想定外の出会い(≠再会) (2009/4/19) 過去へ戻る、などという非現実的な出来事がその身に訪れてから十日が経とうとしていた。 そんな中、荒垣は未だ決めかねていた。 これからどうするか。どうするべきなのか。 十月までの記憶があるという事実は伏せたまま、それとなく真田に探りを入れてみたりもした。 だが過去に戻る、などという体験をしているのは自分だけらしい。 このまま、過去と同じ道を辿るか。 それともいっそ全く違う行動に出るか。 そうこうしている間にも、時は無情に進んでいく。焦りばかりが募っているのが、自分でも分かった。 「っと、もうこの辺りか」 考えながら歩いているうちに、気づけば長鳴神社に差し掛かろうとしていた。 ここまで来たのだからコロマルの顔でも見て帰ろうかと、石段に足を掛けたその時だった。 「!」 けたたましい吠え声が、鼓膜を打った。 聞き間違えるはずがない、コロマルの声だ。 怪我をしている、とか襲われている、といった類の声ではない。だが、何か常ならぬことが起こったのだと感じさせるような響きだった。 尋常ではない様子の声に、石段を一段飛ばしで駆け上がる。 「コロマル……っ!」 石段を登りきり、コロマルの姿を探す。 コロマルは本殿の前の石畳にいた。 その傍らに、誰かがうなだれるように座り込んでいる。 こちらに背を向ける姿だけでは、男か女かも分からない。ただ、格好から察するに自分と同じくらいだろうと思われた。 走り寄る荒垣に気付いたコロマルが、わん、と声を上げた。 コロマルは頭の良い犬だ。異変に気づき、誰かに知らせようと吠えていたのだ。 荒垣は答えるように片手を上げ、座り込む人物に近づいた。 「どうし……」 否、近づこうとした。だが、その足が止まる。 心臓が、ぎくりと、音を立てた。そんな、気がした。 かけようとした言葉が止まる。 背に触れようとした手が、動かなくなる。 座り込む人物は、荒垣のよく知る人物だった。 忘れようはずがない。 何故、こんな場所で。 荒垣の知る過去には、彼とこんな場所でこんな時期に出会った記憶はなかった。 水沢凌。 無口で、けれど何故か人に慕われる、不思議な雰囲気を持つ、彼。 ふとした時に隣にいて、けれどそれが決して不快でなかったのを覚えている。 その、凌が。目の前で座り込んでいた。 動揺し、混乱するのを抑えられない。 そうだ、過去にもこんな光景を見たことがある。 彼はコロマルが好きらしく、黙ったまま傍に座り込んでいることがよくあった。 穏やかに微笑しながら、そっとコロマルの背を撫でているのをよく見かけたのを思い出す。 あれは過去か。いや、今からすると未来の光景ということになるのか。 呆然としていると、コロマルが首を傾げ小さく鳴いた。 それに我に返り、改めて凌に近づく。 「おい、どうかしたのか」 水沢、と。 そう呼びかけようとした言葉を飲み込んで声をかける。 今の彼は、そして自分もお互いを知らないはず、なのだから。 「だいじょぶ、です。ちょっと、貧血みたい、で」 俯く凌は、目眩がするのか額を手で押さえている。 途切れがちの言葉はどこか幼く聞こえた。 だが答える声は紛れもなく「彼」のもので。 瞬間。 先ほどとは比べようほどもない勢いで、心臓が揺れた。 掴まれ、揺さぶられたように。 肩を掴んで、聞いてしまいたくなる。 どうしてお前は、俺を覚えていないんだ、と。 ……出来るはずも、ないのに。 「そう、か。無理に動かねえ方がいいな」 「はい。……すいません」 「……いや」 内心の葛藤とは裏腹に、言葉が口をついて出ていた。 いつの間にか凌の横に座り込んだコロマルが、様子を窺っている。 それはまるで、過ぎた日の再現のようだった。 コロマルのブラッシングをしている荒垣の隣に凌が座り込み、他愛ない話をした。 そんな日が、確かにあったのに。 今ここにいる彼は、そしてコロマルにも、そんな記憶はないのだ。 過去か、未来か。現か、幻か。 気を抜けば分からなくなってしまいそうだった。 それでいて、凌は変わらない。物静かな物腰も、穏やかな話し方も。 目眩がしそうなのはこちらの方だ、と。 思いながら、荒垣はふっと小さく息を吐いた。 |
綻びと変化は些細な所から。 コロマルさんは男前だと思います。 UPDATE/2009.9.25 |