掴んだ腕は (2009/5/11)




 水沢凌、と聞いて思い浮かべるあれこれ。
 口数が少ない。
 感情表現が乏しい。
 一見鬱陶しいほどに伸ばされた前髪。
 広い交友関係。
 特異なペルソナ能力。

 様々な要素が思い浮かぶ、そこに。
 どうやら一つ足さなければならない項目があるらしい。
 喧嘩が強い、と。
 一対多数であるに関わらず、凌の強さは圧倒的だった。
 タルタロスで複数の武器を使いこなす様は見ていたから、身体能力の高さは知っていた。
 だが目の前で展開されている光景は、以前は知る由もないものだった。

 殴りかかってきたのを避け、カウンターでみぞおちに蹴りを入れ。
 掴みかかってきた相手の力をそのまま利用し引き倒し。
 大振りなハイキックをしゃがんでかわすと、立ち上がりざま相手の顎に肘を叩き込む。
 凌は男としては小柄な所為か一撃の重みはそうないようだが、自身の力を上手く使った立ち回り方をしていた。
 卒のない動きは、明らかに喧嘩慣れしていると思わせるに充分過ぎるほどだ。
 相手の動きをよく観察し、予測し、最小の動作しかしていない。鮮やか、と言って然るべきものだった。

 暫く観察するように見ていた荒垣だが、そろそろ止めるべきかと判断し喧噪の方へと足を踏み出した。
 丁度よく荒垣の手前まで下がってきた一人の首根っこを掴み、後ろへ放る。
 投げられた男は唐突にことに対応できなかったのだろう、受け身も取れずに転がって行った。

「なんだよテメエ?!」
「うるせえよ」

 怒鳴れば怯むとでも思っているのだろうか。
 そういえばこの男は最初から大声を出し続けている。おそらくは、コイツが最初に因縁をつけたのだろう。
 不快でしかない物言いに、荒垣は無言で男を睨んだ。

「テメエもぶちのめされてえのか!」
「お、おい、待てって。荒垣じゃねえのか、あれ……」
「マジかよ?」

 いきり立って声を荒げる男の後ろで、仲間らしき数人が途惑うように口にした。
 別に暴れ回ったわけでもないのだが、この界隈では荒垣の名はそこそこ知れている。
 誰と群れるわけでもないのに加え、腕っぷしの強さ(何度か絡まれはしたのを追い払った程度なのだが)と眼光の鋭さが諸々の噂に拍車をかけているらしい。
 どちらにしろ荒垣には興味のない事だったが、居合わせた男たちにはそうではなかったようだ。

「ヤベェんじゃねぇ?」
「なあ、よそうぜ」
「んだよ、関係ねーヤツが出てきてんじゃねぇよ!」

 周囲が及び腰になるのが分かったのだろう、男が苛立ったように声を荒げた。
 その言葉を無視するのは簡単だった。
 常の荒垣ならばそうしていただろう。面倒事は好きじゃないし、力を必要以上に誇示したいわけでもない。
 だが、何故かその時は。

「……関係なくねえよ」

 自分でも、どうしてそう言ってしまったのか、そんな行動をとってしまったのか分からないけれど。
 ともかく荒垣は、行動に出ていた。
 心の端で、なんでこんなこと言ってるんだ、と呟く自身の声を聞きながら。
 気付けば荒垣は輪の中心にいる凌に歩み寄り、その肩を掴んで自分の方へ引き寄せていた。

「連れだ。手ぇ出すな。……イタイ目見たくなきゃな」

 コイツの実力は分かっただろ、と投げ捨てるように言う。
 周囲から異を唱える声は出なかった。
 荒垣はそれを興味なさそうに見やり、凌の肩に置いていた手を腕へと滑らせ、掴んだ。

「行くぞ」

 告げれば、凌はこくりと頷く。
 細い腕は、荒垣が知るそれと何一つ変わりなくて。
 今の自分は、彼を知らないはずなのに。
 それでも手のひらに伝わる熱は暖かく馴染み、目眩がするほど懐かしかった。

 瞼の奥で明滅する、鮮やかな光がある。
 気付いていながら敢えて見て見ぬフリをした、心の内に押し込めた感情が。
 それが、凌の熱でじわりと溶け出していくような。

 そんな感覚がした。





 

 

出したかった主人公喧嘩強い設定。
色々武器を使いこなすぐらいだから、運動神経はいいんじゃないかな、と。

UPDATE/2009.10.10

 

 

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