【沈む月影、ひび割れた空】


 愛に似た何かは、どこまでいっても愛にはなれない。

 ただ傍にいたいだけ、なんて。
 母親から離れたがらない幼子のようだ、と思った。
 これが愛なら、それがずっと続けば、どれだけ幸せだろう。
 少し考えて、自身の思考に苦笑する。
 永遠や永劫がありえないものだという事を、凌は知っていた。
 哀しみにも喜びにも、何れ終わりが訪れるものだと。

「……本当は、ずっと誰かに聞いてもらいたかったのかもしれません」

 これで話は終わりだと。
 言って、凌は荒垣の肩に額を乗せた。
 告げたのは、昔の話だ。
 昔の、誰にも教えたことのない、けれどきっとありふれた秘密の話。

 話している間、荒垣はずっと黙って聞いていた。
 愛を語る恋人同士のように寄り添いながら。

「誰にでもあるモンだろ、そういうのは」
「そうですか? 俺には……よく、分からないから」

 たとえば普通だとか。
 恋だとか。
 愛だとか。
 何気ないものほど、よく分からない。
 ただ、そういうものは大切なのだろうとは思う。

 いや、違う。
 大切にしたいと、そう思っているのだ。
 自分には触れられないものだと、ずっとそう感じていたものだから、尚更のこと。

「荒垣さんに、言うなら」

 けれど心のどこかで分かってもいる。
 日常が普遍であるなど、都合のいい幻でしかない。
 不変のものなど存在しないと、知っているから。
 凌は荒垣の背に回した腕に力を込めた。
 放したくないのだと、離れたくないのだと、告げる代わりに。

「どこへも行かないでください、じゃなくて」

 どこへも行きたくないのは、きっと俺の方なのだけれど。
 自嘲気味に胸の内でそっと呟く。
 腰のあたりに緩く回されていた荒垣の腕が僅かに震えたのは、気のせいだろうか。
 けれど凌の言葉は止まらない。

「連れていってください、なんだろうなって。そう、思います」

 連れ去ってほしい。
 言葉の裏側に隠された本音に、きっと気付かれているだろうとは思う。
 それでも言わずにいられなかった。
 本当は。
 貴方が大切なのだと、そう言えればいいのに。
 だがそんな言葉を荒垣が望んでいるとは思えなかったし、何より凌自身が口に出来なかった。

「荒垣さんは、夜の匂いがしますね」
「……じゃあ、似た者同士なんだろうよ。俺らは」
「そうです、ね」

 これが愛ならいいのに。
 だけど、愛じゃなくても。
 俺はきっと、この人のことを想い続ける。
 ふと、そんな確信めいた予感が胸を過ぎった。


END


 

 



Web拍手掲載期間→2009/4/26〜8/31

 

 

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