傅くのは、貴方にだけ




「……着ろっつーなら着るけどよ。闘うわけだから、絶対汚れるぞ?」

 差し出された執事服セット一式を見て、若干顔を引きつらせながら荒垣は言った。
 凌はそれに、そんな事知っている、とばかりに頷いてみせる。

「順平にも真田先輩にもコロちゃんにも天田にも着て貰いました。これはもう、通過儀礼だとでも思ってください。着てください。俺の一存だけじゃどうにもなりません」
「……ああ、圧力かかってんのか。上から」

 見えるわけはないのだが、何となく天井を見上げてしまう。
 視線の先は3階。
 女子の結束力というものは、時に恐ろしい。
 凌が目を伏せながら首を振ったのをみて、何となく哀れに思えてしまった。
 リーダーというものは、大概にしていらない苦労も背負わされるものだ。

「分かった。今日はこれ着ていきゃいいんだな?」
「よろしくお願いします……」

 深々と頭を下げた凌を見て、荒垣は気にすんな、とその背を軽く叩いてやった。




「やっぱり似合うね、荒垣先輩」
「うんうん。真田先輩のメガネのチョイスも良かったけどね」
「形は同じでも、着る人間によって随分と印象が変わるものだな……」
「今日は荒垣さんが執事服でありますか」

 タルタロスのエントランスにて。
 上から下までじっくりと見定められて、落ち着かない気分になりながらも逃げるわけにもいかず。
 ある意味、シャドウと対峙するよりかキツイかもしれない。
 そんな事を考えてしまう。
 他の面子も、自分が通ってきた道だからかどこか生ぬるい視線を送ってきていた。
 当然のように、助けを入れてくるわけもなく。

「一通り盛り上がれば終わりますから」

 近づいて来た凌が、こっそりと囁いた。
 タルタロスは、長大な塔だ。
 遊びでは決して済まないと分かっていながら、けれど偶には息抜きも必要だろう。
 息抜きに使われた側としては複雑な気もするが。

「……そういや、お前も着たのか」
「俺ですか? ……着てないですね、そういえば」
「! 凌さんは執事服をお持ちでないのでありますか!」
「ぅあっ、アイギス、静かにし……」
「あー! そういえばそうじゃん! 何で忘れてたんだろ」
「そうなの? 順平君よりも先に着てたのかと思ってた」

 聞こえないように話していた、はずだったのだが。
 アイギスの聴力を失念していた。
 凌が慌てて静止しようとするが、時すでに遅し、というやつだ。
 ゆかりが目を丸くし、風花が首を傾げつつ言っている。
 見れば伊織や真田も、そういえば忘れてた、とでも言いたげな表情をしている。

「……荒垣さん」
「……悪い」
「俺だって忘れてたのに……」

 意気消沈、といった顔で凌が言う。
 人に着させておいてそれもどうなのかと思うが、凌なら忘れていてもおかしくないと感じてしまう。
 年齢よりかは落ち着いた立ち振る舞いを見せる凌だが、時々よく分からない行動を取ったりするからだ。
 本人には決して言うつもりはないが、些か天然入ってる、とでも言うべきか。
 凌の執事服の話で盛り上がり始めた女子を見ながら、何となく責任を感じた荒垣はふと思い立ち、まいていたネクタイを解いた。

「荒垣さん?」
「お前今日制服だしな。タイ換えて、ベストだけでも着りゃ一応それっぽくなるだろ」
「交換ですか?」
「っつか、こんなカッチリした格好じゃ武器も振るえねえよ、俺は」

 右手で武器を持つ仕草をしてみせれば、凌がどこか納得したような顔になる。
 そう、荒垣の使う武器は鈍器だ。
 大型かつ重量もある武器なのだから、当然力が必要になる。
 それを使うのに、こんなに動きが制限されそうな服装は正直御免被りたかった。
 決してさっさと脱ぎたかったからだとか、そういう理由ではない。……多分。

