迷宮LV1、覚醒 (2009/4/9)




 荒垣が「気がついた」時、辺りは不気味な色に染まっていた。

「……何、だ」

 呆然としたまま、思わず呟いていた。
 人影のない街。不自然な程に大きく煌めく月。立ち並んだ棺のような形のオブジェ。
 一日と一日の狭間にある、常人には知覚出来ない時間。そう、荒垣は影時間の中にいた。
 それ自体は珍しくない。荒垣はこの時間への耐性があるからだ。
 荒垣が驚いていたのは、今ここにいる自分自身に対して、だった。

「どう、なってんだ……?」

 あれがタチの悪い夢だったわけではないのなら、荒垣は撃たれ、倒れ、おそらくはそのまま死んだ、はずだ。
 助かるような傷ではなかった。
 だが今、荒垣の体に痛みはない。ケガをしたような形跡はおろか、あの時この場所に集まっていたはずの特別課外活動部の面子も見当たらない。
 しかし、それだけではないような気がした。
 何故そう感じるのかは荒垣自身にも分からないが、何か無視の出来ない強烈な違和感がある。
 あの後どうなったのか。
 何故自分は何事もなかったかのようにここにいるのか。

 現状を理解できないまま、ともかくこの違和感の原因を突き止めなければと立ち上がった、その足に何かが触れた。
 ガサリと音がし、新聞を踏んだのと分かる。
 誰かが落としたのか、捨てたのか。
 まとわりつくようなそれを振り払おうと足を上げかけ、けれど荒垣は動きを止める。
 目に飛び込んできた、その文字に。

「4月……?」

 新聞の日付は、4月9日木曜日だった。
 「今」は10月のはずだ。忘れもしない、10月4日。
 これが古新聞なのだとしても、半年も前のものがあるだろうか。
 パズルのピースがはまったような、感覚。
 感じている違和感の正体。

「過去、なのか」

 何を夢物語のような事を、と笑い飛ばせれば良かったのかもしれない。
 死んだはずの自分が、過去に戻る、だなんて。
 そんな訳の分からない現象は、物語の中だけで充分だ。
 けれど、荒垣は辿り着いたその考えを否定できなかった。
 ここが過去なのだと認めてしまえば、不自然に感じられた諸々が解決するのだ。
 だが、認めることは即ち、またやり直す、ということでもある。

 出口が見えない。
 答えが分からない。
 少なからず、生きていればそういう場面や出来事に直面するものだけれど。
 これは、あまりにも予測不可能だった。
 いっそ死の間際にでも見ている夢なのだと思えればいいのに。
 そう思い込むには、あまりにも現実感があり過ぎた。足に絡んだ新聞を振り払い、その感触にも音にもこれが現実なのだと告げられているかのようで。
 荒垣はため息を吐きながら、空を仰ぎ。中空に浮かぶ大きな月を見て、ふるりと首を振った。





 

 

またも異色と承知で発進、な荒垣さん逆行ネタ。
今までの二人では書けなかったことを書きたくて。

UPDATE/2009.9.21

 

 

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