い廊下の先に歩んで行こうとする背を見た時、何とも言えない心地になったのだ。
 凌の身体能力が高い事は知っている。物怖じしない精神力もまた然り、だ。
 けれど、思わず声をかけていた。
 凌が闇に溶け込み、消えてしまいそうな気がして。

「あの……?」
「ああ、悪い。……気を付けろよ」
「……はい」

 頷いた凌が、先に行った二人の背を追って去っていく。
 見送る背に、やはり焦燥感とも不安ともつかない気持ちが湧き上がった。
 彼は何を思い、何を背負って戦っているのだろう。
 目的があるようでも、目標があるわけでもなさそうなのに、何故剣を奮うのだろう。
 考え、だが今はそれどころではないと思考を切り換える。

 山岸救出と満月が重なっているのは、単なる偶然だとは思えない。
 戦力が分断された状態でどう乗り切ったのかを、荒垣は知らなかった。
 だが、作戦は始まっている。今更変えることは出来ない。
 やるしかない。
 静かに、決意する。

 何となく振り返った廊下の先には、目を凝らしても見えない暗闇が広がっていた。
 突入組の三人の背は、とうに見えない。
 弱気になったわけでも不安になったわけでもないが、見えないというのはあまり良い気分のするものではなく。
 荒垣は、軽く首を振った。




 

 

イレギュラーな満月、影時間へ向けてスタート。

UPDATE/2009.11.23

 

 

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