「なんだシンジ、俺はちゃんと着たぞ!」
「……この面子随一で軽いだろう武器を持ってる奴に言われたかねえな」
「こっ、拳を使うのは俺のスタイルなんだから仕方ないだろう…!」

 そんなやり取りをしている間にも、凌は制服の上着を脱ぎリボンタイを外している。
 脱いだ上着を預かり交換でネクタイを渡してやると、首にそれをかけた時点で凌の動きが止まった。

「……」
「なんだ、どうした」
「……ネクタイって、どう結ぶんですか……?」

 不審に思い問いかけると、暫くの沈黙の後に答えが返ってくる。
 それはもう、意外と言うか凌らしいというか、な回答で。
 会話を聞いていたらしい順平が、横からひょいと割り込んできた。

「おーっと出たよ。意外なトコロで躓くうちのリーダー。っつか中学ん時とかブレザーじゃなかったんか?」
「ブレザーの所もあったけど、結ぶのじゃなくて最初からネクタイの形してるやつだった」
「あー、ホックで留めるやつな。へー、俺はそれ逆に憧れてたけどな。楽そうじゃん」
「……ちゃんと結べる方が羨ましいと思う……なんか、カッコ悪い……」

 凌の表情は、何だかバツが悪そうだ。
 珍しい。
 声をかけた順平もそう思ったのか、目を丸くした後に励ますように凌の肩を叩いた。

「まあ、出来ない事の一つや二つや三つあるぐらいのが、女子的には母性本能くすぐったりすんじゃねえの?」
「順平さんは出来ない事が多すぎる気もしますけどね」
「おーいおい天田少年、そりゃちっとジャブが効き過ぎな一言ってやつじゃねえかー?」

 天田と順平の会話を聞きながらも凌の指はネクタイと格闘している。
 ……が、どう贔屓目に見てもネクタイらしい結び目に至りそうにはなかった。
 ネクタイの結び方というのは、それ自体は難しいものではない。だが手順を知らなければ辿り着くのは難しい。

「伊織、これ持ってろ」

 とうとう見兼ね、荒垣は手にしていた凌の上着を順平に預けた。
 順平は突然のことに驚いたようだったが、構わず荒垣は凌の正面に立つ。

「ホラ、貸してみろ」
「お願いしま、す……」
「やったことねえならしょうがねえだろ。……っと、人のはやりにくいな。水沢、ちっと後ろ向け」
「こうですか?」
「窮屈だろうが動くなよ」

 言われるまま無防備に背中を向ける凌を見て、何でも人の言うことを聞くなよと後で言い含めておこうと密かに誓う。
 が、今はその話をすると限りなく脱線していきそうなので飲み込んでおいた。
 荒垣は凌の背中側から腕を回し、ネクタイを結んでやる。
 傍目から見ると抱きしめているような格好だが、不可抗力だ。
 腕の中にいる凌は、見た目通りに線が細かった。薄い肩を見て、なんとなく落ち着かない気分になる。

 というか、人のネクタイが結びにくいという事を初めて知った。
 ドラマやらマンガやらで新妻が旦那のネクタイを結んでいる構図は、あれはウソだろう。完全にフィクションの話だと実感する。
 自分の首に結ぶのと他者の首に結ぶのでは、全く位置が逆になるのだ。それだけの事で、と思わないでもないが実際やってみると非常に結びづらかった。
 時間をかければ結べたのかもしれないが、手っ取り早く済ませる為の、今のこの体勢だ。
 おそらくはこれも、慣れの問題だろうとは思うが。

