彼の世界は (2009/6/6)




 溜まり場に向かおうとしていた三人を止め、ラウンジで「一度目」に溜まり場でそうしたように自分の知っている情報を話して聞かせた。
 話終えるとゆかりは表情を曇らせ桐条先輩に報告してくる、と階段を上がって行き、順平は安心したら腹減ったからコンビニ行ってくる、と外へ出て行ってしまった。
 必然、ラウンジには荒垣と凌が二人になる。

「……お前なあ」

 思わず、呆れた声が出た。
 対する凌は荒垣の言いたい事が大方想像がついているのだろう、僅かに肩を竦めて。

「助かりました。俺じゃ、止められなくて」
「あの場所の危険度は、しっかり分かってんだろが。流されてんじゃねえよ」
「……最悪、俺が出れば何とかなるかな、と」

 気まずそうに俯きながら、凌が言う。自分でも無謀な事を言っている自覚はあるのだろう。
 あながちその言葉が間違いでもない辺りが、何とも言えないが。
 確かに凌程の腕があれば、数人程度の相手なら軽いだろうとは思う。
 だが。

「二人庇いながら、か」
「まあ、怪我くらいはしたかもしれませんけど」
「あのな、そういう事言ってんじゃねえんだ」
「制服も着替えた方がいいとは言おうと思ってましたし」
「……そうじゃねえよ」

 溜息交じりに言えば、凌は不思議そうに首を傾げる。
 どうやら本気で分かっていないらしい。
 思い返してみれば、「以前」も凌はそうだった。
 他人も自分も、どこか同じように扱う節があった。
 全てを大切に扱うようにも、全てを同じように冷たく見据えるようでも。
 良くも悪くも、「個」として扱うのだ。
 まるで世界から一歩離れた場所にいるかのように。

「だからな……」

 言おうとして、言葉に詰まる。
 自分をもう少し大切に扱ってやれ、なんて。
 言えた義理ではないと、気づいてしまったからだ。

 凌は荒垣の言葉の続きを待っているらしく、少し首を傾げたままだった。
 年齢よりも幼げな仕草は、まっすぐに見つめてくる瞳と相俟ってどこか可愛らしさを漂わせている。
 凌には時折、そういうアンバランスさを感じることがあった。
 何もかもを見透かしていそうな深い色の目で、けれど幼子のような表情を覗かせる。

 不意に、思った。
 凌の世界は、誰にも届かない場所にあるのではないかと。
 手の届かない程に高くか、それとも手を伸ばせない程に深くかは分からない。
 水の向こうに写る景色のように、薄い膜が張られたその向こう側にいるかのように、凌の世界は遠い。
 おそらくは、凌自身にとっても。
 何故そう思ったのかは、荒垣自身よく分からなかった。
 ただ、なんとなくそんな風に感じられた。

 そう考え、腹の底が冷えたような感覚に襲われる。
 誰にも、何にも、届かない場所。その世界。
 その中心にそうとは知らずに佇むというのは、想像を絶するほどに孤独なのではないか、と。
 本人が知らないというのが、また恐ろしさを煽る。
 気付いていないのか、そう装っているだけなのかは分からない。
 だが、それに気付いていないのはまるで自己防衛のようにも見える。
 絶望は、人の心を緩くだが確実に壊し、殺していくものだからだ。

「あの、荒垣さん?」

 長く続く沈黙に耐え兼ねたのか、凌がそっと名を呼んでくる。
 荒垣は苦笑し、何気ない仕草で手を伸ばすと凌の頭をくしゃりと撫でた。

「心配する、つってんだ」

 告げた言葉に、凌が心底驚いた、とでも言いたげに目を丸くした。
 その顔が意外で、思わずくつくつと笑う。
 凌は荒垣が笑うのを見ると照れたように拗ねたようにふい、と視線を逸らした。だが頭に置いた手は、振り払われることはなかった。

 誰にも立ち入らない、と。また自身にも立ち入らせないと、そう決めていたはずだった。
 けれど何故だろう。
 彼は、どうしても放っておけなかった。
 今だってそうだ。
 これが他の誰かなら、こうして触れていたりはしない。
 距離を置かなければ、そう思うのに離れられない。

 分からないことも、解決していないことも沢山あるのに。
 ただ、今はこの穏やかな時間を壊したくないと。
 確かにそう考えている自分に、荒垣は気付いていた。




 

 

MISSION:特攻阻止。CLEAR!
てカンジで。

UPDATE/2009.11.21

 

 

        閉じる