さりとて今日も世界は廻る (2009/6/1)




 荒垣が寮に戻ってくると、ゆかりがカウンタ内にあるパソコンを使って何やら必死な形相をしていた。
 怨霊だの噂だのと呟いているのを聞き、ああこれが山岸の一件か、と思い至る。
 真田と桐条は噂程度の話なら、と後輩にこの件を一任するつもりのようだ。
 まあ学校の怪談、なんてどこにでもある代物だし、それを真面目に調べるような事は普通はしないだろう。

 ゆかりは何を言われたのかムキになっているし、順平は面白がっている。
 残る一人は、と姿を探すがラウンジにはいなかった。
 自室に戻ったのかもしれない。
 凌の性格からして、噂話というものに興味を示すとは思えなかった。
 噂の真偽を調べ、確かめるという話になった時もおそらくは勢いと流れに押し切られて頷いただけに過ぎないのだろう。
 同じような経緯で特別課外活動部に籍を置き、あまつリーダーに就任したのだろうと思うと、それもそれでどうなのかと考えないでもないが。
 ……まあ、誰かに騙されるような事にさえならなければ、別にそれでもいいと思うが。

「ああ、荒垣。今日はタルタロスは行かないそうだ。岳羽もあの様子だしな」
「……分かった」

 片手を上げ了解の意を示すと、荒垣はそのまま自室へ足を向ける。
 思考を占めるのは、過去……所謂「一度目」の事だ。
 実質的には9月の一ヶ月間しかここにいなかった荒垣には、知らない事の方が圧倒的に多い。
 この後話題の中心になるであろう山岸が、どのような経緯で助け出され、仲間に加わるという話になったのかもだ。
 幾度となく自分の元へ復帰を促しに訪れていた真田との会話を思い出してみるが、あまり有益な情報はなかった。
 ストレガとの会話もまた然り。

「……そういや、溜まり場に来んのはこの後、か」

 凌、ゆかり、順平が三人で溜まり場に訪れていたのを思い出した。
 明らかに馴染んでいない三人が絡まれていたのを、おそらくは影時間関連なのだろうと踏んで横槍を入れたのだった。
 となると、山岸の捜索・救出に乗り出すのは、あの時の自分の情報が元になっていると考えていいだろう。

「どうすっかな……」

 現時点では大型シャドウが満月に現れるという事も判明していないようだった。
 いつその法則が発見されるのかは分からないが、先日戻ってきたばかりの自分がそれを指摘するのはあまりに不自然だろう。
 今の時点で自分がここにいるというだけでも充分過去とは違うのだが、今回の件は事が事なだけになるべく傍観に徹していた方がいい気がする。
 行方不明の山岸の救出、は人の生死に関わる事だ。

 とは言え、このまま三人をみすみす溜まり場に向かわせる事も出来ない。
 ……先日計らずも凌の喧嘩の腕を知ってしまった今となっては、放っておいても大丈夫な気もするが。おそらく凌ならば、あの場にいた程度なら簡単に撃退できるだろう。
 だが放っておけない原因は他ならぬ自分があの場所にいないから、だった。
 このまま彼らが溜まり場に行っても、情報提供をする人間がいないという事になるからだ。
 それでも荒垣は昼間など時間を見つけては、それとなくあの場所に足を運んではいるのだが、それはまた別の話だ。

「くそ、面倒くせえ……」

 何故こんな事になったのか。
 舌打ちの一つもしたい心境であるのは否めないが、放っておくことも出来ない。
 何より厄介なのは知らないフリの出来ない自分の性格なのだろう。
 ともかく今は、彼らをいつどこで、どのタイミングで止めるべきか。
 それを考えなければならない。

 悩みながらも刻一刻と過ぎていく時間に対し、考えなければならない事が多すぎる。
 荒垣は溜め息を一つ吐いたのだった。




 

 

世話やき人、苦悩する。溜め息ばっかでゴメンなー。

UPDATE/2009.11.18

 

 

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