「よし、こんなもんか。キツクねえか」
「大丈夫、だと思います」
「後はベストだな。ホラ、腕通せ」

 ここまで来ればついでだ、とばかりに羽織っていたベストを脱ぎ凌に着せてやる。
 やはりというか、サイズが違うのだが。

「こっち向いてみ」
「……ベストなのに大きいんですけど……」
「苦情は俺じゃなくて身長差に言え」
「好き嫌いもないし、夜は早く寝てるのに……不公平だ……」

 不満を隠そうともしない声音で言うのを聞きながら、手早くボタンを留めていく。
 最後にネクタイの位置を微調整し、終わり。
 俄か即席執事の完成、だ。

「ま、こんなもんか」
「これで納得してくれます、か……?」

 凌の言葉は、女性陣に向けてのものだった。
 だがその言葉尻が不自然に途切れ、何があったのかと荒垣は凌の視線を追うように振り返る。
 ……何故だろうか、女性陣が微妙な表情をしていた。怒っている、のとはまた違う。
 照れているような途惑っているような、中途半端な顔だ。

「いや、似合ってはいると思うぞ? だが、なんだろうな、こう……」
「着られてる、っていうのとも違うんだけど……」
「とりあえず荒垣先輩が誰よりも執事っぽいのは分かったんですけどねー」
「……凌さんは執事というよりお坊ちゃまな印象になりますね。今の構図のせいもあると思いますが」
「そーれだ! よく言った天田クン! なんかこう、傅くよりか傅かれるカンジなんだよな、コイツの場合!」
「考えてみればアイギスにも初対面で懐かれていたしな」
「では、凌さんは執事迷彩ではないでありますか?」

 珍しく奥歯に物が挟まったような言い方をした桐条を先陣に、仲間たちからそれぞれ褒めているのか貶しているのかよく分からない言葉を次々と貰った。
 隣に立つ凌を上から下まで眺めてみる。
 似合っていない、という事は決してない。
 凌は元々の顔立ちは整っている方だ。それなりに何でも着こなすだろう。

 だがまあ確かに、執事、という印象とは少し違うかもしれない。
 天田や順平の言葉通り、どちらかと言えば御子息、とでも言うイメージだ。
 今はベストだけだが、荒垣の上着まで貸したらますます幼さに拍車がかかってしまうかもしれない。
 何というか、ベストだけでもサイズが結構違うことが判明したので。
 荒垣は腕にかけていた上着の存在を隠そうかと思う。

 と、そこに。
 足元で、コロマルが吠えた。

「……コロちゃん?」
「なになに、何て言ったの?」
「荒垣さんに、上着は貸さないのか、と言っているであります」

 凌が肩を震わせたのを見たのは、おそらく位置的に荒垣だけだっただろう。
 何となくで言い出したことが、まさかここまで波及するとは思わなかった。
 集団の持つ力の恐ろしさを垣間見た気がする。

 サイズが合わないだ何だというのは、この際問題ではないらしい。
 結局押し切られ(勝負以前の話だったのは目に見えていたが)、荒垣は凌に上着を貸すことになった。
 しかも何故か、またも荒垣が凌に着せるというオプション付きで。
 執事とお坊ちゃま、というシチュエーションがなかなかに面白かったらしい。
 何というか、ここまで来れば自棄というか、楽しまなければ損な気さえしてくる。

「傅きましょうか?」
「……!」

 笑いながら、凌にだけ聞こえるように囁いた。
 まさか荒垣までもが乗るとは思わなかったのか、驚いたらしい凌が目を丸くしている。
 そんな顔をすると、ますます幼く見えるというのに。


「……お前にだけ、な」


 冗談の中に交えた本音に、凌は気付いたのかどうか。
 真意は分からないが、ともかく。
 凌は荒垣を見上げ、くす、と笑って見せたのだった。



END


 

 



P3P執事服妄想。荒垣さんが仲間加入した直後くらい。

ブログパーツで、男性陣の中ただ一人執事服が公開されない男主。
コロちゃんでさえ着替えてくれてるのに…!
なんだ、どうしてだ、まさかないのか。
最速攻略本には載ってないんだけど、あれそもそも人物紹介に荒垣さんいるのに荒垣さんの武器とかもまるっと省いてるくらいだからなー。
どうなのかなー。

というカンジで、妄想してみた話でございます。
パーティーキャラ全員出せて満足。

UPDATE/2009.11.6

 

 

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